86 / 554
第5章 おもかげと先輩
第77話 後輩と先輩
しおりを挟む(あ、どうしよう……)
その日、あかりが大学につくと、目の前の光景に、少しばかり顔を曇らせた。
あかりは、耳が片方聞こえない。そのため、教室にはいると、いつも聞き取りやすい場所に席を取っているのだが、今日は少し自宅を出るのが遅かったからか、いつもの席には、すでに他の学生が数人で群れを作り座っていた。
(今日は、後ろの席でいっか……)
自宅を出るのが遅かった自分を反省しつつ、あかりは空いている他の席に腰掛けた。
「あかり~!」
「?」
すると、席に着いたあかりに、同じ学部の女性が明るく声をかけてきた。
彼女の名前は、安藤さん。ショートカットの明るい髪色をしたボーイッシュな美人だ。
春に、この街、桜聖市に引っ越してきて一ヶ月ほど。知り合いなど全くいなかったあかりだが、この安藤さんは、たまたま席が隣になってから、よく話しかけてきてくれる。
「久しぶり! ゴールデンウィークどっかいった?」
「ん……うんん。こっちじゃ知り合い全くいないから、ゴールデンウィークは引っ越しの後片付けとかしてたかな?」
「あ、そっか。一人暮らしなんだよね!」
「……え、あ……うん。そう、一人暮らし」
抗議が始まる前の教室は、少し騒がしい。
これでも、しっかりと聞こうと話に集中はしているのだが、あかりにとって騒がしい場所での人との会話は、さながらパズルのようなものだった。
聞き取れた「単語」を繋ぎあわせて、相手の表情や、前の会話と照らし合わせながら、話の流れを推理する。
だが、その推理が合っていればよいのだが、間違っていた時に、あかりは、人に変な誤解を与えてしまう。
「いいなー。うち実家暮しだし」
「……うん?」
正直、常に「聞かなくては」と、神経を集中させているのは疲れる。かと言って、聞こえなかったからと、常に聞き返していては、相手をイラつかせてしまう。
聞き返しは、できるなら最小限にとどめたい。あかりはそれを、長年の経験からよく理解していた。
「ねーねー、これ見てー!」
すると、安藤の友人だろう。講義室の入口から、女性が一人、スマホを片手にこちらに駆け寄って来るのが見えた。
彼女の名前は青木さん。安藤の友人だ。
「見て見て、3年の神木先輩の写真、ゲットしてきちゃった~」
「え、本当?!」
「うん。サークルの先輩が、持っててね~」
安藤は、とても明るい性格をしていた。その上、誰とでもすぐに仲良くなれるタイプのため彼女の周りにはよく人が集まる。
あかりは、側でスマホの画面を見ながら、わいわいと会話を弾ませている安藤とその友人の姿を見つめながら、聞き逃さないようにと、会話の内容に耳をすます。
二人の話を聞けば、なんでも、この大学の3年に、とてもイケメンな先輩がいるらしい。
(へー……そんなにカッコいいんだ)
二人が、顔を赤らめながら話をする様は、さながら人気アイドルの話でもしているかのようだった。
だが、その先輩は、アイドルでも芸能人でもなく、ただの一般人。だが、彼女たちの騒ぎようをみれば、よほど綺麗な顔をしているのだろう。正直あかりは、それでここまで騒がれるほど人物を見たことがなかった。
(あ……)
だが、その瞬間、ふと先日出会った「ある人物」のことを思い出した。
本屋で会って、家まで荷物を持ち送り届けてくれた、あの金髪の青年……
(まさか、あんな短時間で、気づく人がいるなんて)
長年一緒に過ごした友人でさえ、片耳難聴のことをカミングアウトしたら驚かれるくらいだった。
それを、たった2回あっただけで、彼は自分の耳が、片方聞こえていないことに気づいたのだ。
(……そういえば、あの人も、けっこう綺麗な顔してたっけ)
思い返せば、彼は女性に見間違えるほど、とても整った顔立ちをしていた。それこそ、こうして騒ぎ立てられてもおかしくないくらいの美青年かもしれない
(ま、性格に難ありだけど……)
だが、いくら外見がよかろうが、中身がとも合わなければ意味ないな……と、彼から受けた数々の嫌がらせを思い出すと、あかりは苦笑いを浮かべた。
すると、そこに
「あかり、……かみ…せ…ん……、見る?」
「え!?」
油断していた! 完全に油断していた!
明らかに話をふられたのはわかった。だが、その内容が、さっぱり分からなかった。
(あ、えと……見るってことは、なにか見せてくれるんだよね?)
かみ? 紙?
あー、いや違う写真のことか?
なら、あれかな。神木先輩の……
「あ、うん……見たい」
あかりは、すぐさま会話を推理して返事を返す。ちなみにこの推理、ものの1秒にも満たない速度で、瞬時に頭の中で考えるのだ。
すると、どうやら当たっていたのだろう。
安藤が、あかりの前にスマホを差し出してきた。
(よかった……っ)
どうやら間違っ出なかったようで、あかりはほっと胸を撫で下ろすと、手渡されたスマホの画面に視線を落とす。
「?」
だが、その画面を見た瞬間、あかりは、突如頭に?マークを浮かべた。
目の前の画像には、金髪の青年が、にこやかな笑みを浮かべて写っていた。視線は違う方をむいているので、隠し撮りされたのだろうか?
それほど人気がある人物なら、隠し撮りされるのも、ある意味仕方ないのかもしれない。
いや、だが……今はそんなことどうでもいい。
「……あ、あの、これは……?」
「これって? だから、3年の先輩で神木飛鳥さん。私達と同じ教育学部なんだって~」
「ちょー綺麗な顔してるよねー、なんか絵本から飛び出してきた王子様って感じじゃない?」
「あーわかる! なんかもうオーラが違うんだよね。私この前、たまたま見かけたんだけど、すれ違った瞬間、思わず二度見しちゃった!」
「しかも、あれでとっても優しくてねー。うちのサークルでも、神木先輩に憧れてる子いっぱいいるんだよ!」
「……そ、そうなんだ」
安藤と青木の話を聞いて、あかりは改めてその画像をみつめた。
間違いない。この画像の神木先輩は、先日であった「あの青年」だ。
(うそでしょ!? あの人、同じ大学だったの!?)
しかも、同じ学部の先輩だなんて、一言も聞いてない。
(あ……だから、あの時、学部聞いてきたんだ)
なんで、学部を聞いてきたんだろうかと不思議に思っていた。だが、なるほど、そういう事か。
つまり、彼は自分が「後輩」であることを分かったうえで、人のことを根ほり葉ほり聞いてきた挙句、あんな質の悪い嫌がらせをしてきたと?
(っ……信じられない)
あまりの仕打ちに、流石のあかりも開いた口が塞がらなかった。
「あ、でもさー」
すると、困惑するあかりをよそに、再び青木が声を上げた。
「神木先輩、ちょっと前に、女の子と二人っきりで歩いてたんだって!」
「え? でも、今は彼女いないって言ってなかった?」
「そうなの! なのに女の子と一緒だったんだよ!! なんか髪が長くておっとりした雰囲気の子って噂だけど、もし彼女だったらショック~」
「まぁ、神木先輩モテるしね。でもさ、マジで彼女だったら、その女刺されちゃったりして~」
「あー、抜け駆け禁止ーみたいな! 確かに、熱狂的なファンとかいたらヤバそう」
「……」
二人がなにやら不穏な会話をはじめた。
二人っきりで歩いてた?
髪の長い女?
その瞬間、あかりは嫌な汗をかく。
(いやいやいや、違う違う。だってあの人、人気者みたいだし。女の子なんてよりどりみどりだろうし。いくらでも女の子と歩いてそうだし)
絶対に自分ではない──と言い聞かせつつも、あかりは、先日、彼に会った時のことを思いだして、視線を泳がせた。
なぜなら、あかりは、あの時一時的に、彼に抱き寄せられているのだ。
いくら自転車を回避するためだったとはいえ、もし熱狂的なファンが見ていたらと思うと、今更ながらにゾッとする。
(なにこれ、怖すぎる……どうか、もう二度とこの人と会いませんように!)
漠然と命の危機を感じたあかりは、その後、スマホの中で笑う「神木 飛鳥」の画像をみつめながら、強く強くそう願ったのであった。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる