月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚

浦出卓郎

文字の大きさ
465 / 541
第一部

第四十五話 柔らかい月(2)

しおりを挟む
「そろそろルナを貸せ! あたしが交渉してくる」

 ズデンカはカミーユに言った。

「えー、もう一緒に少しいても良いでしょ!」

 カミーユは渋る。ふにゃふにゃした柔らかいルナの頭をなでなでしていた。

「そんなにいたいつうなら……仕方ねえな」

 ズデンカは独りで先を歩いた。

 板葺きの古い家並みが続く。ズデンカにとってはお馴染みだ。

 その一つをノックする。

「ここらの者だが」

 もう何十年も使っていない方言を使うことにした。

「ほう、えらく古い言葉遣いだが、まさしくこちらのもんだね」

 細目に扉が開かれて中から老婆の首が出てきた。

「連れの体調が今ひとつでな」

 ズデンカは顎でルナとカミーユをしゃくった。

「はあ……同郷のよしみでベッドぐらいなら用意するが、上方のもんっぽいからねえ」

 老婆は顔を顰めた。

 『上方』とは、トルタニアの東部のものが西部のものを差して言う蔑称だ。『気取り屋』程度の意味も込められている。

「まあ『上方』の者ではあるが悪さはしない。そこはあたしの顔に免じて許してくれ。もちろん金も払う」

 ズデンカは頭を下げた。あまり人に譲歩しないようにしている自分にとっては出来る限りの譲歩だった。

「仕方ないねえ」

 老婆は扉を開け放った。腰が曲がり、随分年を取っていた。それでも、ズデンカよりは若いだろう。 

――老いを免除されていると言うことは幸いなのか呪いなのか。

 そんな思念がちらりと浮かんでしまう。 

「ふにゃあ。たすかったぁ」

 頭に乗せた氷から水滴を滴らせながらルナは上がり込んだ。

 老婆はそれを疎ましそうな目で見続けていた。

「お前の名前は? あたしはズデンカだ」

「あたしゃジュリツァだよ」

「よろしくー。わたしはルナ・ペルッツ」

 とルナは手を振って勝手に奥の部屋まで歩いていって中に入った。

「あー、ルナさーん」

 カミーユが追っかけていった。

「ルナ・ペルッツか。何か聞いたことあるね」

 ジュリツァが言った。

「本を出してる」

 ズデンカは短く言った。

「息子が読んでたね。他の国の言語でだったと記憶してるが。あたしは興味ないけどね」

「息子さんはどうされているんですか?」

 ルナを寝かせたのだろう、戻ってきたカミーユが言った。

「死んだよ」

 そう言ってジュリツァは台所まで歩いていった。

「あ……すみません」

 カミーユは謝った。

――お前まで謝らなくて良いのに。

 ズデンカは思った。

「皆死ぬんだからね。別に悲しくはないさ」

 ジュリツァは薬罐に水を入れて、沸かし始める。

「ちょっとルナを見てくる」

 ズデンカは歩き出した。

「不思議だね。死んだ息子の部屋へ入っていくとは」

 ジュリツァの声が聞こえた。

 部屋の扉も閉めずにルナは寝ていた。

「ふにゃああん」

 柔らかくなったルナがベッドの上でプルプルと震えていた。

「お前ほんと人間か?」

「失礼な。人間だよ。ふにゃ」

「もうゴルダヴァの旅は止めにしたらどうだ。帰ろう」

 ズデンカは思い付いたように言った。

「帰るわけないさ。ここまで来たんだよ?」

「ここからお前の体力じゃ持たなくなるぞ」

「そんなことないよ。何とかやっていけるさ……それより」

 とルナは部屋の中を見渡した。

「なんだ」

「この部屋の前の持ち主、わたしの熱心の読者だったみたいだね」

 確かに書棚にはルナの『綺譚集』があった。

 それも何冊も。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

「最高の縁談なのでしょう?なら、かわってあげたら喜んでくれますよね!」

みっちぇる。
恋愛
侯爵令嬢のリコリスは20歳。立派な嫁きおくれである。 というのも、義母がなかなかデビューさせてくれないのだ。 なにか意図を感じつつも、周りは義母の味方ばかり。 そん中、急にデビュタントの許可と婚約を告げられる。 何か裏がある―― 相手の家がどういうものかを知り、何とかしようとするリコリス。 でも、非力なリコリスには何も手段がない。 しかし、そんな彼女にも救いの手が……?

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私が……王太子……のはずだったのに??

#Daki-Makura
ファンタジー
最愛と朝を迎えたら……城下が騒がしい……?? 一体……何が起きているのか……??

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...