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章1
勝利条件(2)
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漫画を読んで、試したいことができたと勝宏は早々出かけてしまった。
彼が食べ終わったあとの皿は、自宅のキッチンに飛んで既に洗っている。
決闘は正午の約束だ。
彼の変身後のステータスを考えれば負けることはないだろうが、相手も転生者である。
どんなスキルを持っているのか分からない以上、絶対はありえない。
自分にできることはないか、透なりに考えてみた結論としては――「戦う術を身に付けること」である。
逃げられない状況に追い込むことが勝利条件ならば、決闘が始まるまでに「たとえ自分が負けてしまっても透にも勝ち目はある」と勝宏に認識させることができれば、条件を満たさないことになる。
条件が満たされなければ、降参してもポイント変換はされないというわけだ。
手っ取り早くそのように認識させるには透自身が戦う術を見につけることだが。
「いらっしゃい。鑑定かい?」
「いえ……あの……」
やってきたのは道具屋だ。
先日はスクロールを見るために訪れたが、魔法鑑定も行っているらしい。
店主らしき老齢の女性に目を向けられ、宿からここまでの道すがらシミュレートしてきた会話がとっさに出てこなくなった。
透がしどろもどろしていると、店主はにっこり頬杖をつく。
「この通り、ばあさんは今日は暇してるよ。ゆっくり話しなさい」
「す、すみません……えっと……相談が」
「いくら出す?」
「銀貨、10枚あります」
「分かった、なんでも聞いてあげるよ」
「俺……戦えるように、ならないといけなくて……」
短期間で魔法を使えるようになりたいこと。
今は冒険者登録すらできていないこと。
ぼそぼそとした声になってしまったが、どうにか相談内容は店主に伝えることができた。
勝宏のことや、転移のことはさすがに話せなかったが、昨日彼と一緒にいた透を見ていたならなんとなく察したことだろう。
あらかた聞き終えると、店主は深く息を吐いた。
「おまえさん、だいぶ世間知らずだね」
「あ、はい……」
この世界に来てまだ数日。
その数日間の大半は勝宏の後ろをついて回っていただけで、全く世間に触れていない。
世間知らずと言われて当然である。
「まず、魔法が使えるかどうかは適性の有無じゃないのさ。魔力がほんの少しでもあれば、誰でも魔法を習得することができる」
「そうなんですか」
「でも、そのへんの農民が魔法を使っているところ、見たことないだろう?」
「はい……」
厳密には、農民と接したことすらないのだが、それをここで補足するのは透には無理だ。
「魔法を使うにはね、ギルド登録が必要なのさ」
店主が言うには、こういうことらしい。
一般人が魔法使いになりたい場合、まず先に冒険者登録を済ませる。
冒険者登録の際、通常ギルドカードなどは発行されない。
代わりに、登録後は左手の甲に紋章が浮き出るようになっており、その紋章によって魔力操作が可能になるのだそうだ。
左手を怪我などで欠損しているものや、貴族や特別な階級の人間になってくるとまた少し仕組みが異なるらしいが、一般的にはその対応で魔法を使うのだという。
「もちろん、そのあとの魔術自体は自分で覚えなきゃならんがね。最初のとっかかりにスクロールを買うやつもいないわけじゃない」
だから、すぐに魔法を覚えたいなら、まずは冒険者登録。次に攻撃魔法のスクロールを買う。それが一番さ。
店主の回答は的確だった。しかし結局、スクロールを購入する必要があると分かっただけである。
「……ありがとうございます」
確か、一般冒険者は倒せば1ポイント、だったっけ。
ひょっとして、その紋章が参加資格証代わりだったりするんだろうか。
透がポイント的にどういう扱いになるのかは不明だが、安易に冒険者登録をするのはまずい気がする。
どのみち今の透には、スクロールを買うほどの資金はない。
店主に相談料として銀貨10枚を手渡そうとしたところ、この程度の話なら1枚でいいよと9枚押し戻されてしまった。
やっぱり自分には、勝宏のためにできることなどなかった。
『まあ元気出せよ透。日本でスポーツドリンクでも買ってきてやろうぜ』
肩を落とした透に、ウィルが慰めの言葉をかけてくれた。
町の中央広場に柵が設けられただけの決闘場所だったが、正午には周囲にたくさんの住民が集まっていた。
勝宏も鷹也も、今は柵の中。
スキルメインで戦うため、勝宏は武器を持っていない。
鷹也は刀を装備しているようである。……この世界、刀、あるんだ。
透はというと、決闘を見に来たらしい道具屋の店主とばったり再会して、彼女の隣に座らされている。
「やっぱり、あの子の連れだったんだね。うちへ魔法の相談に来たのも、この決闘のためかい?」
「はい……」
クルスを倒した旅人と続いて決闘することになった勝宏の話は、狭い町中であっという間に広まっていた。
宿屋の親父さんによって口伝で噂されただけなので、彼の連れとして透まで注目されることがなかったのは唯一の救いである。
審判役は特にいない。
お互い勝利条件が異なり、戦略の問題で条件を話すわけにもいかない以上、審判のしようがない。
決闘の開始は、鷹也が投げた小石が地面に落ちるタイミングからとなった。
開始早々、鷹也の姿がその場から消える。次の瞬間、抜刀した鷹也が勝宏の後ろに現れた。
間一髪で変身完了した勝宏には、刃は届かなかった。
「えっ、転移!?」
思わず出てしまった透の言葉を、隣の店主が拾う。
「いや、あれは縮地だよ。仙術の一種だがね、専門職以外でも、習得できれば魔力を対価に扱うことができる」
つまり、仙人なら魔力を消費せずに使える技だが、仙人じゃない場合でも魔力を使って再現可能と。
(転移じゃないんだ……)
『転移は点と点を結ぶもの。縮地は単純に、線の長さを短くしてるんだよ』
ウィルによって解説が付け加えられる。
『具体的に言うと、転移は障害物があっても無視して直接移動できる。縮地は障害物があったら普通にぶつかるな』
なるほど、それは分かりやすい。
縮地の対応には勝宏も慣れている様子で、死角からやってくる刀を変身ヒーローの手甲が難なく捌いていく。
彼が食べ終わったあとの皿は、自宅のキッチンに飛んで既に洗っている。
決闘は正午の約束だ。
彼の変身後のステータスを考えれば負けることはないだろうが、相手も転生者である。
どんなスキルを持っているのか分からない以上、絶対はありえない。
自分にできることはないか、透なりに考えてみた結論としては――「戦う術を身に付けること」である。
逃げられない状況に追い込むことが勝利条件ならば、決闘が始まるまでに「たとえ自分が負けてしまっても透にも勝ち目はある」と勝宏に認識させることができれば、条件を満たさないことになる。
条件が満たされなければ、降参してもポイント変換はされないというわけだ。
手っ取り早くそのように認識させるには透自身が戦う術を見につけることだが。
「いらっしゃい。鑑定かい?」
「いえ……あの……」
やってきたのは道具屋だ。
先日はスクロールを見るために訪れたが、魔法鑑定も行っているらしい。
店主らしき老齢の女性に目を向けられ、宿からここまでの道すがらシミュレートしてきた会話がとっさに出てこなくなった。
透がしどろもどろしていると、店主はにっこり頬杖をつく。
「この通り、ばあさんは今日は暇してるよ。ゆっくり話しなさい」
「す、すみません……えっと……相談が」
「いくら出す?」
「銀貨、10枚あります」
「分かった、なんでも聞いてあげるよ」
「俺……戦えるように、ならないといけなくて……」
短期間で魔法を使えるようになりたいこと。
今は冒険者登録すらできていないこと。
ぼそぼそとした声になってしまったが、どうにか相談内容は店主に伝えることができた。
勝宏のことや、転移のことはさすがに話せなかったが、昨日彼と一緒にいた透を見ていたならなんとなく察したことだろう。
あらかた聞き終えると、店主は深く息を吐いた。
「おまえさん、だいぶ世間知らずだね」
「あ、はい……」
この世界に来てまだ数日。
その数日間の大半は勝宏の後ろをついて回っていただけで、全く世間に触れていない。
世間知らずと言われて当然である。
「まず、魔法が使えるかどうかは適性の有無じゃないのさ。魔力がほんの少しでもあれば、誰でも魔法を習得することができる」
「そうなんですか」
「でも、そのへんの農民が魔法を使っているところ、見たことないだろう?」
「はい……」
厳密には、農民と接したことすらないのだが、それをここで補足するのは透には無理だ。
「魔法を使うにはね、ギルド登録が必要なのさ」
店主が言うには、こういうことらしい。
一般人が魔法使いになりたい場合、まず先に冒険者登録を済ませる。
冒険者登録の際、通常ギルドカードなどは発行されない。
代わりに、登録後は左手の甲に紋章が浮き出るようになっており、その紋章によって魔力操作が可能になるのだそうだ。
左手を怪我などで欠損しているものや、貴族や特別な階級の人間になってくるとまた少し仕組みが異なるらしいが、一般的にはその対応で魔法を使うのだという。
「もちろん、そのあとの魔術自体は自分で覚えなきゃならんがね。最初のとっかかりにスクロールを買うやつもいないわけじゃない」
だから、すぐに魔法を覚えたいなら、まずは冒険者登録。次に攻撃魔法のスクロールを買う。それが一番さ。
店主の回答は的確だった。しかし結局、スクロールを購入する必要があると分かっただけである。
「……ありがとうございます」
確か、一般冒険者は倒せば1ポイント、だったっけ。
ひょっとして、その紋章が参加資格証代わりだったりするんだろうか。
透がポイント的にどういう扱いになるのかは不明だが、安易に冒険者登録をするのはまずい気がする。
どのみち今の透には、スクロールを買うほどの資金はない。
店主に相談料として銀貨10枚を手渡そうとしたところ、この程度の話なら1枚でいいよと9枚押し戻されてしまった。
やっぱり自分には、勝宏のためにできることなどなかった。
『まあ元気出せよ透。日本でスポーツドリンクでも買ってきてやろうぜ』
肩を落とした透に、ウィルが慰めの言葉をかけてくれた。
町の中央広場に柵が設けられただけの決闘場所だったが、正午には周囲にたくさんの住民が集まっていた。
勝宏も鷹也も、今は柵の中。
スキルメインで戦うため、勝宏は武器を持っていない。
鷹也は刀を装備しているようである。……この世界、刀、あるんだ。
透はというと、決闘を見に来たらしい道具屋の店主とばったり再会して、彼女の隣に座らされている。
「やっぱり、あの子の連れだったんだね。うちへ魔法の相談に来たのも、この決闘のためかい?」
「はい……」
クルスを倒した旅人と続いて決闘することになった勝宏の話は、狭い町中であっという間に広まっていた。
宿屋の親父さんによって口伝で噂されただけなので、彼の連れとして透まで注目されることがなかったのは唯一の救いである。
審判役は特にいない。
お互い勝利条件が異なり、戦略の問題で条件を話すわけにもいかない以上、審判のしようがない。
決闘の開始は、鷹也が投げた小石が地面に落ちるタイミングからとなった。
開始早々、鷹也の姿がその場から消える。次の瞬間、抜刀した鷹也が勝宏の後ろに現れた。
間一髪で変身完了した勝宏には、刃は届かなかった。
「えっ、転移!?」
思わず出てしまった透の言葉を、隣の店主が拾う。
「いや、あれは縮地だよ。仙術の一種だがね、専門職以外でも、習得できれば魔力を対価に扱うことができる」
つまり、仙人なら魔力を消費せずに使える技だが、仙人じゃない場合でも魔力を使って再現可能と。
(転移じゃないんだ……)
『転移は点と点を結ぶもの。縮地は単純に、線の長さを短くしてるんだよ』
ウィルによって解説が付け加えられる。
『具体的に言うと、転移は障害物があっても無視して直接移動できる。縮地は障害物があったら普通にぶつかるな』
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