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第二章 後編
第三話
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「どうして…そう思ったのですか?」
私は彼女の顔を見ることができなかった。
魚の小骨を一本一本取り除くように、言葉を選びながら慎重に胸中に秘めた思いを陳述した。
「この一日、城下町を見て回って、すごく楽しかったです。美しい町並み、初めて感じる味、明るくて親切な人々…城下町には魅力が溢れています。ラーラ様は、その城下町を焼き払うと仰っていました。『魔王』としては妥当な判断だと思います。でも、私には耐えられません」この一日、町の至る所で、ラーラは幾度も笑顔を見せ、私の心を揺さぶった。
彼女にも理解出来るはずだ。
「この世界に対しても同じです。この世界にはまだ見ぬ美しい物や人が溢れているはずです。それに、考えてみれば、罪の無い人、私達と同じ『被害者』もこの世界には沢山居るはずです。その人達に対する攻撃は、世界の不条理に対する復讐ではなく、その不条理の側からの、一方的な虐待だと気付いたんです。私には彼らを傷付けることは出来ません。自分を傷付けるのと同義なのです。ですから、私としては、初代の『魔王』とは違う、新しいやり方でこの世界を変えたいのです」
私は一息置いてから、懇願した。
「ですから、どうかお願いします」
暫しの間、沈黙が流れた。
だが私には、その間は永遠にも錯覚された。
鼓動は高鳴り、緊張はピーク。
その内、ラーラがベッドから降り、こちらに歩いて来た。
私は思わず目を閉じた。
…だが次の瞬間、不吉な予想に反して、私は頭頂部に心地よい感触を覚えた。
「よしよし」
柔らかな手、穏健な声色。
私は恐る恐る目を開けた。
「よく、勇気を持って話してくれましたね」
「…え?」
彼女は私の前にしゃがみ、下から顔を覗き込んだ。
その表情はホッとするほど温和であった。
「もしかして私が怒っていると思っていたのですか?」
「はい。正直な所…」
「まあ、私には魔物の血が入っていますし、計画を考えたのは私ですし、協力を誓い合った関係ですし、そう思われても仕方がないですね。でも、私は全く怒っていませんよ。…魔物の血が入っていると言っても、同族に対する愛情はありますし、自分の作戦の過激さには気付いていました。あと、私は貴女を独立した精神をもつ一人の人間として尊重していますし、『魔王』になる為に必要な人ですから、喜んで要望に応じますよ」
何を勘違いしていたのだろうか。
私はやってはならないことをした。
ラーラは冷酷な「魔王」である以前に、一人の、瑞々しい心を秘めた「人間」だったのだ。
「ごめんなさい」
私は、私自身と彼女を襲ったのと同じ、分別のない不条理の立場から、心底より謝罪した。
彼女は再び私の頭を撫で、「気にしなくていいですよ」と言ってくれた。
時間が経って落ち着いてから、彼女は話しかけてきた。
「何か、貴女に考えはありますか?」
「そうですね…」
私は己の理想を語った。
「弱者の国」を作りたいと。
運命の悪戯にその人生を狂わされつつも、懸命に生きようと傷だらけの肢体で藻掻く「強き弱者」、確固たる人生哲学を持ち、工夫の中で運命に抗する「賢き弱者」、彼らが報われる約束の国を、この地上に建造したいと。
「なるほど。本当に興味深いですね」
彼女は心底楽しげに笑った。
その目の中には、少しばかりの慈愛も含まれていたように思う。
「それで、今後の計画は?」
「基本的に以前の物と変わりませんが、城下町には手を出さず、彼らには伯爵の真実を暴露した上で、代表者の選出を行ってもらい、皆が納得のいくような自治をしてもらいたいと思います。それが終わったら、ケンダル王国を落としに行きます。『悪名』に関してはこれで十分でしょう。その後は『魔王』として各地を圧政者を排除しつつ支配下に置き、それらを集めて理想の国とします。いかがでしょう?」
「良いですね。その計画、乗りました」
計画には修正が加えられ、「魔王」はただ冷酷な王ではなくなった。
私は彼女の顔を見ることができなかった。
魚の小骨を一本一本取り除くように、言葉を選びながら慎重に胸中に秘めた思いを陳述した。
「この一日、城下町を見て回って、すごく楽しかったです。美しい町並み、初めて感じる味、明るくて親切な人々…城下町には魅力が溢れています。ラーラ様は、その城下町を焼き払うと仰っていました。『魔王』としては妥当な判断だと思います。でも、私には耐えられません」この一日、町の至る所で、ラーラは幾度も笑顔を見せ、私の心を揺さぶった。
彼女にも理解出来るはずだ。
「この世界に対しても同じです。この世界にはまだ見ぬ美しい物や人が溢れているはずです。それに、考えてみれば、罪の無い人、私達と同じ『被害者』もこの世界には沢山居るはずです。その人達に対する攻撃は、世界の不条理に対する復讐ではなく、その不条理の側からの、一方的な虐待だと気付いたんです。私には彼らを傷付けることは出来ません。自分を傷付けるのと同義なのです。ですから、私としては、初代の『魔王』とは違う、新しいやり方でこの世界を変えたいのです」
私は一息置いてから、懇願した。
「ですから、どうかお願いします」
暫しの間、沈黙が流れた。
だが私には、その間は永遠にも錯覚された。
鼓動は高鳴り、緊張はピーク。
その内、ラーラがベッドから降り、こちらに歩いて来た。
私は思わず目を閉じた。
…だが次の瞬間、不吉な予想に反して、私は頭頂部に心地よい感触を覚えた。
「よしよし」
柔らかな手、穏健な声色。
私は恐る恐る目を開けた。
「よく、勇気を持って話してくれましたね」
「…え?」
彼女は私の前にしゃがみ、下から顔を覗き込んだ。
その表情はホッとするほど温和であった。
「もしかして私が怒っていると思っていたのですか?」
「はい。正直な所…」
「まあ、私には魔物の血が入っていますし、計画を考えたのは私ですし、協力を誓い合った関係ですし、そう思われても仕方がないですね。でも、私は全く怒っていませんよ。…魔物の血が入っていると言っても、同族に対する愛情はありますし、自分の作戦の過激さには気付いていました。あと、私は貴女を独立した精神をもつ一人の人間として尊重していますし、『魔王』になる為に必要な人ですから、喜んで要望に応じますよ」
何を勘違いしていたのだろうか。
私はやってはならないことをした。
ラーラは冷酷な「魔王」である以前に、一人の、瑞々しい心を秘めた「人間」だったのだ。
「ごめんなさい」
私は、私自身と彼女を襲ったのと同じ、分別のない不条理の立場から、心底より謝罪した。
彼女は再び私の頭を撫で、「気にしなくていいですよ」と言ってくれた。
時間が経って落ち着いてから、彼女は話しかけてきた。
「何か、貴女に考えはありますか?」
「そうですね…」
私は己の理想を語った。
「弱者の国」を作りたいと。
運命の悪戯にその人生を狂わされつつも、懸命に生きようと傷だらけの肢体で藻掻く「強き弱者」、確固たる人生哲学を持ち、工夫の中で運命に抗する「賢き弱者」、彼らが報われる約束の国を、この地上に建造したいと。
「なるほど。本当に興味深いですね」
彼女は心底楽しげに笑った。
その目の中には、少しばかりの慈愛も含まれていたように思う。
「それで、今後の計画は?」
「基本的に以前の物と変わりませんが、城下町には手を出さず、彼らには伯爵の真実を暴露した上で、代表者の選出を行ってもらい、皆が納得のいくような自治をしてもらいたいと思います。それが終わったら、ケンダル王国を落としに行きます。『悪名』に関してはこれで十分でしょう。その後は『魔王』として各地を圧政者を排除しつつ支配下に置き、それらを集めて理想の国とします。いかがでしょう?」
「良いですね。その計画、乗りました」
計画には修正が加えられ、「魔王」はただ冷酷な王ではなくなった。
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