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第2部 最終章 始と終のリベレーション
第281話 始と終のリベレーション⑥ ~傷~
しおりを挟む夕方だった空が、すっかり暗くなった頃、私は薄暗い部屋の中で目を覚ました。
白い壁と、白いカーテン。
右肩を下にして横たわる私の目の前には、白いシーツの上に投げ出された細い腕が見えた。
(……なに、これ?)
その腕には、包帯が巻かれていた。
困惑する中、ゆっくりと自分の手を動かすと、その包帯をまかれた手がピクリと反応する。
(私の……手?)
それが自分の腕だと認識して、私は呆然とその手を見つめた。
どうして私の手に、包帯が巻かれているのだろう。
この包帯の下は、どうなっているんだろう。
「ミサ……!」
すると、暗がりの中で私を呼ぶ声がした。
「ミサ! よかった、目が覚めて……っ」
「お……母さん……?」
見ればそれは、仕事に行っていたはずの母で、その瞬間、そこが病院だとわかった。
時刻は、夜10時をすぎていて、窓際のベッドに横たわる私は、母と視線を合わせるため、身体を微かに動かす。
だけど……
「痛……ッ」
「あ、動いちゃだめ! もう麻酔が切れてと思うから、動くと背中の傷に響くわ」
(背中の……傷?)
見動こうとした私を、母が慌てて静止する。だけど、母のその言葉に、頭の中は、よりいっそう錯乱し始めた。
言葉の意味が分からなくて、自分の目で確認しようと、母が止めるのを振り切り、横向きのまま強引に起き上がった。
「ッ……」
痛い──全身が軋むように。
特に背中は、ナイフでえぐられたように鋭い痛みを発していた。
どうして、こんなに痛むのか。恐る恐る、自分の姿を確認すれば、腕や背中だけではなく、頬や足にも包帯やガーゼが貼られていて、自分の身体が傷だらけなのがわかった。
「なに、これ……っ」
あまりの惨状に、身体が震えた。
「なんで……私……っ」
必死に今日の出来事を振り返る。
確か、高橋くんと香織と一緒に帰る約束をしていた。だけど、半田先生に呼ばれて、美術室に行って、それから──
「ミサ……」
「!」
すると、困惑する私に、母が今にも泣きそうな顔をして声をかけてきた。
「本当によかった。急に、お父さんから電話があって、ミサが怪我をして救急車で運ばれたっていわれて……ねぇ、何があったの!? 相手の女の子は、ミサが自分の彼氏を寝取ろうとしたとか言ってて……っ」
「なに、それ……私、そんなことしてない!!」
薄暗い病室で、涙をうかべた母を見つめて、必死に叫んだ。
「私は、何も……っ」
その言葉をきっかけに、あの後のことを鮮明に思い出した。
美術室に行ったら、3年の女の先輩が4人いて、そのうちの1人が、突然つかみかかって来た。
その先輩は、少し前に、私に告白してきた、あのチャラそうな先輩の彼女だったらしい。
私は、告白されるまで、その先輩のことなんて全く知らなかったのに『人の彼氏に色目を使った』とか『先輩の男に手を出すな』とか、一方的に、訳もわからない、いちゃもんをつけられた。
「私……何も、悪いことしてない……っ」
何もしてない。
私はただ、告白されて断っただけ。
それなのに、なんで?
なんで、私が責められるの?
なんで、私が悪者になるの!?
彼女がいるくせに告白なんてしてくる、あの女のバカな彼氏が一番悪いんじゃないの!?
「私が……何したって……いうの……っ」
痛々しい処置の痕を見て、もみあって突き飛ばされた時に、美術室のガラス窓にぶつかったことを思いだした。
突き飛ばされて、背中を強く打ち付けた瞬間、大きなガラスがけたたましい音をたたて砕け散った。
そして、その破片は、倒れ込んだ私の上に、容赦なく降り注いで
(だから、こんなに──)
ガラスの破片で傷ついて、気を失ったあとのことは、まったく覚えていない。気がつけば、ここにいたから。
「この怪我……治るの?」
「…………」
不意に、気になって問いかけた。
すると母は
「ミサ、落ち着いて聞いてね。手とか顔の傷は治るけど、背中と二の腕の傷はかなり深くて何針か縫ったの……だから、その二箇所の傷は残るだろうって」
「……っ」
傷が──残る?
「え? じゃぁ、モデルの仕事はどうなるの? あさって、撮影入ってて……そうだ、お父さん! お父さんは、どこにいるの!?」
不意に、父がいないことに気づいて、母に問いかければ、母は神妙な面持ちで
「ルイは今、学校に行ってる。先生と相手の親御さん達と、今回の事件の経緯について話し合ってるところ……それとね、ミサ。モデルのことだけど……もう、諦めなさい」
「ッ──」
瞬間、信じられない言葉がかえってきて
「なんで……っ」
「ルイと話したの。そんな深い傷ができた身体で生き残っていけるほど、モデルの世界は甘くないって。だから、モデルになる夢は……もう諦めなさい」
「……っ」
瞬間、涙が頬を伝って流れ出した。
それは、私が『夢』を失った瞬間だった。
まるで、割れたガラスのように『心』が砕けた瞬間だった。
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