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【過去編】情愛と幸福のノスタルジア
第142話 情愛と幸福のノスタルジア⑬
しおりを挟むそれから、暫くがたち、ゆりと暮して一ヶ月がたった。
あの後も、ゆりは特に変わりなく、たまにからかわれたりすることはあっても、抱きついてきたり、それらしい素振りを見せることは一切なくなった。
本当に冗談だったのだろう。
俺たち三人の日常は、いつも通り過ぎ去っていった。
ただ一つ、変わったことと言えば、ゆりがバイトの面接に合格して、喫茶店でアルバイトを始めたことくらい。
最近では、アパートの広告など見たり、俺のパソコンを使って、物件探しをしているようだった。
◇
「あーつかれたー」
仕事から帰った、夕方6時過ぎ。俺は、飛鳥と二人で風呂に入っていた。
飛鳥の髪を洗って、一通り身体を洗い流すと、二人で湯船に浸かる。浴槽の淵に首をもたれ、あーと深く息をつくと、温かいお湯は疲れた体に染み渡るようだった。
「飛鳥は、今日は保育園でなにしたのー」
「今日は、アンパン〇ン体操した!」
「あはは、可愛いー」
子供の体を洗うのは、なにかと大変だけど、息子とこうして、なんでもない雑談するのが、また楽しかった。
「お友達と、ケンカとかしてないか?」
何気なくした質問。だが、その後飛鳥は、怯えた顔をして、言葉を返してきた。
「……してないよ。もうケンカは、絶対しない」
(あ…しまった…)
そんな飛鳥を見て、俺は自分の言動を振り返り反省する。
なんでも飛鳥は、ケンカをして顔に怪我をしたことが原因で、幼稚園をやめさせられ、ミサに軟禁されたらしい。
何度、扉を叩いても出してもらえなかったと、あの日、ゆりに泣きながら話したそうだ。
飛鳥の環境は、ここ1年で、目まぐるしく変わった。
モデルを始め、部屋に閉じ込められて、親が離婚して
中でも一番変わったのは、母親の存在かもしれないけど……
「飛鳥……」
「ん、」
俺は、飛鳥の顔に手を触れ、その頬を撫でる。
どのくらいの怪我だったかは知らないけど、もう跡形もなく消えてる。その後も、モデルの仕事を続けられたくらいだから、きっと、大した怪我では無かったんだろう。
だけど、身体に傷は残らなくても、その心には、大きな傷が残った。
そして、その、消えない傷を与えてしまったのは、他でもない
────俺たち「両親」だ。
「? お父さん?」
「……」
湯船なつかり、少し上気した幼い我が子の頬を撫でながら、漠然とした不安がよぎった。
俺は、こんな深い傷を抱えた子を、ちゃんと育てることができるんだろうか?
俺は、お世辞にも、親に愛されたとはいえない。
正直、飛鳥に、どうやって接してやればいいのか、その愛し方も育てかたも、よく、分からない。
だけど────
「いいか、飛鳥。お前が閉じ込められたのは、多分ケンカをしたのが原因じゃない。確に、ケンカするのはよくないし、人を傷つけるのは、絶対にしちゃいけないことだけど、自分や自分の大切なものを守るために、時には戦わなきゃいけないこともあるんだってことは、ちゃんと覚えとけよ?」
「……」
「だから、絶対にケンカしちゃいけないなんて、思わなくていい。お前は、男の子だしな!」
そう言って、頭を撫でてやると、飛鳥にはまだ意味が分からなかったらしい、不思議そうに俺を見上げてきた。
弱音なんて吐いていられない。
たとえ、愛されてこなかったとしても、愛し方が分からなかったとしても、今、この子を守れるのは、俺しかいないから──
《侑斗、つまらない事で喧嘩するな。男が拳を振るうのは、大切なものを守るときだけでいい》
(あ……、)
すると、その瞬間。不意に自分の父親のことを思い出した。
そういえば、俺も昔、親父から、そんなことを言われたことがあった。
母親があんなだったから、父親がよく俺の面倒を見てくれてたけど、ある時を境に、父は急に俺によそよそしくなって、酒に溺れるようになった。
昔は、あんなに優しい父だったのに、なんで、父は変わってしまったんだろう。
「あ! そうだ!」
「?」
すると、物思いに耽っていた俺に、飛鳥が明るい声を発した。湯船にはったお湯がぴちゃんと跳ね、飛鳥が俺の前に身を乗り出すと
「あのね……俺 ゆりさんと、結婚したい!」
「んん!?」
いきなり告げられた飛鳥の言葉に、俺は目を丸くした。
──結婚!!?
「いやいや、お前、何言ってんの?」
「だって、ゆりさんと結婚したら、ずっと一緒にいられるんでしょ?」
キラッキラの笑顔で、ドヤ顔を決め込む息子をみて、俺は顔をひきつらせた。
これは、あれかな? 園児が幼稚園の先生に「俺、先生と結婚するー」とかいう、あの現象かな?
しかし、なんだこの笑顔、めちゃくちゃ眩しい!
(これは、将来、絶対人を誑し込むな。まずいぞ……マジでしっかり育てないと、女の家を渡り歩くゲスな男に育ったら大変だ……!)
飛鳥の顔を凝視して、俺は更にその顔を曇らせた。
しかし、なんだろう。
改めて見れば、ウチの子、なんでこんなに美人なんだ?
確かに母親が美人なんだけど、母親とも、なんかオーラが違う。
華やかっていうか、愛くるしいというか、髪から水が滴る姿すら、なんか絵になる。4歳なのに!
これは、あと10年もすれば、水も滴るいい男になるのではなかろうか?
てか、ウチの子、多分よその子と、全然違うぞ。まず見た目が違う。
え? 俺、こんな美人で、天使で、イケメンで、心に闇抱えた子、1人で育てるの?
タダでさえ育て方が、分からないというのに、なんでこんな俺に、ここまで高いハードルが課せられているのだろうか?
「ねぇ! ゆりさんと結婚してもいい?」
「よくない!!」
すると、またまた飛鳥から結婚の二文字が飛び出して、俺は我に返った。
「あのな、飛鳥。男は18歳にならなきゃ、結婚できないんだよ。お前はまだ4歳だろ。あと14年は早い」
「え!?」
すると、飛鳥は信じられないとでも言うように、酷く驚いた顔をした。
なに、驚いてるんだ。マジでゆりと結婚するつもりでいたのか? この子は……
「そっか……じゃぁ、お父さんならできるの?」
「は?」
だが、次に放たれた言葉に、俺の思考は停止した。
「………ん? なんだって?」
「だから、お父さんなら、ゆりさんと結婚できるよね?」
「いや、俺、最近離婚したばかりなんだけど!? それで、すぐに再婚とか! しかも相手、女子高生とか! 確実に未成年に手出して、妻においだされたクズに見えるだろ!? 絶対あれこれ噂されて、肩身狭い思いするやつだろ! 無理、それは無理!?」
「俺はいいよ!」
「なにが!?」
「ゆりさんと結婚してくれたら、俺は、お父さんがクズでもいい!」
「クズでもいいってなに!? お前はそのクズに、育てられるんだぞ、わかってる?」
さすが、園児。
世間体とか全くお構い無しだ。
「ゆりさんのこと嫌いなの?」
「え? い、いや、嫌いではない……けど」
「じゃぁ、好きだよね! 結婚できるよね!」
「なんで二択しかないの!?」
嫌いじゃないなら、結婚しろと??
どんな、無茶ぶりだ!?
「あのな、好きにも色々あるんだよ! そんな簡単に結婚とか、決められないの!」
「えー……じゃぁ、俺が18歳だったら良かったの?」
「まーそうだな。だから諦めなさい」
「えー」と、再び残念そうな顔をする飛鳥。俺は、そんな飛鳥を見て、深くため息を付く。
(あ、そういえば、ゆりも今18……だっけ…)
俺は不意に、ゆりを思い出し、同時にあの夜のことを思い出した。
《私……もう、子供じゃない!》
そう言ったゆりの姿は、確に「子供」ではなかった。抱きつかれたときの肌の柔らかさも、あの時の表情も──確かに「女」だった。
最近まで高校生だったから、子供という印象が強かったけど、よくよく考えてみれば、もう結婚だって出来る年齢なわけで……
それを考えたら、確かにゆりは、もう「子供」では、ないのかもしれない。
「ゆりさんと、ずっと一緒にいられたらいいのに…」
すると、飛鳥がまたそう言って──
「お前なぁ、なんでそこまで、アイツに懐いてるんだ」
「だって、ゆりさんといると楽しいし…それにね、ゆりさんこの前泣いてたんだ」
「え?」
「夜中にね。少し泣いてたの見た…夢だったかもしれないけど……」
「…………」
泣いてた?
「……それ、いつ?」
「えっと、この前ゆりさんのお祝いした、少し前」
まさか、あの日……じゃ、ないよな?
え?オレが泣かした?
やっぱり、怖がってたのか?
いや、でも冗談だって、言ってたし……
《私……侑斗さんのこと……っ》
そう言えば、あの後、ゆりはなんて言おうとしたんだろう。
もし、あの言葉の先に───
(いや……そんなことあるわけない。だって俺、もう30だし。歳だってかなり離れてるし。おまけに離婚したてのバツイチ子持ちだぞ?そんなこと……あるわけ……)
冷静に物事を考えようと、俺は目を閉じた。
確かに、ゆりのそばにいると不思議と気持ちが楽になる。
だけど、あの子は、やっと親元を離れて、これから先、自由に暮らせるんだ。
義父に怯えることもなく、未来に羽ばたいていける。
それに、今の飛鳥に、そんな出来もしない期待、持たせちゃいけない。
「飛鳥」
「?」
俺は、シュンとしている飛鳥の肩をつかむと、真剣な表情で、飛鳥を見つめた。
「いいか、飛鳥。ゆりは、あくまでも居候なんだ。仕事や住むところが見つかれば、いずれは……出ていくことになる───」
◇
◇
◇
そして───
「あー飛鳥~! もう一緒の布団でねてあげられないなんて、寂しい~! このまま連れて帰りたい!」
「こら、人の子誘拐する気か?」
それから暫くたった、4月初旬。
2月中旬から一緒に過ごした3人の生活も、ついに終わりを迎え、ゆりが出ていくことになった。
「アパートの保証人俺がなっといたけど、くれぐれも、滞納するなよ」
「失礼~そこまで、不義理じゃないよ!」
「ゆりさん、また来てくれる?」
「うん。また来るよー」
引越しを全て終えて、荷物を持つと、ゆりは玄関に立つ。
「それでは、飛鳥、侑斗さん。短い間でしたけど、大変お世話になりました!」
────今まで、本当にありがとう。
そう言って、いつもと変わらない笑顔を浮かべて、笑って出ていった、ゆり。
だけど、何故かその後
ゆりが、我が家に顔をだすことはなかった。
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