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章1
スキルを作るスキル(4)
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透を抱えたまま踵を返したその男――ウィルの肩を、勝宏が掴んで引き止めた。
「何のつもりだよ。透をはなせ」
「……この症状は、契約の影響だ。契約へは契約でしか対抗できない。邪魔すんじゃねえよ」
勝宏を振り返って至極面倒そうに、ウィルが口にする。
「……やっぱり」
「え……契約? 私の契約書のこと……じゃないですよね? 何かあったんです?」
「透にはもともと攻撃手段がなくて、俺と転生者の決闘に介入するために、精霊と契約して攻撃魔法を使えるようになったんだ。副作用があるって聞いてたけど……」
「精霊と契約ですか……いかにもな話になってきちゃいますね……」
状況が理解できていないルイーザに、勝宏が簡単な説明をする。
この世界には魔法や魔物、ドラゴン、召喚術などがあるのに、精霊のたぐいが存在しないのだ。
各属性魔法を信仰する地域もないわけではないが、それらは各属性精霊の偶像を崇めているのではなく、それぞれ対応する色の古代竜が祀られている。
詩絵里の聞き及んだ話では、属性間での派閥なんかもあって、たとえば先日討伐したフレアドラゴンは地の古代竜を信仰する地域で奉納品に使われたりするらしい。
そういうわけで、異世界生活が長ければ長いほど、「精霊」の存在に違和感を覚えるようになってくる。
各属性竜の神霊とでも言われた方がよっぽど納得だ。
勝宏の説明に、ウィルが吹き出した。
「精霊……ははっ、精霊ねえ、くくく」
「なんだよ」
「まあそれでいい。こいつのいう「精霊」との契約にはな、対価が必要なんだよ。副作用なんて生ぬるいもんじゃねえ」
「対価……」
「軽度なものでよくあるのは、使ってるあいだ対象者のMPを吸い続けるとか、改宗して宗派を広めさせるとかな。
こいつが攻撃手段を得るために契約した「精霊」への対価は、「鉱石交換」だ。
最初は、体外に出た体液だけが「精霊」に送られ、代わりに石が届けられる。次は髪や爪の一部。
徐々に手足、四肢を蝕んで、使うたび体内を侵食していく」
そこまで話を聞いて、詩絵里にはウィルの正体になんとなく推測がついた。
彼もその、「精霊」と呼ばれるなにかの一人、だろう。
「このままじゃ、透は全身宝石になるって、ことか」
「いや? 生きたまま体の一部や内臓が石になっていくのは激痛を伴う。こいつ痛みへの耐性もねえし、ほっとけば全身にまわる前にショック死するんじゃねえか」
「どうすれば、助けられる?」
「お前にゃ無理だ。大人しく待ってろ」
追いすがろうとする勝宏を肘で払って、ウィルが笑う。
「ちゃんと返してやるよ。透が望めば、な」
女神もどきがリファスの体と消えた時と同じように、男は透を抱えたままその場からふっと姿を消した。
----------
面倒なやつに絡まれた。
日本の自宅へ転移して、気を失っている透を浴室の床に転がす。
服を脱がせて脱衣所に放り、彼の身体にシャワーで水をあてた。
「セイレン。出てきていいぞ」
浴槽にはあらかじめ水を張ってある。
道をつなげてしまえばこちらまでやってこれるはずだ。
声を掛けると、水が女の形をかたどっただけの存在が浴槽からせりあがってくる。
「……水のあるところなら来れるとはお話しましたが、お風呂はないでしょう、お風呂は?」
「うるせえ。安全な場所がここしかなかったんだよ」
「過保護ですわねえ……」
半日透から離れてウィルがやっていたのは、例の契約書マジックアイテムの件を調べることと、セイレンに渡りを付けることだ。
自分を火の悪魔と例えるなら、彼女は水の悪魔だろう。
厳密には精霊でも悪魔でもないが。
裸で力なく横たわる透を見て、セイレンが小さくため息をこぼす。
「なるほど。これなら確かに、私の方で対応できますわね。でも、対価はいただきますわよ」
「しゃーねえだろ。なんだ?」
「まず、この子との契約に私も一枚かませてもらいます」
「こいつの死後は俺のもんだぞ」
はじめから、そういう約束になっているのだ。
それだけを楽しみに仮初の姿を使ってまで献身しているというのに、他の連中に横取りされてはたまったものではない。
胡乱げな視線を向けられたが、でしょうね、と彼女は存外あっさり引き下がる。
「では生前に干渉しましょう。それから……イグニス。あなたの転移能力で、フォルカを探していただきたいのですが」
「風のか?」
「ええ。どうしてもいま一度、お会いしたいのです」
そういえば、セイレンとフォルカは色々めんどくさい関係だった。
自分としては、こんなじめじめした女に執拗につけまわされているフォルカに同情しないでもないのだが。
透の治療とフォルカの不幸で天秤にかける必要もない。
「あーあー、忘れてなきゃな」
「大丈夫ですよ。私もこの子に繋がりますから。いつでも思い出させてさしあげます」
「だからおまえんとこには頼みたくなかったんだよ……」
セイレンの水の手が、濡れた透の体に触れる。
いま透に対し使われている彼女の力は、異世界風にたとえると「状態異常無効」と「状態異常管理」みたいなものだろうか。
他にもこまごまとした便利スキルが使える、いわゆる防御型サポーター的なポジションだ。
彼女が透と契約すれば、常時発動も可能になる。
その状態でカルブンクの能力を使えば、硬化は起こらない、ということだ。
まあ、そうしたことでカルブンクから苦情が来るだろうが。
あのガキ、次にやってきたら俺が相手になってやる。
「そうでしたわ。身体に別の異常が出ますけど、よろしくて?」
「は? おま、それ先に言えクソ女」
「問題ないでしょう。この子もひょっとしたら、それを望んでいるかもしれませんわよ?」
「何のつもりだよ。透をはなせ」
「……この症状は、契約の影響だ。契約へは契約でしか対抗できない。邪魔すんじゃねえよ」
勝宏を振り返って至極面倒そうに、ウィルが口にする。
「……やっぱり」
「え……契約? 私の契約書のこと……じゃないですよね? 何かあったんです?」
「透にはもともと攻撃手段がなくて、俺と転生者の決闘に介入するために、精霊と契約して攻撃魔法を使えるようになったんだ。副作用があるって聞いてたけど……」
「精霊と契約ですか……いかにもな話になってきちゃいますね……」
状況が理解できていないルイーザに、勝宏が簡単な説明をする。
この世界には魔法や魔物、ドラゴン、召喚術などがあるのに、精霊のたぐいが存在しないのだ。
各属性魔法を信仰する地域もないわけではないが、それらは各属性精霊の偶像を崇めているのではなく、それぞれ対応する色の古代竜が祀られている。
詩絵里の聞き及んだ話では、属性間での派閥なんかもあって、たとえば先日討伐したフレアドラゴンは地の古代竜を信仰する地域で奉納品に使われたりするらしい。
そういうわけで、異世界生活が長ければ長いほど、「精霊」の存在に違和感を覚えるようになってくる。
各属性竜の神霊とでも言われた方がよっぽど納得だ。
勝宏の説明に、ウィルが吹き出した。
「精霊……ははっ、精霊ねえ、くくく」
「なんだよ」
「まあそれでいい。こいつのいう「精霊」との契約にはな、対価が必要なんだよ。副作用なんて生ぬるいもんじゃねえ」
「対価……」
「軽度なものでよくあるのは、使ってるあいだ対象者のMPを吸い続けるとか、改宗して宗派を広めさせるとかな。
こいつが攻撃手段を得るために契約した「精霊」への対価は、「鉱石交換」だ。
最初は、体外に出た体液だけが「精霊」に送られ、代わりに石が届けられる。次は髪や爪の一部。
徐々に手足、四肢を蝕んで、使うたび体内を侵食していく」
そこまで話を聞いて、詩絵里にはウィルの正体になんとなく推測がついた。
彼もその、「精霊」と呼ばれるなにかの一人、だろう。
「このままじゃ、透は全身宝石になるって、ことか」
「いや? 生きたまま体の一部や内臓が石になっていくのは激痛を伴う。こいつ痛みへの耐性もねえし、ほっとけば全身にまわる前にショック死するんじゃねえか」
「どうすれば、助けられる?」
「お前にゃ無理だ。大人しく待ってろ」
追いすがろうとする勝宏を肘で払って、ウィルが笑う。
「ちゃんと返してやるよ。透が望めば、な」
女神もどきがリファスの体と消えた時と同じように、男は透を抱えたままその場からふっと姿を消した。
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面倒なやつに絡まれた。
日本の自宅へ転移して、気を失っている透を浴室の床に転がす。
服を脱がせて脱衣所に放り、彼の身体にシャワーで水をあてた。
「セイレン。出てきていいぞ」
浴槽にはあらかじめ水を張ってある。
道をつなげてしまえばこちらまでやってこれるはずだ。
声を掛けると、水が女の形をかたどっただけの存在が浴槽からせりあがってくる。
「……水のあるところなら来れるとはお話しましたが、お風呂はないでしょう、お風呂は?」
「うるせえ。安全な場所がここしかなかったんだよ」
「過保護ですわねえ……」
半日透から離れてウィルがやっていたのは、例の契約書マジックアイテムの件を調べることと、セイレンに渡りを付けることだ。
自分を火の悪魔と例えるなら、彼女は水の悪魔だろう。
厳密には精霊でも悪魔でもないが。
裸で力なく横たわる透を見て、セイレンが小さくため息をこぼす。
「なるほど。これなら確かに、私の方で対応できますわね。でも、対価はいただきますわよ」
「しゃーねえだろ。なんだ?」
「まず、この子との契約に私も一枚かませてもらいます」
「こいつの死後は俺のもんだぞ」
はじめから、そういう約束になっているのだ。
それだけを楽しみに仮初の姿を使ってまで献身しているというのに、他の連中に横取りされてはたまったものではない。
胡乱げな視線を向けられたが、でしょうね、と彼女は存外あっさり引き下がる。
「では生前に干渉しましょう。それから……イグニス。あなたの転移能力で、フォルカを探していただきたいのですが」
「風のか?」
「ええ。どうしてもいま一度、お会いしたいのです」
そういえば、セイレンとフォルカは色々めんどくさい関係だった。
自分としては、こんなじめじめした女に執拗につけまわされているフォルカに同情しないでもないのだが。
透の治療とフォルカの不幸で天秤にかける必要もない。
「あーあー、忘れてなきゃな」
「大丈夫ですよ。私もこの子に繋がりますから。いつでも思い出させてさしあげます」
「だからおまえんとこには頼みたくなかったんだよ……」
セイレンの水の手が、濡れた透の体に触れる。
いま透に対し使われている彼女の力は、異世界風にたとえると「状態異常無効」と「状態異常管理」みたいなものだろうか。
他にもこまごまとした便利スキルが使える、いわゆる防御型サポーター的なポジションだ。
彼女が透と契約すれば、常時発動も可能になる。
その状態でカルブンクの能力を使えば、硬化は起こらない、ということだ。
まあ、そうしたことでカルブンクから苦情が来るだろうが。
あのガキ、次にやってきたら俺が相手になってやる。
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