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章1
愛は惜しみなく奪う(3)
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勝宏と詩絵里の言はつまり、判断は透に委ねる、ということらしい。
自分の返答次第で、次は蘇生アイテムなしの即死魔法が放たれるかもしれない。
荷が重すぎる。
「……じ、実害はなかった、ので」
と言うほかない気がする。
だいたい、元をただせば自分にある程度戦闘力が備わっていればこんなややこしい事態にはならずに済んだのだ。
透の不注意で勝宏が危なかったことも確かだが、彼が任せるというのなら鷹也の時と同じように、今回のような行為を控えてもらえるよう話しておしまい、でいい気がする。
「う、うーん……なんかぬるいわね……」
「すみません……」
「危なかったのは私じゃなくて君たちなんだし、君らがいいなら別にいいんだけど――」
拘束を解くことなく、詩絵里が哲司の方を一瞥する。
「ところで商人さん。さっき「今後の交渉」がどうこうって聞こえたんだけど、何のことかしら?」
詩絵里の消滅魔法があまりに無慈悲すぎて忘れかけていた。
そういえば確かに、そんなことを漏らしていた気がする。
透の隣に位置取った勝宏と目を見合わせて、お互いに首を傾げる。
「透くんは別に構わないって言ってるけど、その拘束の魔法制御してるの私だし。答えてくれるまでこの場に放置ってこともできるわよ」
詩絵里の訊問に脅しが混じる。
その発言は「勝利条件を満たすために透に近付いた」という以外に目的があったとしか思えない。
こちらに情報がない限り、
「転生せずに異世界へ迷い込んだ日本人を収集している存在がいるのか?」
「ボスキャラのような存在がいて、転移者である透を手土産に取り入ろうとしたのか?」
「人工的に転生者と同じ能力を持った人間を再現するための人体実験でも計画されているのか?」
など、いくらでも憶測できてしまうのだ。
警戒のしようがないことを考えると、哲司の持つ情報はすべて把握しておきたいと詩絵里が思うのも当然だ。
「その魔法、1時間あたりだいたい消費MP5で済むのよね。幸い町の宿からここまでくらいの距離は効果範囲内だし、私のステータスだと、このまま町外れに一ヶ月以上野ざらし放置もできちゃうんだけど」
無言を貫いていた哲司へ、詩絵里が追い討ちの脅迫を続ける。
一ヶ月。単純計算でMP3600を超えることになる。
途中MPの自然回復なども当然あるだろうが、詩絵里のそれは勝宏とはベクトルの異なるチートステータスである。
「で、誰と、何を交渉するって?」
詩絵里が哲司のもとに一歩踏み出した、その時。
『透、壁出せ!』
(えっ!?)
突如頭に響いたウィルの声に驚きながらも、どうにか土壁の練成をイメージすることができた。
詩絵里と哲司の間に壁がせり上がるのとほとんど同時に、壁の向こうで爆発音が耳をつんざく。
「今のは、透くん?」
「か……、壁は、俺です」
「じゃあ爆発は……」
訊問から逃れられないと察した哲司が自爆技を使ったのか。
慌てて壁の向こうを確認すると、そこには爆発で吹き飛ばされた哲司と、一人の男性が立っていた。
「あれ、こいつは君たちが戦っていた転生者だったのか。横取りしてしまって悪いな」
黒髪黒目、明らかに日本製の眼鏡をかけた男がこちらを振り返る。
転生者だ。
「三人か……じゃ、次は自分とやる?」
先ほどの爆発は、目の前のこの男の仕業で間違いない。
ウィルが声を掛けてくれたおかげで詩絵里や勝宏に爆発の衝撃が及ばずに済んだが、吹き飛ばされた哲司が生きてるかどうかはわからない。
今の爆発は、詩絵里の魔法の攻撃力と同じくらいの威力に思えた。
勝宏が前に出て、再び戦闘態勢に入る。
「横取りしたお詫びといってはなんだけど、自己紹介がてらこっちの手札を明かすよ。自分は元システムエンジニアの転生者だ。勝利条件は『相手を改ざんした上で、魔法を使って倒すこと』。所持スキルは――」
常に冷静なイメージのあった詩絵里がその時、ひっと息を呑んだのが分かってしまった。
「ちょっ……何このスキル……! 二人とも! 逃げた方がいいわ。撤退よ!」
「し、詩絵里さん、でも、哲司さんがまだ……せめて回復魔法とか」
「無理よ! この世界に回復魔法なんて存在しないわ!」
言い切って、詩絵里がアイテムボックスから石を取り出した。
宝石の中に魔方陣が埋め込まれている。
詩絵里が手をかざした瞬間、魔方陣の光が透と勝宏と詩絵里の三人を包み込む。
(ウィル、これは?)
『この世界でしか使えないタイプの転移魔法だな。俺のと比べると月とすっぽんだが、たかが人間がここまで再現できた点は褒めていいと思うぜ』
(そ、そうなんだ……)
詩絵里は透の転移が他人にも使えるスキルではないことを知っている。
それゆえ、逃走手段として用意してあったアイテムを用いたのだろう。
いつ用意したのかは知らないが。
「え、逃げるの。……まあ、そりゃ連戦は避けるよな。また今度ね」
光で視界がホワイトアウトする中、転生者の男の声だけがやけに脳裏にこびりついた。
----------
転移先は、森の中だった。
勝宏と出会った場所とは違って、こちらはいかにも「何かヤバそう」な雰囲気が漂っている。
冒険最初に通過する森と、魔王城へ向かう道すがら通過せざるを得ない森との違い……と表現すれば、雰囲気は伝わるだろうか。
無事に三人とも、同じ場所に転移することができたようだ。
周囲を見渡して、勝宏が肩を落とす。
「この森、また戻ってきたのか……」
「商売敵さんのマジックアイテムの転移先に設定されてあったくらいだから、あの男にいつ知れるかも分からないわ。出来る限り説明はするから、まずは移動しましょう」
詩絵里に言われるまま、森の中で移動を開始する。
彼女からは、まずは転移魔法についての説明を受けた。
奴隷身分だった詩絵里は以前から「伝説の転移魔法」について研究していたが、奴隷身分ゆえにあと一歩サンプルが足りずに停滞していた。
しかし今回の哲司のアーティファクトによる転移トラップで、解析が偶然完了したのだそうだ。
森の中で魔法を再現させてから逆探知で元の地点へ戻ることを考えていたところ、先に帰り道が分かってしまったので勝宏のバイクで森を抜けた、ということらしい。
バイクの後ろに乗っているだけでは手持ち無沙汰だった彼女は、片手間に転移魔法の込められたマジックアイテムを作成していたのだという。
自分の返答次第で、次は蘇生アイテムなしの即死魔法が放たれるかもしれない。
荷が重すぎる。
「……じ、実害はなかった、ので」
と言うほかない気がする。
だいたい、元をただせば自分にある程度戦闘力が備わっていればこんなややこしい事態にはならずに済んだのだ。
透の不注意で勝宏が危なかったことも確かだが、彼が任せるというのなら鷹也の時と同じように、今回のような行為を控えてもらえるよう話しておしまい、でいい気がする。
「う、うーん……なんかぬるいわね……」
「すみません……」
「危なかったのは私じゃなくて君たちなんだし、君らがいいなら別にいいんだけど――」
拘束を解くことなく、詩絵里が哲司の方を一瞥する。
「ところで商人さん。さっき「今後の交渉」がどうこうって聞こえたんだけど、何のことかしら?」
詩絵里の消滅魔法があまりに無慈悲すぎて忘れかけていた。
そういえば確かに、そんなことを漏らしていた気がする。
透の隣に位置取った勝宏と目を見合わせて、お互いに首を傾げる。
「透くんは別に構わないって言ってるけど、その拘束の魔法制御してるの私だし。答えてくれるまでこの場に放置ってこともできるわよ」
詩絵里の訊問に脅しが混じる。
その発言は「勝利条件を満たすために透に近付いた」という以外に目的があったとしか思えない。
こちらに情報がない限り、
「転生せずに異世界へ迷い込んだ日本人を収集している存在がいるのか?」
「ボスキャラのような存在がいて、転移者である透を手土産に取り入ろうとしたのか?」
「人工的に転生者と同じ能力を持った人間を再現するための人体実験でも計画されているのか?」
など、いくらでも憶測できてしまうのだ。
警戒のしようがないことを考えると、哲司の持つ情報はすべて把握しておきたいと詩絵里が思うのも当然だ。
「その魔法、1時間あたりだいたい消費MP5で済むのよね。幸い町の宿からここまでくらいの距離は効果範囲内だし、私のステータスだと、このまま町外れに一ヶ月以上野ざらし放置もできちゃうんだけど」
無言を貫いていた哲司へ、詩絵里が追い討ちの脅迫を続ける。
一ヶ月。単純計算でMP3600を超えることになる。
途中MPの自然回復なども当然あるだろうが、詩絵里のそれは勝宏とはベクトルの異なるチートステータスである。
「で、誰と、何を交渉するって?」
詩絵里が哲司のもとに一歩踏み出した、その時。
『透、壁出せ!』
(えっ!?)
突如頭に響いたウィルの声に驚きながらも、どうにか土壁の練成をイメージすることができた。
詩絵里と哲司の間に壁がせり上がるのとほとんど同時に、壁の向こうで爆発音が耳をつんざく。
「今のは、透くん?」
「か……、壁は、俺です」
「じゃあ爆発は……」
訊問から逃れられないと察した哲司が自爆技を使ったのか。
慌てて壁の向こうを確認すると、そこには爆発で吹き飛ばされた哲司と、一人の男性が立っていた。
「あれ、こいつは君たちが戦っていた転生者だったのか。横取りしてしまって悪いな」
黒髪黒目、明らかに日本製の眼鏡をかけた男がこちらを振り返る。
転生者だ。
「三人か……じゃ、次は自分とやる?」
先ほどの爆発は、目の前のこの男の仕業で間違いない。
ウィルが声を掛けてくれたおかげで詩絵里や勝宏に爆発の衝撃が及ばずに済んだが、吹き飛ばされた哲司が生きてるかどうかはわからない。
今の爆発は、詩絵里の魔法の攻撃力と同じくらいの威力に思えた。
勝宏が前に出て、再び戦闘態勢に入る。
「横取りしたお詫びといってはなんだけど、自己紹介がてらこっちの手札を明かすよ。自分は元システムエンジニアの転生者だ。勝利条件は『相手を改ざんした上で、魔法を使って倒すこと』。所持スキルは――」
常に冷静なイメージのあった詩絵里がその時、ひっと息を呑んだのが分かってしまった。
「ちょっ……何このスキル……! 二人とも! 逃げた方がいいわ。撤退よ!」
「し、詩絵里さん、でも、哲司さんがまだ……せめて回復魔法とか」
「無理よ! この世界に回復魔法なんて存在しないわ!」
言い切って、詩絵里がアイテムボックスから石を取り出した。
宝石の中に魔方陣が埋め込まれている。
詩絵里が手をかざした瞬間、魔方陣の光が透と勝宏と詩絵里の三人を包み込む。
(ウィル、これは?)
『この世界でしか使えないタイプの転移魔法だな。俺のと比べると月とすっぽんだが、たかが人間がここまで再現できた点は褒めていいと思うぜ』
(そ、そうなんだ……)
詩絵里は透の転移が他人にも使えるスキルではないことを知っている。
それゆえ、逃走手段として用意してあったアイテムを用いたのだろう。
いつ用意したのかは知らないが。
「え、逃げるの。……まあ、そりゃ連戦は避けるよな。また今度ね」
光で視界がホワイトアウトする中、転生者の男の声だけがやけに脳裏にこびりついた。
----------
転移先は、森の中だった。
勝宏と出会った場所とは違って、こちらはいかにも「何かヤバそう」な雰囲気が漂っている。
冒険最初に通過する森と、魔王城へ向かう道すがら通過せざるを得ない森との違い……と表現すれば、雰囲気は伝わるだろうか。
無事に三人とも、同じ場所に転移することができたようだ。
周囲を見渡して、勝宏が肩を落とす。
「この森、また戻ってきたのか……」
「商売敵さんのマジックアイテムの転移先に設定されてあったくらいだから、あの男にいつ知れるかも分からないわ。出来る限り説明はするから、まずは移動しましょう」
詩絵里に言われるまま、森の中で移動を開始する。
彼女からは、まずは転移魔法についての説明を受けた。
奴隷身分だった詩絵里は以前から「伝説の転移魔法」について研究していたが、奴隷身分ゆえにあと一歩サンプルが足りずに停滞していた。
しかし今回の哲司のアーティファクトによる転移トラップで、解析が偶然完了したのだそうだ。
森の中で魔法を再現させてから逆探知で元の地点へ戻ることを考えていたところ、先に帰り道が分かってしまったので勝宏のバイクで森を抜けた、ということらしい。
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