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第11章 恋と雨音
第445話 榊くんと華ちゃん
しおりを挟む「榊と、あれから、どうなったの?」
「……っ」
不意に飛び出した名前に、華は、頬を赤らめた。
葉月に向けていた視線を、そっと斜め逸らせば、今、話題の人物が、友人たちとお昼を食べているのが見えた。
榊 航太くん──蓮の友人であり、バレンタインの日に、華に『好きになってゴメン』と、予想外の告白をしてきたクラスメイトだ。
どうやら、今、榊くんは、華にフラれたと思っているらしい。だが、華は振ったわけではなく……
「あー。その反応は、まだ、言ってないのね」
「だ、だって、どう伝えれば」
「どうって。好きって言われて、嫌じゃなかったんでしょ? それを、そのまま伝えればいいじゃん」
「で、でも、そんなことを伝えて、もし、期待させたりしたら……っ」
気まづくて仕方ない。だからか、それから、全くその話題に触れられず、華は、榊くんに話しかけることすらできていなかった。
そして、華が話しかけなければ、当然、あちらからも話しかけてこない。
榊くんの思いを知ってから、少しづつ距離が離れているような気がする。
榊くんは『友達として、これまで通り、仲良くして欲しい』と言っていた。
だけど、今の華は、避けるような状態だ。
ちょっと前までは、みんなで遊園地にいったりと、仲良くしていたはずなのに、どうして、こんなことになってしまったのだろう?
「まぁ、お兄ちゃんの恋も大事だろうけど、華の方も何とかしなよ?」
「な、なんとかって」
「だって、フラれてないのに、フラれたと思ってるなんて、榊が可哀想じゃん」
「そ、そうだけど……て、ここで、そんな話しないでよ! 榊くんに聞こえたらどうするの!」
「聞こえないよ、遠いんだから!」
そう言うと、葉月をお弁当に入っていた唐揚げをパクリと口にし、華は、再び、榊くんに目を向けた。
いつもは、蓮と一緒にお弁当を食べているが、今日は、蓮が休んでいるため、他の友人たちと食べているようだった。
榊くんは、優しいし、友達も多い。
なにより、バスケだって得意だし、女子にもモテモテだ。
そして、蓮や葉月が勧めてくるくらいの人。
なら、榊くんが、どれだけ魅力的で、素敵な人なのかは、華だってよくわかる。
だけど、華には、まだ恋というものが、よく分からなかった。
(好きって、どんな気持ちなんだろう?)
恋をするって、どんな気持ち?
好きと言われて、嫌じゃなかった。
でも、それは、友達だからじゃないの?
わからない。
わからないから、どうしていいか、わからない。
でも──
(でも、榊くんと、前のように話せなくなったのは、何だか、寂しいな……っ)
◇
◇
◇
ザ────
雨の音が、室内に響いているのに気づいて、蓮は、静かに目を覚ました。
ザーザーと、打ち付けるような激しい雨音。
そして、その音で目覚めた蓮は、布団の中で、気だるげそうに、身じろぐ。
(ん……今、何時?)
壁にかけられた時計に目をやれば、もう、お昼を過ぎていた。
雨の音しか聞こえない部屋の中は、やけに静かで、蓮は、今日が平日で、学校を休んだことを、改めて思い出す。
(あぁ、そうだった……俺、熱が出て……っ)
額に手をあて、おぼつかない思考で、今朝の出来事を振り返る。
兄のデートの日に、タイミング悪く熱を出してしまった、不甲斐ない自分のことを──
(兄貴……デート行ったよな?)
罪悪感を抱きながらも、兄のことを心配する。
だが、あれだけ『行け』といったのだ。
流石に、行っただろう。
なにより、この静けさが、家に誰もいないということを物語っているような気がした。
(俺、一人か……そうだ。ご飯、食わないと……っ)
兄や華には、自分でなんとかすると言って、送り出した。
だから、何とかしなくてはと、蓮は昼食をとるため、身体を起こす。
だが、身体は鉛のように重く、それ以上、動く気がしなかった。
いつもなら、ここで、兄や父が、お粥とか、うどんを作って持ってきてくれる。
でも、今日は、誰もいないのだ。
兄も、父も、双子の姉も……
「はぁ……だるっ」
深いため息が漏れると、蓮は、またベッドに倒れ込んだ。
この重い身体を引きずって、今から食事を作らないといけないなんて。
でも、これが、大人になるということなのかもしれない。
大人は、全部、一人でしなきゃいけないから──
(……大人って、こんなに辛いんだ)
それは、風邪のせいか?
はたまた、心が弱ってるせいか?
大人になりたくない──そんな子供じみた自分が、また顔を出しそうになった。
でも、人は嫌でも大人になっていく。
だから、兄のためにも、逃げないと覚悟を決めた。
でも、完全な大人になるには、まだ意思がたりないらしい。
「もういいや……一食くらい抜いても……っ」
どの道、食欲はなかったし、カップラーメン一つ、作るにしても、やる気が出なかった。
だから、もういいやと諦める。
しかし、さすがに、水分は取らないと、まずい気がした。
本当は、汗もかいたから着替えるべきだろう。
だが、そこまでする気力はなく、蓮は、とりあえず水分だけはととろうと、ローテーブルの上に置いていたペットボトルに手を伸ばした。
──ガタン!
「あ、……!」
だが、その瞬間、誤って落としてしまった。
テーブルから、床へとダイブしたペットボトルは、コロコロと転がって、本棚の前で止まる。
ベッドからは、それなりの距離がある。
明らかに、起きなくては、取りに行けない。
「はぁ……っ」
そして、またため息をつくと、蓮は、再びベッドに倒れ込んだ。
なんだか水を飲むのすら、億劫になってきた。
(いいや。水なんか飲まなくても……)
そして、このまま眠ることを選択した蓮は、目を閉じる。
ザ────
雨音が、やけに耳に響く。
だから、余計に、寂しさが募った。
(病気の時に、一人でいるのって……こんなにも心細いのか?)
そんなの、全く知らなかった。
だって、今までは、誰かが傍にいてくれたから──
「あにき……っ」
小さく小さく、声が漏れる。
だが、その瞬間
「なに?」
「え?」
どこからか、声が聞こえた。
蓮が顔をあげれば、たまご粥の優しい香りと一緒に、見なれた人物が部屋に入ってきたのが見えた。
まるで、女神か天使のように──綺麗な人。
だが、一瞬、夢かと思った。
だって、そこにいたのは、デートに行ったはずの『兄』だったから──
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