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第4章 栗色の髪の女
第73話 兄と弟
しおりを挟む「あのさ、俺、男なんだけど?」
そう言って、再びニッコリと微笑んだ飛鳥をみて、男たちが瞠目する。
「うぇ!? よく見たら胸ねーじゃん!!」
「マジかよ! 詐欺じゃねーか!!」
「……」
その言葉に、飛鳥はこめかみに一つ怒りマークを浮かべた。
何が詐欺だ。あっちが勝手に間違えたくせに。
「それより……その手、早く離せよ」
「……ッ」
だが、今はそんなことより妹の方が大事らしい。その手──と言って、華の手を掴んでいる男を流しみると、飛鳥は酷く冷たい声を発した。
綺麗な表情からは想像もつかないような殺気。それを感じ取り、男がゴクリと息を飲む。
「っ……わ、わかったよ。悪かったって」
すると、しぶしぶ華から手を離した男をみて、飛鳥は小さく息をつく。だが──
「テメェー!!」
「!?」
瞬間、先程の男が背後から襲いかかってきた。シュッと拳を振る音が聞こえて、それが容赦なく飛鳥にむけらる。
「お兄ちゃ──ッ!!」
瞬間、華が叫んだ。
だが、飛鳥は特に驚きもせず、その拳を素早く受け流すと、勢い付いた男の反動を利用し、そのまま足をかけた。
ガッ──!!
足をとられた男はあっという間にバランスを崩す。すると、あれよあれよという間に、もう一人の男にぶつかって、男たちは二人仲良く地面の上に倒れ込んでしまった。
「痛てーッ」
「お前、何やってんだよ!!」
「はい。お兄さん達、こっちむいて~」
すると、倒れ込んだ男たちの前にしゃがみこむと、飛鳥は、またにっこり微笑みかけ
──カシャ。
「「!?」」
瞬間、シャッター音が鳴り響いた。どうやら、スマホで写真を撮ったらしい。男達は、ぽかんと口を開け硬直する。
「おい! それどーすんだよ!」
「あ、知りたい? 知り合いに警部さんがいるから、嫌がる女の子を無理やり密室に閉じ込むて悪いことしようとしてた犯罪者がいたよーって、教えとこうと思って!」
「はあッ! ふざけんな!! 犯罪者って、カラオケ誘っただけだろ!」
「は? だけってなに? 俺の妹の腕掴んだだろ。もう、それだけで万死に値するよね」
「腕、掴んだだけで!?」
にこやかに会話をしながらも目は全く笑っていなかった。男達は酷くあわてふためくが
「なにあれ、ケンカ?」
「警察呼んだ方がいいんじゃないの?」
「……っ」
その騒動に気づいて、道行く人達が足をとめはじめた。
「おい! このままじゃ、マジで捕まるぞ!」
「クソ!!」
すると、顔を青くした男たちは、慌てて立ち上がると、颯爽とその場から走り去っていった。そして、そんな光景を目の当たりにした華は、棒立ちのまま、兄にといかける。
「あ、飛鳥兄ぃって……こんなに、強かったの?」
護身術を覚えていたのは知っていた。だけど、実際に使うのを見たのは、初めてで……
「まぁ、俺も伊達に痴漢とか変質者に狙われてきたわけじゃないし、これくらいは出来なきゃね」
「痴漢って……男? 女?」
「どっちも」
「どっちも!? てか、その写真どうするの?」
「そりゃ、通報するだろ。完全に不審者じゃん」
「……」
「……」
いつも通りの会話。だが、下を向いたまま、未だに震えが止まらない華をみて、飛鳥は軽く息をつくと、うつむいている華の顔をそっと覗きこむ。
「大丈夫? 何もされてない?」
「……ふぇ……っ、お……兄ぃちゃん……っ」
すると、華は安心したのか、まるで子供のように、その瞳からポロポロと涙を流し始めた。
怖かった。
すごくすごく、怖かった。
「ひくっ……う、う……ッ」
「はいはい。怖かったね……もう大丈夫だよ」
恐怖で震え、泣き出した妹の体をそっと抱き寄せると、飛鳥はその背中をトントンとさすり慰める。
すると、華は兄の服にきゅっとしがみつきながら、愚痴をこぼし始めた。
「ぅ……なに…あの人たち、すっごく、しつこくて……なんであんな……っ」
「だから言っただろ? お前は無防備過ぎるんだって。もう高校生なんだから、自分が周りからどうみられてんのか、少しは自覚しろ」
「だって、今までは、こんなことなかったし……っ」
「あのさ。華は、曲がりなりにも俺の妹なんだから、たとえ、バカでおっちょこちょいで、ガサツで、女捨ててても、黙ってれば可愛いんだよ」
「えぇぇ、なんか今スゴイ罵詈雑言ふってきたんだけど!? ひどくない!?」
「ひどくない。どうせ、俺の忠告無視して、ボケッとしてたんだろ。それに、なんで今まで、なにもなかったのか、まだわかんないの?」
「……え?」
その言葉に、華は意味がわからず、兄の顔を見上げた。
「今までは、"蓮"が一緒にいたからだよ」
真面目な顔をして紡がれたその言葉に、華は目を見開いた。涙を拭うのも忘れ、ただ呆然と兄の顔を見つめる。
「蓮……が?」
「そう、いつもは蓮が一緒にいて守ってくれてたから、声をかけられなかっただけ。俺がここにきたのも、蓮からメールがきたんだよ。華が一人で帰ってるからって」
「……」
「まぁ、帰りが遅いなと思って、来ては見たけど、まさかマジで絡まれてるとはね?」
「……」
その話に、華はただただ困惑する。
蓮が、守ってくれてた?
今日もわざわざ、連絡までしてくれて?
それで飛鳥兄ぃは、心配して、ここまで迎えに来てくれたの?
(っ……葉月の、いう通りだ)
私、こんなに大事にされていたなんて──
「ごめん……っ」
雑踏の中、泣いていた華がポツリと呟いた。
溢れる涙をぬぐいながら、それでも止まることのない、涙を浮かべながら──
「っ……ごめんッ! ごめんね、私ッ、昔から守ってもらってばっかり! お兄ちゃんにも、蓮にもお父さんにも……こんなんじゃ……こんなんじゃ、ダメだよね……っ」
これじゃ、ダメだ。
私がこんなだから、心配かけてばかりいるから、きっとお兄ちゃんと蓮は、いつまでたっても──
「私、しっかりするから!! 早く大人になって、お兄ちゃんにも蓮にも、頼らなくてすむようになるから! だから」
「華!」
「……ッ」
瞬間、飛鳥がその言葉を遮って、いまだに涙を流し続けている華をきつく抱きしめると、まるで幼子に語りかけるかのように、優しい声で言葉を放つ。
「お前も蓮も、最近少しおかしいよ。何があったのかはわからないけど、無理して背伸びしなくていいから……お前たちはお前たちのペースで、ゆっくり大人になれ」
「だって、それじゃ……っ」
だが、その先の言葉は、声にはならなかった。言ってしまうと、なぜか
兄が悲しむような気がしたから……
「ほら、華」
すると、立ち尽くす華の前に、そっと手が差し出された。
兄の──手だ。
「帰るよ……」
その声に、その眼差しに、華はコクリと小さく小さく頷き、兄の手をとると、あいた片方の手で涙を拭いながら、その後に続いた。
繋いだ手から、幼い頃の様々な思い出が流れ込んでくるようで、余計に涙が止まらなくなった。
なんで、うちの家族は、こんなに優しいんだろう?
早く自立しなきゃいけないのに。
いつまでも、心配かけてちゃいけないのに。
この"優しさ"に甘えて、今の「幸せ」を手放したくないと願ってしまう。
離れたくない。
変わりたくない。
大人になんてなりたくない。
ずっと、このままでいたい。
でも──
「…………っ」
暫く歩くと、涙も少しだけ治まってきた。
腫れぼったい目をしたまま、華が前を歩く兄を見つめると、その後ろ姿を見て、自分達の幼い頃の記憶を思い出した。
(……そういえば、子供の時も、こんなことあったっけ)
いつも、そうだった。
私と蓮が友達と遊んでたら、帰る頃には、いつもお兄ちゃんが迎えに来てくれて、三人で手を繋いで帰ってた。
この声に、この笑顔に、いつも安心していた。
ずっとずっと、側にいてくれた。
泣いてたら慰めてくれて
悩んでたら話を聞いてくれて
楽しかったら一緒に笑ってくれて
お兄ちゃんがいたから、お母さんがいなくても寂しくなかった。
でも──
(お兄ちゃんの手って……こんなに……大きかったかな?)
あのころは、女の子みたいに可愛いお兄ちゃんだったけど、いつのまにこんな
────男の人に、なっちゃったんだろう。
◇
◇
◇
そして、その日の夕食時。
美味しそうな食事が並ぶいつもの食卓で、神木家の兄と弟が、まるで報告会でも開くように、今日もあった出来事について語らっていた。
「え!? 華のやつマジで絡まれたの!?」
「マジだよ、マジ。本当、心配するこっちの身にもなってほしいよねー」
「あー、じゃ俺、兄貴にLIMEして正解だったね」
「そうだね。なんかカラオケに誘われたみたいだしね。蓮から連絡がなけりゃ、今ごろどうなってたかな」
「うわ、カラオケとか超ヤバイじゃん! マジバカだよ華!」
「本当、いくらなんでも危機感なさすぎるよねー、バカだよねーバカ!」
──バンッ!!
「ちょっとー!! いくらなんでもバカバカ言いすぎ!? そんなにグサグサ心えぐる必要ないじゃん!! 公開処刑ですか、これは!?」
二人から降り注ぐ、チクチクとした視線と暴言。それに耐えきれなくなった華は、テーブルを叩き立ち上がった。
本当に反省したのだ。……にも関わらず、この二人は、これでもかというくらい、華の傷心中の心をズタズタに切り裂いてくる。
「じゃぁ、金輪際こんなことがないように、気を付けろよ」
「そうそう。俺も部活はじめたら、一緒には帰れないし」
「っ……わかってるよ」
「ほんとに?」
「う……っ」
飛鳥がじとりと睨みつけると、その後、どこか歯切れの悪い返事をした華に、兄と弟は再び眉根を寄せた。
「華、マジでしっかりしろよな」
「またこんなことがあったら、次は"父さん"に報告するからね」
「ひぃぃぃ、待って! それ洒落にならない!? 絶対、飛行機飛ばして帰ってくるじゃん!?」
この兄と弟の更に上をいく過保護っぷりを発揮する父!!
もしも、耳に入れば大変なことになりそうだ。
華は、もう絶対にこんなことがないようにと、固く心に誓ったのだった。
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