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第10章 涙の向こう側
第161話 父と母
しおりを挟む「えぇ、お父さん、なんで!?」
「帰ってくるなんて聞いてないけど!?」
突然、玄関を開け入ってきた侑斗に、華と蓮は困惑した。今、ロサンゼルスにいるはずの父が、いきなり帰ってきた!
しかも、心配するだろうと思い、兄が熱を出したことは伝えていない。
それなのに、どうして?
「どうしたの、お父さん! なにかあったの!?」
「何かって、そりゃ……っ」
何事かと父に詰め寄る双子に、侑斗は、昨夜、電話をかけてきた息子のことを思いだし、眉をひそめた。
あの飛鳥が、ミサに、また出会ってしまった。
これは、飛鳥にとっても、侑斗にとっても一大事。だが、そんなこと言えるはずもなく……
「あー……えーと。なんか急に、寂しくなって」
「ただのホームシック!?」
「飛行機代、いくらかかると思ってんの!?」
まさかのホームシックで高額な交通費を払い、いきなりロサンゼルスから帰国をした父!!
父の真意など知らぬ双子は、まるで哀れむような視線を向けた。だがそこに
「お久しぶりです、侑斗さん。あと、お邪魔してます」
「あ、隆臣くん、いらっしゃい!」
双子のあとに続き、隆臣が声をかけると、侑斗は、そんな隆臣にむけて、明るく返事を返す。
だが、肝心の「長男」が顔を出さないことに、侑斗ははたと疑問を抱く。
「……飛鳥は?」
「あ、それが兄貴、急に熱だして……っ」
「え? 熱?」
飛鳥が熱を出した。それを聞いて、侑斗の心には、小さな不安がよぎった。
(飛鳥……やっぱり、昔のことを思い出して)
「あ、でも、熱は下がったし、食欲もあるから、大丈夫だよ! 一時的に熱出しただけだから」
だが、侑斗の不安げな表情を読みとってか、華が心配かけないように、飛鳥の容体を伝えると、侑斗はそれを聞き少しだけ安堵する。
「そうか……隆臣くんも悪いね、わざわざ来てくれたの?」
「あ、俺は……」
「私たちが頼んだの! お昼作りにきてくれて、私たちが学校行ってる間、飛鳥兄ぃのこと看ててくれたんだよ! 夕飯誘ったから、隆臣さんも一緒でいいよね?」
「あーもちろん。ありがとう隆臣くん。ゆっくりしていきなさい」
そう言うと、侑斗は荷物を玄関に置いたまま、飛鳥の部屋に向かった。
「あ。お父さん! 飛鳥兄ぃ、今寝てるよ!」
「大丈夫。顔をみてくるだけだから! 華と蓮は俺の荷物頼むな」
自身の不安を気取られぬよう、侑斗はいつも通りにこやかな声を発し、玄関をあとにすると、そのまま飛鳥の部屋に向かい、扉をあける。
音をたてないように静かに閉め、部屋の中を見回すと、室内のカーテンは閉められておらず、夕方雨が上がり、晴れた空からは綺麗な月が覗いていた。
侑斗は、ベッドに目を向けると、眠る飛鳥に歩み寄り、そっと、その額に手を触れた。
(本当に……熱は下がってるんだな)
眠る我が子の体温を確認して、ほっとする。
正直、飛鳥の話を聞いた時は、驚いた。
ミサが、この街に───?
(どうして、今になって……っ)
あの日、連絡を絶ってから、ずっとミサからの連絡はなく、お互いの所在は一切知らずに過ごしてきた。
(たまたま、引越してきたのか? それとも、ミサは知ってるのか?)
俺達がこの街にいること───
「んー……」
すると、額に触れた手の感触に気がついたのか、飛鳥が少しだけ身じろいたあと、うっすらと瞳を開けた。
「あ、ごめん。起こしちゃったな?」
「……」
「ただいま、飛鳥~♪」
「……え?……父……さん?」
だが、いるはずもない父が目の前にいる。
突然の父の登場に、飛鳥は、驚きベッドから起き上がると、慌てて父に声をかけた。
「ちょ、なんでいるの!? 仕事は!?」
「お前に電話貰ったあと、すぐ同僚に連絡して、休み変わってくれないかってお願いしたんだ。丁度、企画一つ片付けて一段落した所だったし、運良く連休貰えて、さっき帰ってきた! まー明日の昼過ぎには、また戻らなきゃいけないけどな」
「帰って……きたって……っ」
今の時刻は午後6時前。だが、ロサンゼルスから日本までの移動時間は、飛行機で約11時間ほどかかる。
今の時間に着いているということは、あのあとすぐ、飛行機に乗ったのだろう。
息子からの電話を受けたあと、すぐに──
「なんで……別に帰ってこなくてもよかったのに……ごめん、俺が、あんな電話したから……」
まさか、帰ってくるなんて思ってもいなかったと、飛鳥が申し訳なさそうに言葉を放つと、侑斗は少しだけ困った顔をした後、飛鳥の頭にくしゃくしゃと撫でる。
「なんでお前が謝るんだ。俺は父親なんだから、心配するのは当たり前だろ? それに、俺が、飛鳥に会いたかったんだ」
「……っ」
そう言って、柔らかく微笑む侑斗の姿は、子供の頃から何度と見てきた、優しい父の姿だった。
「飛鳥。俺はな、ゆりを亡くした時に思ったんだ。別れは、いつ突然訪れるか分からないから、だから、その時その時、後悔しない選択をしようって……だから俺は、子供たちに何かあったら飛んで帰るし、そのためなら全力を尽くす。あとで『あの時、帰っていれば』って後悔したくなかったから、今日、会いに来たんだ。だから、これは俺のわがまま……やっぱり、声だけだと心配でな。お前の顔を見れてよかったよ、飛鳥」
「……」
そういって、また頭を撫でる父の手に、飛鳥はふと幼い頃を思い出した。
子供のころから、何度とこうして、頭を撫でてくれた。
昔は自分のことを、父親には向いてないとかいってたのに、そんなことない。
口先だけじゃなく、本当に帰ってきてくれる。
子供のために、ここまで一生懸命になれるなんて、「親」って、凄い。
「飛鳥?」
突然大人しくなった飛鳥をみて、侑斗が心配し声をかけると、飛鳥は、そんな父の顔を見上げた。
「うんん……俺、愛されてるんだなーって」
そう言って、飛鳥が微笑む。すると
「ぁぁぁぁ飛鳥ぁ! お前ホント、いくつになっても可愛いやつだな! うん、愛してるよ!! お前は、俺の自慢の息子だよ!!」
「だからって、抱きつけとは言ってない!!」
感極まった侑斗が、ガバッと飛鳥に抱きつくと、飛鳥は顔を青くし声を上げた。
こんなところは、相変わらずだ。
「ちょっと、お父さん!」
すると、そこに、パッと部屋の明かりがついて、様子を見に来た華が、部屋の入口から声をかけてきた。
「もう、なかなか来ないと思ってたら、やっぱり起こしてる~!」
「起こしてないよ、起きたんだ!」
「どうだか?」
すると、華のあとに続き、蓮と隆臣も顔を覗かせた。
「兄貴、体調悪いっていったじゃん。なに抱きついてんだよ」
「そうだよ。また、熱だしたらどうすんの!」
「酷いな~。あ!さては、やきもちか? 心配しなくても、華と蓮も、ぎゅっとしてあげるよ。ほら、おいで~」
「「!?」」
侑斗が、両手を広げ駆け寄ると、それを見た華が、慌てて蓮の後ろに隠れ、蓮が華を庇いながら威嚇する。
「父さん! さすがに、それ華にするのは、セクハラ!!」
「そうだよ! 私達もう高校生なんだよ!?」
「セクハラ!? それ酷くない!? 昔はお前達から、だきついてきただろ!!」
抱きしめようとする父から、逃げる双子。
飛鳥がそれを無言で見つめていると、今度は、隆臣がベッドまで歩み寄ってきた。
「もう、平気か?」
「うん。ありがとう、隆ちゃん」
「……しかし、相変わらずだな、侑斗さん」
「あはは。昔はあんなにスキンシップ激しい人じゃなかったんだけどね?」
「え? そうなのか?」
「うん。あれ、母さんのマネしてるんだよ」
「え?」
「俺たちの母親。よくあーして、俺たちのこと抱きしめてくれてたんだ。だから──」
飛鳥は、未だに双子にちょっかいをかけようとしている父を見て、目を細める。
母がしてくれたこと。
母ができなかったこと。
それをずっと、母の代わりに、俺たちに与えてくれた。
母の面影やぬくもりを、決して、忘れることがないように……
「へーいい父親もったな、お前も」
隆臣がそういえば
「……うん。自慢の父だよ。今も昔も──」
そう呟けば、飛鳥は、自然と笑みを漏らした。
「飛鳥兄ぃ!」
すると、なんとか父から逃れてきたのか、今度は華が、パタパタと飛鳥の元に駆け寄ってきた。
「……もう、大丈夫?」
兄を見つめ、心配そうな顔をする華。飛鳥は、そんな華を見つめると
「うん、大丈夫だよ。華と蓮が、隆ちゃん呼んでくれたおかげで、今日一日ゆっくり出来たよ。ありがとう」
そういってニコリと笑う。だが、華は少しだけ悲しそうな表情をすると
「……あまり、無理しないでね?」
その言葉に、飛鳥はふと考える。
それは、なにを思って言っているのか?
(そういえば、目が赤かったとか言ってたっけ)
もしかしたら、熱以外の事でも、心配をかけていたのかもしれない。飛鳥は華を見つめ、柔らかく微笑むと
「心配かけて、ゴメン……でも、もう、大丈夫だから」
────もう、大丈夫。
俺には、こんなに頼りになる「家族」や「友人」がいてくれるって、わかったから。
だから、きっと、もう
──────大丈夫。
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