神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜 あやめ

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【過去編】死と絶望の果て

第149話 死と絶望の果て⑦

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「……ぅ、ひっく……ッ」

 夜中、聞こえた我が子の声。

 飛鳥は、時折泣きながら目覚ますことがあって、私は、そんな飛鳥を、よく抱きしめて慰めていた。

「飛鳥、大丈夫?」

 飛鳥にとって私は、血の繋がりなんて全くない母親だったけど、それでも、素直に甘えて笑顔を向けてくれる飛鳥がとても愛おしくて、私は母として、我が子として、飛鳥を心から愛してた。

「また、あの時の夢?」
「……っ」

 何度と夢に見るのは、あの頃のこと。

 暗い部屋に閉じ込められる夢。
 扉を叩く夢。

 そして、自分の母親が、私を刺し殺そうとする夢。

 飛鳥の心に残った傷は、きっと、私じゃなきゃ癒せなくて。だから──

「大丈夫よ、飛鳥。ずっと側にいてあげるからね」
「ぅん……っ」

 大丈夫、私は生きてる。
 私は、いなくなったりしない。

 この子に、あの時の恐怖を、もう二度と味合わせたくない。

 だからこそ、言い続けた。

 ずっとそばに──

 ずっと一緒に──

 それは
 この子が安心して眠りにつけるように

 この子の心が
 壊れてしまわないようにと

 呪文のように、ささやき続けた




 "愛の言葉"の、はずだった───









 ***


「飛鳥、学校でなにかあったのか?」

 深夜2時──私の腕の中で眠った飛鳥をみて、侑斗さんが声をかけてきた。

 不安なことがあったあとは、飛鳥はよく夢にうなされて、泣きながら目を覚ます。

 最近、少し様子がおかしい。

 些細なことなら、いつも隠さず話してくれるのに、なぜか今回は──話してくれない。

「分からない……担任の先生にも、こっそり聞いてみたけど、特に変わったことはないみたいだし」

「そうか……」

 私の横に座った侑斗さんが、眠る飛鳥の頭を撫でて、そっと髪を梳いた。

 安心したように眠る飛鳥を、そのあと布団の上に戻すと、その隣の布団では、華と蓮が2人寄り添いながら、小さく寝息をたてていた。

「飛鳥は、昔、色々と経験しちゃてる分、人の心に凄く敏感なんだよね。だから余計に、心配をかけないようにって、全部自分で抱えこんで、自分で解決しようとしちゃう」

「……」

「甘えて、ワガママもいうけど、家族が悲しむことだけは極端に避けようとするから……きっと、隠してるとしたら、私たちが心配するような事だと思う」

「イジメとか?」

「うーん……確かに、たまに、女の子みたいだって、容姿をからかわれることはあるみたいたけど、イジメられてるかんじはないし。それに、イヤな事された時は、隠しず話してくれるんだよね?」

 学校での生活は、順調そうだった。

 飛鳥は、かなりの人気者で、人当たりもいいから敵を作る感じでもなく、登下校も友達と帰ってきているようだったし、特に心配するようなことは見当たらなかった。

 だけど──

「さっきも、ずっと一緒にいてって泣きながらいってきたの。私はずっと、飛鳥のそばにいてあげるつもりなのに……」

 得体の知れない漠然とした不安が、心の中に渦巻く。

 飛鳥は、何に……怯えてるの?

「なぁ、ずっと一緒になんて、そんなこと言い続けてて、大丈夫なのか?」

 すると、侑斗さんが、真面目な顔をして、私にそう問いかけてきた。

「親である俺たちは、どうしたって子供たちより先に逝くんだぞ」

「そんなの、私が一番分かってるよ。でも、こう言ってあげないと、飛鳥……」

 壊れてしまいそう。
 何度も何度も何度も、確かめるように

『ずっと一緒にいてね』

 そう、言ってくる。この子にとって、家族と離れるのは、恐怖でしかない。

 そんな子に、ずっと一緒にはいられないなんて

 ──今は、言えない。


「でもね、侑斗さん。きっと大丈夫だよ。今は『ずっと一緒にいたい』なんていっていても、いつか成長して、好きな人でもできれば、親のことなんてほっぽって、子供たちの方から離れていくよ。だから、私はね。この子達が離れていくまで、一緒にいてあげるつもりで言ってるの」

「離れていくまでか……子供たちが巣立ったら、きっと寂しくなるんだろうなー」

「そうね。でも……寂しいけど、成長って、きっとそういうことなんだと思う」

 成長とは、親からはなれていくこと。

 飛鳥も、最近男の子らしくなってきて、赤ちゃんだった華と蓮だって、少しずっと出来ることが増えてきた。

 ハイハイしたとき、ひとり歩きしたとき、初めて言葉を話したとき、子供たちが成長するにつれて、大きな喜びを感じた。

 早く大きくなれ──そう思うのに、でも、成長してしまうと、何もできなかった頃が懐かしくなる。

 いつまでも、このままでいたい。
 でも、いつまでも、このままではいられない。

 いつかは必ず、未来の幸せを見つめて、進まなきゃいけない。

 親離れして、子離れして
 子供たちは、未来に羽ばたく。

 親の務めは、それを笑顔で見送ること。

 子供たちが、自ら離れていくその日まで


 ──傍で支えてあげること。




「あー、どうしよう。子供たちが彼氏とか彼女とか連れてきたら、俺冷静に対応できるかな」

「ふふ、特に華は女の子だし、いつかお嫁にいっちゃうもんねー」

「マジか。とりあえず、彼氏が結婚の挨拶しに来たら、一回おいかえしていい?」

「うわ、めんどくさい父親。娘にきらわれるよー」

「あはは、それは嫌だなー。でも、そうだな。いつか子供たちが巣立っていったら、そのあとは、二人でゆっくりすればいいか?」

「うん。そうだね。おじいちゃんとおばあちゃんになっても、デートしようね……二人で」

 他愛もない夢を語り合いながらキスをする。

 この幸せが、永遠に続きますように、と──

 だけど、きっと、前触れはあったのだと思う。

 その前触れを、ないがしろにしたのは、他でもない


 ────私自身だった。






 ◇◇◇


「行ってらっしゃい、侑斗さん。安全運転でね!」

「あぁ、行ってくるよ」

 その日も、いつものように、笑顔で侑斗さんを送り出した。

 いつもの朝。いつもの日常。

 そんな、いつも通りに始まった一日の果てに、あんな結果が待ち受けてるなんて、この時はきっと、誰も想像してなかった。

「今日は会議あるから、帰り少し遅くなるかも」

「わかった。じゃぁ、先にご飯食べとくね!」

「「とーと! いっちぇらっちゃーい!」」

 華と蓮と一緒に、笑顔いっぱいで夫を送り出す。

 そんな、幸せのつまった時間。
 思い描いていた、優しい時間。

 だけど──

「……っ」

 わずかに、手の痺れを感じたのは、その時。

 でも、そこまで重大な何かになるなんて思っていなかった、私は……

(……あ~、これ、もしかして腱鞘炎かな? 最近華と蓮、重くなったからなー)

 小さい子供がいると自分のことは、つい後回しになる。

 少しの痛みや熱で、母親の役目を投げ出すわけにはいかない。

 どんな体の不調も、勝手に病名を決めつけて自己完結させる。

 風邪だの。腱鞘炎だの。食あたりだの。

 だけど、このほんの小さな前触れに、気付かなかったことに

 私は、のちのち──後悔することになる。

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