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章1
竜の胃袋まで掴むと思わなかったけど日本のごはんはおいしいよね(1)
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昼食を終え、日本で片付けまで済ませてきたが、馬車はいっこうに進む気配を見せなかった。
前方で停車している馬車から降りてきた冒険者にも話を聞いてみたが、さらにそのもうひとつ前にも荷を積んだ商人の馬車があり、それが動かないことにはどうすることもできないのだという。
異世界でも渋滞ってするんだな、などと軽く考えていた透だったが、しばらくすると前方から大勢の人がこちらへ駆け込んできた。
「ドラゴンだ! ドラゴンが現れた! あんたら冒険者だろ、なんとかしてくれ!」
そのうち一人の男性が、食後に武器を手入れしていた冒険者の二人組に縋りつく。
「落ち着いて。何があったの?」
「あ、ああ……俺はあっちの馬車に乗ってた鍛冶師見習いだ。馬車が動かないから前の方に様子を見に行ったら、前で止まってる馬車から人間が全員消えてて……おかしいと思ってもう少し先を見にいったら、ドラゴンが居たんだよ!」
逃げてきた男が、息を整えながら状況を説明した。
乗員が全員消えた馬車は、ちょうど山道のカーブになっているところで道をふさいでおり、前方の異常事態に気付くのが遅れたというところらしい。
「前の馬車の連中はみんな食われたに違いねえ! 助けてくれ!」
彼に詩絵里が話しかける前に、冒険者二人が首を振る。
「依頼でもないのにドラゴンと戦えだなんて無茶な話だ。しっかり事前準備をして、それでも俺たちのレベルならあと十人は人手が必要だぜ」
「申し訳ないけど、あたしたちだけじゃねえ……ていうか、ドラゴンってこっちに向かって来てるの? あたしたちも逃げた方がいいの?」
冒険者二人が使えないと見るやいなや、男は再び血相を変えて町の方向へ駆け出していった。
逃げていく背中を見送りながら、道中のドラゴン以外の魔物に遭遇してしまわないか、少し心配になる。
「……変ね。前方でドラゴンの襲撃に遭ったなら、さすがに悲鳴のひとつくらいは次の馬車の御者には聞こえているはずよ。少なくとも魔物の襲撃だってことくらいは判断つくでしょうし、馬車を捨てて徒歩で引き返してもおかしくないわ」
透の隣で、詩絵里が探偵の顔になっている。
しかし、彼女の疑問はもっともだ。
そして引き返すなら、さらに後続の馬車の乗客にも異変が伝わるものじゃないか?
「俺が行くよ。あんたら二人は馬車の皆を他の魔物から守っててくれねえか?」
パーティーの頭脳が結論を出す前に、勝宏が名乗りを上げた。
「このあたりの魔物のレベル帯ならいくら来たって問題ないが、ドラゴンだぞ? 甘い考えでどうにかなる相手じゃない」
「行くなら止めないけど……ドラゴンだってことさえ分かったら、倒さず逃げてきてもいいんだからね? あとはギルドに報告して、討伐隊を組むとかできるし」
二人の視線が勝宏の手に集中している。
勝宏の手の甲に冒険者の印がないところから、烙印をしなくとも冒険者の資格を与えられる貴族の息子だと思ったのかもしれない。
「ドラゴンくらい余裕。詩絵里も来るか?」
「そうね、行ってみようかしら。なんだか様子もおかしいし。透くんもいらっしゃい」
山道に現れたのが本当にドラゴンなら、ドラゴン討伐はこれで三度目である。
前衛のルイーザ不在では少々不安が残るが、透が全弾回避しながら防御面のサポートに徹すれば問題ないだろう。
「よっし。じゃあどうするかな、さすがにバイクに三人は無理だから」
「あ、俺、転移でついていくよ」
「了解」
勝宏がスキルでバイクを呼び出した。
そんな、人前で堂々と出してしまっていいのかとも思ったが、勝宏があまりにも自然にバイクを召喚するものだから誰も突っ込もうとしない。
ひょっとすると、マジックアイテムの一種だと思われているのだろうか。
勝宏と詩絵里がバイクに乗ったところで、こちらの馬車の御者が二人を伺う。
「本当に行くのかい? 私たちは彼らに護衛を依頼して、町に引き返そうと思っているんだが」
「うん、町の近くに下りてきて暴れられても困るしな」
「……難しい相手だが、もし生きて帰れたらギルドに必ず報告を入れろよ。ドラゴンの状態を聞いて、対策をとる必要がある」
冒険者の男が、神妙な表情で言い含めてくる。勝宏は頷いて、バイクを走らせ始めた。
透はというと、馬車の陰に隠れてもう一つ前の馬車まで転移である。
勝宏たちが馬車のところまで追いついたら、馬車と馬車の間を繰り返し転移で渡っていくのだ。
ドラゴンから逃げ出したのか、転移先の馬車の中にはもう誰も乗っていない。
「誰か乗ってる馬車あるかな」
『こっから先、人間の気配はねえぞ』
「そっか……」
血痕や馬車の破損は見られない。
どころか、馬車を引く馬や専用魔物すら繋げられていない。
全員無事に逃げおおせられたならいいが、なんとなく不穏な雰囲気を感じる。
逃げてきた男性の言っていたようにドラゴンの腹の中である可能性もまだ否定できないところだ。
ややあって、先頭の馬車の前で勝宏たちと合流する。
詩絵里はバイクから降りても、首を傾げていた。
「放置されてる馬車、みんなそのまま再利用できるくらい綺麗だったわよ。ドラゴンに食べられちゃったってほんとかしらね」
「あの、馬車は……?」
「ぜんぶアイテムボックス行き。馬車が道の大半占拠したままで、こんな崖をバイクで通るの怖いじゃない」
透が転移で馬車をあとにするたび、連なった馬車たちは詩絵里のアイテムボックスに収納されてしまったようである。
ドラゴンがまだこのあたりにいるのかどうかは分からない。
周辺をきょろきょろと見回しながらしばし徒歩で進んでいくと、三人の頭上に突如大きな影が落ちてきた。
羽ばたきの風圧で草木を揺らしながら、黒い竜が前方に降り立つ。
「ドラゴン、ほんとにいたね……」
「……でも、なんか様子変じゃない?」
黒竜の翼には、杭で穿たれたような穴がある。
巨大な尾は切れかけており、こちらが攻撃する前に既に体力を消耗しているようだ。
うーん、と唸って、勝宏が変身もせずに近付いていく。
「勝宏くんちょっと、手負いは凶暴よ」
「平気平気」
詩絵里の制止にはひらひら手を振る。
ぐったりと頭を地面につけている黒竜を前に、勝宏が屈み込んだ。
「なあ、なんで怪我してるんだ? 冒険者と戦ったか?」
竜の瞼が重く開かれ、勝宏を見て、再び閉じる。
話は通じているのかいないのか、黒竜は答える様子がない。
少し待って、勝宏がアイテムボックスからポーションを取り出した。
「ちょっ、勝宏くん、回復させる気!?」
「なんか悪いやつには見えないし」
「どう見てもダークドラゴンじゃない!」
勝宏は詩絵里のツッコミをよそに、竜の体中の傷口へポーションをかけてまわる。
巨大な体躯の上を危なげなくひょいひょい移動して、ひととおりポーションでの処置を済ませた。
「……回復させちゃったものはもうしょうがないわね。……ダークドラゴンは人語を介すると聞いているけど、こちらの言葉は通じているかしら?」
「おーい、聞こえてるかー」
二人の呼びかけで、竜が再び目を覚ます。
数回まばたきをしたのち、ぎゃう、とだいぶ可愛らしい鳴き声をあげて――巨体が縮み始めた。
「えっ? ドラゴンって伸び縮みするっけ」
「しないわよ。特殊な魔法か……勝宏くんが人間用のポーション使ったからとか?」
「俺のせい!?」
漫画で強大な敵として出てきそうな大きな体が、みるみるうちに縮んでいく。
そして、大型犬程度の大きさまで縮んだあたりで止まった。
「……どうするのよ、これ?」
「話せるかなーと思ったんだけど、ぜんっぜん話せないなこいつ」
「事情を聞くために回復させて、事情が聞けないんじゃ意味ないじゃない……」
体が縮んだ点以外は、健康体そのものに思える。
くあ、とのんきにあくびをしている黒竜を見るに、傷も塞がったようだ。
前方で停車している馬車から降りてきた冒険者にも話を聞いてみたが、さらにそのもうひとつ前にも荷を積んだ商人の馬車があり、それが動かないことにはどうすることもできないのだという。
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乗員が全員消えた馬車は、ちょうど山道のカーブになっているところで道をふさいでおり、前方の異常事態に気付くのが遅れたというところらしい。
「前の馬車の連中はみんな食われたに違いねえ! 助けてくれ!」
彼に詩絵里が話しかける前に、冒険者二人が首を振る。
「依頼でもないのにドラゴンと戦えだなんて無茶な話だ。しっかり事前準備をして、それでも俺たちのレベルならあと十人は人手が必要だぜ」
「申し訳ないけど、あたしたちだけじゃねえ……ていうか、ドラゴンってこっちに向かって来てるの? あたしたちも逃げた方がいいの?」
冒険者二人が使えないと見るやいなや、男は再び血相を変えて町の方向へ駆け出していった。
逃げていく背中を見送りながら、道中のドラゴン以外の魔物に遭遇してしまわないか、少し心配になる。
「……変ね。前方でドラゴンの襲撃に遭ったなら、さすがに悲鳴のひとつくらいは次の馬車の御者には聞こえているはずよ。少なくとも魔物の襲撃だってことくらいは判断つくでしょうし、馬車を捨てて徒歩で引き返してもおかしくないわ」
透の隣で、詩絵里が探偵の顔になっている。
しかし、彼女の疑問はもっともだ。
そして引き返すなら、さらに後続の馬車の乗客にも異変が伝わるものじゃないか?
「俺が行くよ。あんたら二人は馬車の皆を他の魔物から守っててくれねえか?」
パーティーの頭脳が結論を出す前に、勝宏が名乗りを上げた。
「このあたりの魔物のレベル帯ならいくら来たって問題ないが、ドラゴンだぞ? 甘い考えでどうにかなる相手じゃない」
「行くなら止めないけど……ドラゴンだってことさえ分かったら、倒さず逃げてきてもいいんだからね? あとはギルドに報告して、討伐隊を組むとかできるし」
二人の視線が勝宏の手に集中している。
勝宏の手の甲に冒険者の印がないところから、烙印をしなくとも冒険者の資格を与えられる貴族の息子だと思ったのかもしれない。
「ドラゴンくらい余裕。詩絵里も来るか?」
「そうね、行ってみようかしら。なんだか様子もおかしいし。透くんもいらっしゃい」
山道に現れたのが本当にドラゴンなら、ドラゴン討伐はこれで三度目である。
前衛のルイーザ不在では少々不安が残るが、透が全弾回避しながら防御面のサポートに徹すれば問題ないだろう。
「よっし。じゃあどうするかな、さすがにバイクに三人は無理だから」
「あ、俺、転移でついていくよ」
「了解」
勝宏がスキルでバイクを呼び出した。
そんな、人前で堂々と出してしまっていいのかとも思ったが、勝宏があまりにも自然にバイクを召喚するものだから誰も突っ込もうとしない。
ひょっとすると、マジックアイテムの一種だと思われているのだろうか。
勝宏と詩絵里がバイクに乗ったところで、こちらの馬車の御者が二人を伺う。
「本当に行くのかい? 私たちは彼らに護衛を依頼して、町に引き返そうと思っているんだが」
「うん、町の近くに下りてきて暴れられても困るしな」
「……難しい相手だが、もし生きて帰れたらギルドに必ず報告を入れろよ。ドラゴンの状態を聞いて、対策をとる必要がある」
冒険者の男が、神妙な表情で言い含めてくる。勝宏は頷いて、バイクを走らせ始めた。
透はというと、馬車の陰に隠れてもう一つ前の馬車まで転移である。
勝宏たちが馬車のところまで追いついたら、馬車と馬車の間を繰り返し転移で渡っていくのだ。
ドラゴンから逃げ出したのか、転移先の馬車の中にはもう誰も乗っていない。
「誰か乗ってる馬車あるかな」
『こっから先、人間の気配はねえぞ』
「そっか……」
血痕や馬車の破損は見られない。
どころか、馬車を引く馬や専用魔物すら繋げられていない。
全員無事に逃げおおせられたならいいが、なんとなく不穏な雰囲気を感じる。
逃げてきた男性の言っていたようにドラゴンの腹の中である可能性もまだ否定できないところだ。
ややあって、先頭の馬車の前で勝宏たちと合流する。
詩絵里はバイクから降りても、首を傾げていた。
「放置されてる馬車、みんなそのまま再利用できるくらい綺麗だったわよ。ドラゴンに食べられちゃったってほんとかしらね」
「あの、馬車は……?」
「ぜんぶアイテムボックス行き。馬車が道の大半占拠したままで、こんな崖をバイクで通るの怖いじゃない」
透が転移で馬車をあとにするたび、連なった馬車たちは詩絵里のアイテムボックスに収納されてしまったようである。
ドラゴンがまだこのあたりにいるのかどうかは分からない。
周辺をきょろきょろと見回しながらしばし徒歩で進んでいくと、三人の頭上に突如大きな影が落ちてきた。
羽ばたきの風圧で草木を揺らしながら、黒い竜が前方に降り立つ。
「ドラゴン、ほんとにいたね……」
「……でも、なんか様子変じゃない?」
黒竜の翼には、杭で穿たれたような穴がある。
巨大な尾は切れかけており、こちらが攻撃する前に既に体力を消耗しているようだ。
うーん、と唸って、勝宏が変身もせずに近付いていく。
「勝宏くんちょっと、手負いは凶暴よ」
「平気平気」
詩絵里の制止にはひらひら手を振る。
ぐったりと頭を地面につけている黒竜を前に、勝宏が屈み込んだ。
「なあ、なんで怪我してるんだ? 冒険者と戦ったか?」
竜の瞼が重く開かれ、勝宏を見て、再び閉じる。
話は通じているのかいないのか、黒竜は答える様子がない。
少し待って、勝宏がアイテムボックスからポーションを取り出した。
「ちょっ、勝宏くん、回復させる気!?」
「なんか悪いやつには見えないし」
「どう見てもダークドラゴンじゃない!」
勝宏は詩絵里のツッコミをよそに、竜の体中の傷口へポーションをかけてまわる。
巨大な体躯の上を危なげなくひょいひょい移動して、ひととおりポーションでの処置を済ませた。
「……回復させちゃったものはもうしょうがないわね。……ダークドラゴンは人語を介すると聞いているけど、こちらの言葉は通じているかしら?」
「おーい、聞こえてるかー」
二人の呼びかけで、竜が再び目を覚ます。
数回まばたきをしたのち、ぎゃう、とだいぶ可愛らしい鳴き声をあげて――巨体が縮み始めた。
「えっ? ドラゴンって伸び縮みするっけ」
「しないわよ。特殊な魔法か……勝宏くんが人間用のポーション使ったからとか?」
「俺のせい!?」
漫画で強大な敵として出てきそうな大きな体が、みるみるうちに縮んでいく。
そして、大型犬程度の大きさまで縮んだあたりで止まった。
「……どうするのよ、これ?」
「話せるかなーと思ったんだけど、ぜんっぜん話せないなこいつ」
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