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章1

商売敵と恋敵(1)

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 柵の近くに誘導するため、勝宏のもとへ一度転移して作戦内容を伝えた。

 勝宏はあからさまに心配げな様子だったが、柵のそばにある木の上にのぼってしまうと商館の脱走経路から柵までの道を覗き見ることができるため、それで納得してくれたようだ。

 ……ちなみに、木の上から見渡せるというのはウィル情報である。

 詩絵里を連れてどうにか無事に柵を越えた。
 彼女の言う通り警報が鳴ったため、そこからは勝宏とバトンタッチだ。

 事前の打ち合わせで、追っ手を撒くか倒すかできたら隣町の噴水広場前で合流することになっている。
 透は転移なので一瞬だが、勝宏が待ち合わせ場所に来るにはあのバイクを使って一時間ほどかかるだろう。

 その一時間は、日本に転移して時間を潰すつもりだ。

 彼らの無事を祈りながら待つだけというのは、ちょっと心臓に悪い。
 気を紛らわせて、かつ透で役に立てることといえば……やっぱり飯炊きか。
 カレーでも作ろう。

 足りない材料をスーパーに買いに行き――、カレールウを使うとあっという間にできあがってしまうので、暇つぶしの意味もかねてスパイス数種類で作ってみた。

 クミン、コリアンダー、ターメリック、レッドチリ……スパイスを選び始めると際限がなくなるので以下略である。
 女性の食事量がどれくらいのものなのか未知数だから、とりあえず普段の1.5倍だ。

 作りすぎてしまったかもしれないが、余れば勝宏のアイテムボックスに入れてもらうこともできる。
 呆れた声色のウィルに微笑ましく見つめられながら、カレー鍋の火を止める。

 ちょうど一時間だ。
 カレーのにおいを撒き散らしながら鍋をたずさえて噴水前で待ち合わせるわけにはいかないので、ひとまず鍋は自宅に置いてゆく。

 再度転移して訪れた噴水広場には、勝宏と詩絵里の姿はなかった。
 特に何事もなければそろそろ合流できる頃合のはずだが、少々の遅れはありうる話だろう。

 街の別の場所に勝宏がいないか確認しに行きたい気持ちを抑えて、大人しく噴水の縁に腰を下ろした。
 ここから動いて、入れ違いになったら面倒だ。

 それからしばらく、ひとりぽつんと待ちぼうけることになる。
 ウィルがいるから退屈はしないが、カレー鍋を持ってこなくてよかった。

『遅えな』
(……うん)

『俺が分かる範囲内にはあいつらはいないぜ。ったく、どこで油売ってんだかな』
(……心配、だね)

 来て一時間ほどはのんびり待っていられたが、勝宏たちと別れてから合計すればこれで二時間になる。

 単純な距離だけ考えればバイクを走らせて四十分ほどの距離であるここまで、二時間もかかることはない。
 無論戦闘にはなっただろうが、大規模な抗争じゃあるまいし戦闘が一時間以上も続くとは考えにくい。

 本当に一時間以上も続いていたなら、それはそれで数の少ない勝宏たちには危険だ。
 ただでさえ、勝宏のスキルにはMP継続消費というタイムリミットがある。

 なにかあったんだろうか。

(ウィル……)
『探しに行きたいのは分かるが、今行って入れ違いになったらどうすんだよ』

(でも、万一があったら)
『あの小悪党商人が転生者を二人もまとめて倒せる戦力抱えてんなら、こんな片田舎で商人なんかしてねえだろうが』

 ウィルの言葉はもっともだ。だが、頭では理解できても感情が追いつかない。

 転移は透自身の力ではなく、ウィルのもの。彼の同意が得られない限り、転移を使って様子を見に行くことはできない。
 彼を説き伏せられるだけの台詞が浮かばず、俯く。

『……わーったよ。俺が一人で見に行ってやる』
(で、できるの?)

『お前の頼みで一緒にいるだけだからな。お前が望むなら、一時的に離れることだってできる』
(そっか……)

『ただし、カルブンクみたいなやつがまた現れても絶対に口利くんじゃねえぞ。流石に無理やり食おうって連中が来るようなら俺にも分かるが、あの手合いは横から掻っ攫っていきやがる』

(よく分からないけど……カルブンクみたいなことがあったら、自己判断はせずにウィルを待つってことでいいのかな)
『ああ、そうしろ。あの時は油断してたが、今度は固有空間展開されても割り込んでやる』

 なんだかよく分からない言葉がぽんぽんと出てきたが、悪魔(精霊?)社会では常識なんだろう、たぶん。

 じゃあちょっと行ってくる、との言葉を残して、ウィルの気配が消えた。
 長年、それこそ風呂に入る時にも一緒だったせいで、日陰にゆらめくあの炎がないとなんとなく落ち着かない。

 もうそろそろ日暮れが近付いてくる頃合だ。
 街の門が閉まる頃には、ウィルに勝宏たちの居場所を見つけてきてもらえればいいのだけれど。

「あれ、君もしかして日本人?」
「わっ! ……あ、えっと」

 足元を見ていた透のもとに、男の影が降りた。
 見上げると、立っていたのは見知らぬ――日本人だった。

「あ、大丈夫だ、攻撃するつもりはない。ていうか俺あんまり戦闘得意な方じゃないからな」

 目の前の男は、慌てた透に笑って手を振る。
 服装はシャツにスラックス、完全に日本のリーマンスタイルである。

 横失礼、と彼が透の隣に腰掛けた。
 それから、何もない空間から何気なく缶コーヒーが取り出される。

「飲む?」
「え、ええと……」

「俺のスキルなんだ。お近づきのしるしにどうぞ」
「どうも……」

 ここで毒入りだろうと突っぱねられるほど強い意思を透は持ち合わせていなかった。
 未開封だし、たぶん大丈夫。スキルで生み出されたものというのがどこまで信頼できるのか分からないが。

 一向に飲もうとしない透をよそに、男は自分の分もともう一本コーヒーを取り出して口をつけた。

「俺は、哲司。君は?」
「と……透です」

「透くんね。こんなところで何してるの?」

 なんだか気さくな印象を受ける。
 彼もまたどう見ても転生者だが、意外と大丈夫、かもしれない。

「待ち合わせていた人が……予定の時間からもう1時間も経つのに、きてなくて」

「どんな人?」
「……かっこいい人、です」

 どんな人、と訊かれて、簡単に勝宏の情報を話していいものか迷う。
 とりあえず詩絵里の時と同じように、勝宏の人柄だけ口にする。

「へえ。今日の待ち合わせはデートか何か?」
「い、いえ、えっと……悪い人に、女の子が捕まってるって聞いて……一緒に助け出して、この町で落ち合う予定だったんです、けど」

「その人も転生者なんだ?」

 やはりそこは訊かれてしまうか。仕方なしに、頷きを返す。

「は、はい」
「男……、だよね?」

「そう、ですね」
「俺の予想としては二通り。1、助け出したあとで、彼に何かあった。2、君をおいてその女の子と駆け落ちした」
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