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第五章
第一話
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「魔王」に関する資料を求めてドーリスの大図書館の中を彷徨ったが、それらしいものは一向に見つからないし、なにせ建物自体があまりに途方もなく大きいので、司書たちにも本の場所が把握しきれていないという。
そのうち疲れてしまい、私達はそこら辺にあった長椅子に並んで腰かけた。
「ラーラ様、気分転換に街に出てみませんか?」
「ちょうど同じことを言おうと思っていました」
ケンダル王国との全面戦争という計画を変更したのは、単にパドラマドラや「夜明けの旅団」による妨害を受けたから、というだけではない。
もっと根本的で切実な理由だ。
「敢えて言葉を選ばずに言うなら、今の私達は弱すぎるのです」
ラーラは言った。
「『金級』一人にさえ苦戦しているようでは国家は倒せません」
今は力を蓄え、準備を整える時。その一環としてまず「魔王」が何をしたのか、私達は何をするべきなのかを探ることにしたのだ。
図書館を出て、ある用事を済ませてから市場の方へと歩いて行った。
ケンダル王国のケンデシュバールに比べると人通りはだいぶ少なく感じられるが、それでも活気があって楽しげな雰囲気だ。
クロケットを食べながら、二人で武器屋を回る。
捕縛された時に奪われてしまった剣の代わりを探しに来たのだ。
ふと目に留まったのは、柄に顔の描かれた太陽の飾りがあしらわれた片刃剣。
同じく太陽を象ったネックレスを交互に見つめる。
「…嬢ちゃんたち、もしや冒険者か?」
顎に豊かな白髭を、眉間に深いしわを蓄えた強面な店主が話しかけて来る。
半ば緊張しながら私が頷くと、その岩壁のような表情は崩れ、楽しげな笑顔に変わった。
「そうだと思ったぜ! 俺の勘をなめちゃいけねえな、他の奴らは嬢ちゃんたちを冷やかしのガキだと思って追い払うだろうが、俺は分かってんだ! この剣が気になるか? お目が高えこったぜ!」
すっかり上機嫌になった老紳士は嬉々として武器の説明をしてくれた。
「うちの工房の一番の目玉だ! 南から取り寄せた少々特殊な鉱石を刀身に混ぜてあってな、あらゆる衝撃を魔力に換えて溜めることが出来る。しかもそれだけじゃあねえぞ、その魔力で刀身を熱して、鉄だって溶かしちまう。それとも、こんなことも出来るぞ! 受け取った魔力をお前さん自身の身体に取り込んじまうことだって出来ちまう! どうだ?」
私達は顔を見合わせた。
この剣を買う決断をしたのは、単に利便性だけでなく、きっと個人的な思い入れの影響に因ると思う。
その後も他の工房や魔具店を訪れ、膨大な資金を頼りに各地の目玉商品を「引き抜いて」回った。
「こんなこと思っちゃいけないのかもしれないですけど」
「何ですか?」
私のふとした発言にラーラは首を傾げた。
「今日買った武器を試すのが…戦うのが楽しみになってきました」
しかし、結局装備の買い入れに夢中になりすぎて日が暮れてしまい、資料探しの続きは明日に持ち越しになった。
翌日、昨日は探索出来なかったエリアを回ってみるが、それらしいものは一切見つからない。
「おっ」
とラーラが声を上げた。
「どうしました?」
「この本…」
新品同然の表紙には、「魔王の痕跡」と書かれていた。
本を読んでみて、色々と合点がいった。
ここドーリスは現在ワイバール王国の首都となっているが、そうなったのはほんの7年前のこと。それも「魔王」から人類が奪い返しためでたい街を都に定めることで王の威厳を示すという目的で行われた移転だった。その為に未だに人も物も旧都のカリバールに集まっているとのことだ。
しかし、重要なのはここから。
ドーリスを首都として最低限整備する過程で魔王関連の物品の多くはカリバールに運ばれた。もちろん図書館の中身も。
「はぁ、どおりで探せど探せど見つからない訳ですね」
とはいえ新しい可能性も見えた。
というのも、この都市は首都となってからも移住者が乏しく、大半が元からここに住んでいた現在の住民には「魔王統治時代」を知る人も少なくないようなのだ。
本が無ければ人に頼ろう。
そう思ってそれっぽい年齢の人に片っ端から話しかけてみるが、皆「魔王」の名を聞くや否や途端に素っ気なくなってしまう。
背景に「何か」があるのを察し、諦めかけたその時、一人の老婆が私達に応じてくれた。
「ずっと外にいるのはなんでしょうから、うちにおいで」
私達は自宅に招かれ、暖炉の火で身体を暖めながら彼女の話に耳を傾けた。
老婆が重い口を開く。
「魔王様は…優しい方でした」
彼女は「生ける証拠」として確かに語ってくれた。
「私達は魔物たちと一緒に暮らしていたけど、魔王様は人間にも魔物にも分け隔てなく優しい方だった。泣いている子供がいればご自身で慰められたし、祭りの時も大工たちを手伝われました。政治もすごくお上手で、生活に困っている人も魔物も居なかったわ」
話を聞くラーラの表情はいつになく真剣だった。
「でも、今は違う」
声を詰まらせながら彼女は説明してくれた。
「魔王様が亡くなられて、ここが王国のものになってから物乞いが出て来たし、喧嘩して人が死ぬことだって珍しくなくなった。祭りだってなくなって久しいわ。それに今は国の人間がそこら辺に紛れていて、少しでも国を悪く言うと連れていかれるのよ。魔王様が亡くなって、この街から光がなくなったの。…王国が奪われた時、あの人たちは魔物を殺した。良い魔物も悪い魔物も一緒に殺したの。その時に主人と息子も殺された」
「心中お察しします」
ラーラは老婆の手を握って言った。
生えかけの角を見て、老婆は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「実はね、貴方のその角を見て話したいと思ったの。魔王様と同じ、綺麗な紫色の角。貴方たちの役に立てるならこの命だって惜しくないって思って。どうせあと数年でこの世を去るんだし」
その後、私達は礼を言って老婆の家を後にした。
「ご自愛ください。長生きしてくださいね」
別れ際にラーラが言った。
翌朝、この街を発つ前、私達は二日振りに墓地を訪れた。
二つの十字架が隣り合い、一部触れ合って並んでいる。
片方には「リレラ」、もう片方には「マギク」と彫られている。
「許してくれなんて言いません。でも、どうか空から見ていてください」
そう告げ、祈りを捧げてから私達は門の方へ向かった。
早い時間だということもあってか、私達の他にはもう一台しか馬車はなかった。
しかもその馬車は、まるで貴人が乗っていそうな白い布やリボンの装飾が施されたメルヘンな姿で、騎手は二人とも華やかな白色の鎧に身を包み、女性で顔が整っていた。
これがもし本当に統治者の車ならば、この街の住民が困窮していても不思議ではないと納得できる。
私達の目標は「弱者の国」を作ること。
あの老婆の言葉を胸に、私達は「弱者の国」の「善き魔王」になるべくカリバールへと出発した。
そのうち疲れてしまい、私達はそこら辺にあった長椅子に並んで腰かけた。
「ラーラ様、気分転換に街に出てみませんか?」
「ちょうど同じことを言おうと思っていました」
ケンダル王国との全面戦争という計画を変更したのは、単にパドラマドラや「夜明けの旅団」による妨害を受けたから、というだけではない。
もっと根本的で切実な理由だ。
「敢えて言葉を選ばずに言うなら、今の私達は弱すぎるのです」
ラーラは言った。
「『金級』一人にさえ苦戦しているようでは国家は倒せません」
今は力を蓄え、準備を整える時。その一環としてまず「魔王」が何をしたのか、私達は何をするべきなのかを探ることにしたのだ。
図書館を出て、ある用事を済ませてから市場の方へと歩いて行った。
ケンダル王国のケンデシュバールに比べると人通りはだいぶ少なく感じられるが、それでも活気があって楽しげな雰囲気だ。
クロケットを食べながら、二人で武器屋を回る。
捕縛された時に奪われてしまった剣の代わりを探しに来たのだ。
ふと目に留まったのは、柄に顔の描かれた太陽の飾りがあしらわれた片刃剣。
同じく太陽を象ったネックレスを交互に見つめる。
「…嬢ちゃんたち、もしや冒険者か?」
顎に豊かな白髭を、眉間に深いしわを蓄えた強面な店主が話しかけて来る。
半ば緊張しながら私が頷くと、その岩壁のような表情は崩れ、楽しげな笑顔に変わった。
「そうだと思ったぜ! 俺の勘をなめちゃいけねえな、他の奴らは嬢ちゃんたちを冷やかしのガキだと思って追い払うだろうが、俺は分かってんだ! この剣が気になるか? お目が高えこったぜ!」
すっかり上機嫌になった老紳士は嬉々として武器の説明をしてくれた。
「うちの工房の一番の目玉だ! 南から取り寄せた少々特殊な鉱石を刀身に混ぜてあってな、あらゆる衝撃を魔力に換えて溜めることが出来る。しかもそれだけじゃあねえぞ、その魔力で刀身を熱して、鉄だって溶かしちまう。それとも、こんなことも出来るぞ! 受け取った魔力をお前さん自身の身体に取り込んじまうことだって出来ちまう! どうだ?」
私達は顔を見合わせた。
この剣を買う決断をしたのは、単に利便性だけでなく、きっと個人的な思い入れの影響に因ると思う。
その後も他の工房や魔具店を訪れ、膨大な資金を頼りに各地の目玉商品を「引き抜いて」回った。
「こんなこと思っちゃいけないのかもしれないですけど」
「何ですか?」
私のふとした発言にラーラは首を傾げた。
「今日買った武器を試すのが…戦うのが楽しみになってきました」
しかし、結局装備の買い入れに夢中になりすぎて日が暮れてしまい、資料探しの続きは明日に持ち越しになった。
翌日、昨日は探索出来なかったエリアを回ってみるが、それらしいものは一切見つからない。
「おっ」
とラーラが声を上げた。
「どうしました?」
「この本…」
新品同然の表紙には、「魔王の痕跡」と書かれていた。
本を読んでみて、色々と合点がいった。
ここドーリスは現在ワイバール王国の首都となっているが、そうなったのはほんの7年前のこと。それも「魔王」から人類が奪い返しためでたい街を都に定めることで王の威厳を示すという目的で行われた移転だった。その為に未だに人も物も旧都のカリバールに集まっているとのことだ。
しかし、重要なのはここから。
ドーリスを首都として最低限整備する過程で魔王関連の物品の多くはカリバールに運ばれた。もちろん図書館の中身も。
「はぁ、どおりで探せど探せど見つからない訳ですね」
とはいえ新しい可能性も見えた。
というのも、この都市は首都となってからも移住者が乏しく、大半が元からここに住んでいた現在の住民には「魔王統治時代」を知る人も少なくないようなのだ。
本が無ければ人に頼ろう。
そう思ってそれっぽい年齢の人に片っ端から話しかけてみるが、皆「魔王」の名を聞くや否や途端に素っ気なくなってしまう。
背景に「何か」があるのを察し、諦めかけたその時、一人の老婆が私達に応じてくれた。
「ずっと外にいるのはなんでしょうから、うちにおいで」
私達は自宅に招かれ、暖炉の火で身体を暖めながら彼女の話に耳を傾けた。
老婆が重い口を開く。
「魔王様は…優しい方でした」
彼女は「生ける証拠」として確かに語ってくれた。
「私達は魔物たちと一緒に暮らしていたけど、魔王様は人間にも魔物にも分け隔てなく優しい方だった。泣いている子供がいればご自身で慰められたし、祭りの時も大工たちを手伝われました。政治もすごくお上手で、生活に困っている人も魔物も居なかったわ」
話を聞くラーラの表情はいつになく真剣だった。
「でも、今は違う」
声を詰まらせながら彼女は説明してくれた。
「魔王様が亡くなられて、ここが王国のものになってから物乞いが出て来たし、喧嘩して人が死ぬことだって珍しくなくなった。祭りだってなくなって久しいわ。それに今は国の人間がそこら辺に紛れていて、少しでも国を悪く言うと連れていかれるのよ。魔王様が亡くなって、この街から光がなくなったの。…王国が奪われた時、あの人たちは魔物を殺した。良い魔物も悪い魔物も一緒に殺したの。その時に主人と息子も殺された」
「心中お察しします」
ラーラは老婆の手を握って言った。
生えかけの角を見て、老婆は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「実はね、貴方のその角を見て話したいと思ったの。魔王様と同じ、綺麗な紫色の角。貴方たちの役に立てるならこの命だって惜しくないって思って。どうせあと数年でこの世を去るんだし」
その後、私達は礼を言って老婆の家を後にした。
「ご自愛ください。長生きしてくださいね」
別れ際にラーラが言った。
翌朝、この街を発つ前、私達は二日振りに墓地を訪れた。
二つの十字架が隣り合い、一部触れ合って並んでいる。
片方には「リレラ」、もう片方には「マギク」と彫られている。
「許してくれなんて言いません。でも、どうか空から見ていてください」
そう告げ、祈りを捧げてから私達は門の方へ向かった。
早い時間だということもあってか、私達の他にはもう一台しか馬車はなかった。
しかもその馬車は、まるで貴人が乗っていそうな白い布やリボンの装飾が施されたメルヘンな姿で、騎手は二人とも華やかな白色の鎧に身を包み、女性で顔が整っていた。
これがもし本当に統治者の車ならば、この街の住民が困窮していても不思議ではないと納得できる。
私達の目標は「弱者の国」を作ること。
あの老婆の言葉を胸に、私達は「弱者の国」の「善き魔王」になるべくカリバールへと出発した。
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