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章1
死に戻りの有無は?(3)
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結局武器はなにひとつ買うことなく、勝宏が自分用と言って短剣を買うだけに終わった。武器屋の店主には本当に申し訳ないことをした。
防具から先に揃えるか、という話にもなった。だがしかし、どんな防具をつけても動きが鈍るばかりで何も買えなかったのである。
どんより沈んでいると、勝宏が肩を抱いてきた。
「気にするなって、そういうこともあるよ。スクロール見に行こ」
「うん……」
このままでは本当に、役に立たないどころか足手まといだ。
魔法、魔法くらいは人並みに使えるようになりたい。自分にステータスの概念があるのか、あったとしても実用可能な量のMPはあるのか、心配の種は尽きないが、せめて勝宏の迷惑にならないくらいには魔法適性があればいいと思う。
スクロールの購入は道具屋だそうだ。勝宏に案内されるまま店舗に向かい、スクロールが並べてある棚を確認する。
書き文字が読めない。けれど、なんとなく数字らしきものが連続して値札に並んでいるのは分かった。これ、並んでるのゼロじゃないかな。四桁あるように見える。
四桁?
貨幣を何枚という数え方で価格を提示するこの世界で、四桁というのは相当な高額なのではなかろうか。まさか銅貨を四桁分というわけでもあるまい。最悪金貨四桁、そうでなくとも銀貨……。
「……ま、勝宏、やめよう」
「ん? なんで?」
「武器よりずっと高いよ、スクロール……」
こんなの、旅すがらの日本食おつかいでどうにかなる額じゃない。
「銀貨三千枚なー、まあ安くはないけど。とっかかりにはちょうどいいだろ?」
ああこのみみずが走ったような記号、やっぱりゼロか。もしかしてその隣にある記号が「3」かな。
転生者は特典で書き文字も読めるんだろうか。それとも勝宏が転生後に努力して覚えたのか。この世界に長く居座るなら、そのうち勝宏に文字を習いたい。
……って、銀貨三千枚。三百万円じゃないか。
「いい、いいです、俺、頑張って弓を覚えるから、ね、魔法は……」
「心配しなくても、これくらいなら俺の手持ちで出せるよ?」
何も言えなくなりそうだったが、言葉が出てこなくともどうにか首を横に振る。
これはもう、せっかくの好意を断るのは申し訳ない、なんて思ってはいられない。なんとしても断らなければ。
いくら貸しにするからといっても、買ってもらう方がよっぽど申し訳ない価格である。
「なら、とりあえずレベル上げてみる? レベルアップで魔法使えるようになるかも」
「あ、りがとう……」
そして、透の必死の反対により、二人はスクロールを購入することすらなく店を後にした。
ギルドへ冒険者登録しようにも、武器どころか防具すらつけていないのでは冷ややかな目で見られそうである。
「そうだ透、このあと日本で殺虫剤買ってくるってのはどう?」
「殺虫剤……?」
「うん、置いとくタイプのやつ。町外れのエリア、虫系魔物が多いんだよ。そこで一気に殺虫剤焚いたらまとめて経験値入ると思うけど」
置いとくタイプのやつ。燻煙式殺虫剤のことを言っているらしい。
だいぶ邪道なレベル上げだ。そんな手段で本当に戦闘経験を得たと言えるのか謎だが、システム上レベルアップするならそれはそれでアリなのだろう。
「生態系破壊したりしない?」
「それがさ、この世界どうもリポップするタイプみたいなんだよ」
「待ってたら出てくるの?」
「時間経過がほとんど。たまにダンジョンだと扉の開け閉めがリポップの鍵になってたりする」
なんだか本当にゲームみたいな話だ。
勝宏の話に相槌をうちながら町を歩いていると、前方、宿屋前に人だかりができているのが見えた。
「あれ……」
「なんだろ。誰か倒れたとか?」
確かに一見するとこの人だかり、急に若い女性が心臓発作で倒れた時なんかの、道行く日本人の反応に近い気がする。
「何かあったんですか?」
気になりつつも近付けないでいる透と違って、勝宏は平気で人だかりのうちひとりに声を掛けた。
「クルス様が突然光になって消えてしまったのよ。絶対あの旅人の仕業だってみんな言ってるんだけど、そいつは宿の部屋から出てこないし、クルス様のことを知ってまともに乗り込める人もいなくてね」
三十代くらいの女性が、勝宏の問いに答えてくれた。
この町の防御結界をスキルによって永続管理していたのが、日本人転生者であるクルスだと勝宏からは聞いている。
転生者が、光になって消えたということは。
「勝宏……」
「ああ、その旅人ってやつもきっと、転生者だ」
彼が頷いて、苦々しい表情で耳打ちしてきた。
そういえばそのクルスって人と、勝宏は少なくともドラゴンの一件で面識があるんだ。知り合いが消滅したなんて、気分のいいものじゃないだろう。特に生来の性質が正義の味方な彼にとっては。
「クルス様がいなくなってしまったら、この町の結界はどうなるのかしら……」
「魔法鑑定士のばあさんが言うには、結界もクルス様がいなくなった途端消え失せたって話だぜ」
「そんな。無詠唱魔法の浸透だってこれからってとこだぞ。自警団だけで魔物を追い払ってた頃に今更戻るなんて、今のこの町の規模じゃ無理だ」
聞こえてくるのは、この町の行く末を憂う言葉だ。
……旅人が泊まってて出てこない宿、やっぱり、ここだよなあ。
人だかりのできている宿屋、そこは、透と勝宏がさきほど連泊で取った宿であった。
「俺もこの宿取ってんだ。俺たちが行くよ。な、透」
「えっ」
「クルスの勝利条件は「自分のテリトリー内に招き入れて相手を倒すこと」、つまり町中での戦闘が必須の条件だったんだ。だからたぶん、その旅人と戦闘になってるんだと思う」
「うう」
「……絶対俺が守るから。俺以外の転生者にも会ってみたほうがいいと思うし」
おっしゃるとおりで。
ここまで言われて、怖いから外で待ってますとは言えない。
「……はい」
項垂れる透の腕を掴んで、勝宏が宿の入り口に向かって人ごみをかき分け始めた。
防具から先に揃えるか、という話にもなった。だがしかし、どんな防具をつけても動きが鈍るばかりで何も買えなかったのである。
どんより沈んでいると、勝宏が肩を抱いてきた。
「気にするなって、そういうこともあるよ。スクロール見に行こ」
「うん……」
このままでは本当に、役に立たないどころか足手まといだ。
魔法、魔法くらいは人並みに使えるようになりたい。自分にステータスの概念があるのか、あったとしても実用可能な量のMPはあるのか、心配の種は尽きないが、せめて勝宏の迷惑にならないくらいには魔法適性があればいいと思う。
スクロールの購入は道具屋だそうだ。勝宏に案内されるまま店舗に向かい、スクロールが並べてある棚を確認する。
書き文字が読めない。けれど、なんとなく数字らしきものが連続して値札に並んでいるのは分かった。これ、並んでるのゼロじゃないかな。四桁あるように見える。
四桁?
貨幣を何枚という数え方で価格を提示するこの世界で、四桁というのは相当な高額なのではなかろうか。まさか銅貨を四桁分というわけでもあるまい。最悪金貨四桁、そうでなくとも銀貨……。
「……ま、勝宏、やめよう」
「ん? なんで?」
「武器よりずっと高いよ、スクロール……」
こんなの、旅すがらの日本食おつかいでどうにかなる額じゃない。
「銀貨三千枚なー、まあ安くはないけど。とっかかりにはちょうどいいだろ?」
ああこのみみずが走ったような記号、やっぱりゼロか。もしかしてその隣にある記号が「3」かな。
転生者は特典で書き文字も読めるんだろうか。それとも勝宏が転生後に努力して覚えたのか。この世界に長く居座るなら、そのうち勝宏に文字を習いたい。
……って、銀貨三千枚。三百万円じゃないか。
「いい、いいです、俺、頑張って弓を覚えるから、ね、魔法は……」
「心配しなくても、これくらいなら俺の手持ちで出せるよ?」
何も言えなくなりそうだったが、言葉が出てこなくともどうにか首を横に振る。
これはもう、せっかくの好意を断るのは申し訳ない、なんて思ってはいられない。なんとしても断らなければ。
いくら貸しにするからといっても、買ってもらう方がよっぽど申し訳ない価格である。
「なら、とりあえずレベル上げてみる? レベルアップで魔法使えるようになるかも」
「あ、りがとう……」
そして、透の必死の反対により、二人はスクロールを購入することすらなく店を後にした。
ギルドへ冒険者登録しようにも、武器どころか防具すらつけていないのでは冷ややかな目で見られそうである。
「そうだ透、このあと日本で殺虫剤買ってくるってのはどう?」
「殺虫剤……?」
「うん、置いとくタイプのやつ。町外れのエリア、虫系魔物が多いんだよ。そこで一気に殺虫剤焚いたらまとめて経験値入ると思うけど」
置いとくタイプのやつ。燻煙式殺虫剤のことを言っているらしい。
だいぶ邪道なレベル上げだ。そんな手段で本当に戦闘経験を得たと言えるのか謎だが、システム上レベルアップするならそれはそれでアリなのだろう。
「生態系破壊したりしない?」
「それがさ、この世界どうもリポップするタイプみたいなんだよ」
「待ってたら出てくるの?」
「時間経過がほとんど。たまにダンジョンだと扉の開け閉めがリポップの鍵になってたりする」
なんだか本当にゲームみたいな話だ。
勝宏の話に相槌をうちながら町を歩いていると、前方、宿屋前に人だかりができているのが見えた。
「あれ……」
「なんだろ。誰か倒れたとか?」
確かに一見するとこの人だかり、急に若い女性が心臓発作で倒れた時なんかの、道行く日本人の反応に近い気がする。
「何かあったんですか?」
気になりつつも近付けないでいる透と違って、勝宏は平気で人だかりのうちひとりに声を掛けた。
「クルス様が突然光になって消えてしまったのよ。絶対あの旅人の仕業だってみんな言ってるんだけど、そいつは宿の部屋から出てこないし、クルス様のことを知ってまともに乗り込める人もいなくてね」
三十代くらいの女性が、勝宏の問いに答えてくれた。
この町の防御結界をスキルによって永続管理していたのが、日本人転生者であるクルスだと勝宏からは聞いている。
転生者が、光になって消えたということは。
「勝宏……」
「ああ、その旅人ってやつもきっと、転生者だ」
彼が頷いて、苦々しい表情で耳打ちしてきた。
そういえばそのクルスって人と、勝宏は少なくともドラゴンの一件で面識があるんだ。知り合いが消滅したなんて、気分のいいものじゃないだろう。特に生来の性質が正義の味方な彼にとっては。
「クルス様がいなくなってしまったら、この町の結界はどうなるのかしら……」
「魔法鑑定士のばあさんが言うには、結界もクルス様がいなくなった途端消え失せたって話だぜ」
「そんな。無詠唱魔法の浸透だってこれからってとこだぞ。自警団だけで魔物を追い払ってた頃に今更戻るなんて、今のこの町の規模じゃ無理だ」
聞こえてくるのは、この町の行く末を憂う言葉だ。
……旅人が泊まってて出てこない宿、やっぱり、ここだよなあ。
人だかりのできている宿屋、そこは、透と勝宏がさきほど連泊で取った宿であった。
「俺もこの宿取ってんだ。俺たちが行くよ。な、透」
「えっ」
「クルスの勝利条件は「自分のテリトリー内に招き入れて相手を倒すこと」、つまり町中での戦闘が必須の条件だったんだ。だからたぶん、その旅人と戦闘になってるんだと思う」
「うう」
「……絶対俺が守るから。俺以外の転生者にも会ってみたほうがいいと思うし」
おっしゃるとおりで。
ここまで言われて、怖いから外で待ってますとは言えない。
「……はい」
項垂れる透の腕を掴んで、勝宏が宿の入り口に向かって人ごみをかき分け始めた。
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