月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

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第一部

第三十八話 人魚の嘆き(2)

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 十五の頃と言えばもう五、六年は前になるか。

 俺は当時、スワスティカ猟人としての訓練を受け始めたところだった。

 もうその頃にはスワスティカを残らず狩り尽くすことを目標に生きていたからな。

 理由か?

 一概に説明は難しいな。俺の生い立ちをすべて話さなければいけなくなる。

 お前に話す必要もないしな。

 とにかく、スワスティカを狩り尽くす決意を固めた俺は、後から止めたりなどしないように、はっきりしたかたちとして誓いの証拠を何か残しておきたかった。

 俺は酒も煙草もやらんし、悪所へ出向いたことはない。

 それでも船乗りなどの間で、恋人の名前を刺青を刻む風習があるのは知っていた。

 実際猟人の先輩の中でも刺青をしているやつは何人かいたしな。

 それが普通な環境だった。

 なぜ、先輩の真似はことごとく嫌った俺がそれだけやろうとしたのかはわからない。

 単純な遊興とは違って、自分を追い込むことの一環と考えたのだろうか。

 別に、恋人の名前を彫りたいと思った訳じゃないから変な憶測はやめろ。

 あくまでけじめを付けたいと思ったから彫りたいと思ったのだ。

 じゃあなんで「スワスティカを滅ぼす」とかわかりやすい文言じゃないって訊きたいんだろ?

 その答えは今から語る。 

 最初は俺だって、そうしようとしていたけどな。

 偶然の繋がりでそういうことになったんだ。

 最初思い付いた時、俺は綺譚蒐集者《アンソロジスト》のルナ・ペルッツに冗談交じりで話した。

 軽く否定されると思った。

 だが、ルナはニコニコと微笑みながら、

「いいんじゃないの?」

 と言った。

「どうしてだ」

 俺の方が問い返したぐらいだった。

「フランツが彫りたいなら彫っていいじゃないか。誰も、それを遮るものはいないさ」

 ルナはいつも通りパイプを吹かしていた。

「だが、身体に負担が掛かるとかなんとか言うんじゃないかと」

「わたしは君じゃないからね。君の痛みは君しかわからない。何とも答えようがないじゃないか」

 煙に巻くとはこのことだ。

「そうか」

「ほんとうはフランツの中ではまだ迷いがあるんだろうね。未知のことを人は恐れるのは当然だよ」

  ルナは日常的なことはダメダメなのに、こんな時だけ妙に洞察が鋭い。

 確かに俺は迷っていた。

 自分の身体を痛めつけることへの恐怖感がまだあったんだろうな。

 だが猟人としてハードな修行をしている以上、そんなことで泣いてはいられない。

「いや、恐れてなどいない。俺は彫る」

「なら、そうすればいいさ。それで君が死のうが生きようが、わたしは関係ないんだからね」

「……」

 刺青を彫ったことが原因で死ぬ奴の話を訊いたこともある。

 俺は怖くなってきた。

「でも、彫りたいというなら、わたしの知り合いに刺青師がいる。腕は良いので、他にアテがなかったらいってみたらいい」

 ルナはメモを一枚手渡した。

 俺は無言で受け取った。

 住所が書かれている。

 近くだ。歩いてもいける距離だった。

 修行はきつくて、疲れたらすぐ眠ってしまうような日々だ。

 わずかの休日もあまり遠出をしていられない。

 なら、候補としてそこが上がってくることになる。

 それでもなおしばらく迷っていたが、他にはなかなか見つからないし、結局はルナの紹介した店にいくことになった。
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