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章1
その心に住む誰かさん(3)
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勝宏たちに知ってほしくない真実を、透以外に知っている者がいる。
それは透にとって、まぎれもない恐怖だった。
「さて、ほかになにか、聞いておきたいことはあるかな? もう始めていい?」
「……それなら、あなたが集めていた女冒険者だってポイントになるわよ。殺さず連れ帰って、何に使っていたの?」
「そりゃもちろん、実験だよ。NPCが孕むかどうか気になるでしょ。
冒険者じゃない女、冒険者の烙印を済ませた女、転生者の女、それぞれ数人ずつ試してみるつもりだったんだ」
子供の外見で非人道的なことを何気なく口にしている様子を、聞いた本人である詩絵里が「ふうん」と軽く受け流す。
「ずいぶん効率重視のプレイヤーさんね。今何ポイントくらい貯まっているのかしら」
時間稼ぎ、だろうか。
この場をうまく切り抜ける方法を考えてくれているのかもしれない。
怯えているだけではだめだ。
挽回しなければ。
ここまで聞かれてしまっては、マリウスにもデヴィッドにも「ただのお菓子作りが好きな少女」では通せないだろう。
隠すのはもう無意味。
……透が先ほどとっさに回避できていれば、マジックアイテムを破壊されずに済んだのだから。
「んーと……ああ、19869ポイントだ」
ステータス画面を操作したのか、少年が空中に軽く触れて答える。
「そう……ありがとう。おかげであなたのスキルが分かったわ。――Sスキル……「イベントを作成するスキル」の持ち主ね」
詩絵里のスキルが発動できたらしい。
言い当てられた少年は目を丸く見開いている。
「イベント、ですか」
「突然の自然災害も魔物の大量発生も、彼のスキルで自在に引き起こすことができる。
まあ、何かしらの事件を起こすっていうだけで、他人の思考や行動を操作するタイプではないみたいだけど」
ルイーザの言葉に、詩絵里が少年から視線をそらさないまま答える。
「でも、これでスタンピードで間接的に倒してもポイントになるって話が有力な情報になったわね。
勝利条件はおそらく、「自分で起こしたイベントによって相手を殺す」だわ」
「ええ、何それ。君のスキルはひょっとして、相手のステータス画面をカンニングできるの?」
ルイーザへの台詞に、少年がずるいとでも言いだしそうな口調で訊き返した。
「どうかしらね。それで、あなたの手の内はだいたい教えてもらっちゃったわけだけど……どうしても戦わなきゃダメかしら?」
「それだけ情報を持ち出しておいて、むしろ見逃した方が危ないじゃないか。まさか、文字化けしてるとこまで拾えるなんてね」
文字化け、しているところまで?
以前<暴食>の転生者を調べた時は、詩絵里のスキルでは文字化け部分に該当する情報は解析できなかったはずだ。
目の前の少年もまたSスキルが成長していて、ステータスが文字化けになっている部分があるのだとしたら。
では、詩絵里のスキルも。
「どうせ底辺だと思って侮っていたよ。ああ、悪かったって……うん?」
そこで、少年が誰にでもない会話をぶつぶつと呟き出した。
まるで透がウィルと会話をする時のようだ。
「そうか。あの女だね。分かった。逃げられないように頼むよ、アリアル」
……アリアル?
(ウィル、今あの子アリアルって……)
まさかこの世界を作り出した元凶が、あの少年に協力しているのか。
(ウィル? まさか……)
思わず話しかけて、つい先ほどまで一緒にいたはずのウィルの気配がないことに気付く。
尖塔で体験した現象と同じだ。
やはり「アリアル」は、他の悪魔の介入を遮断できるのだろう。
「さっきから転生者ゲームのこと遊び感覚で……あのな! いくら「転生者ゲーム」ってったって、これは現実だぞ! おまえが今までゲームみたいに殺した人たちにだってな――」
「死んだ人間にも家族があって、人生があって、とでも言うつもりかな? 家族として設定されたユニット、人生背景として記述されたシナリオ、の間違いじゃない?」
「言ってる意味、さっぱりわかんねえよ!」
さりげなく透をかばうように一人で前に出た勝宏が、声を上げて大剣を構える。
聞かれている。
勝宏にははっきり言わなければまだ隠し通せたかもしれないが、詩絵里はもう確実に勘付いたことだろう。
「ああそうか、君たちは知らないんだな。この世界が――」
やめろ。
言うな。……言うな!
女の身では、声を張り上げて邪魔をすることすらできない。
だったら……。
勝宏を押しのけた。少年が言葉を続ける、その先を遮るように氷柱を生み出す。
小さなその体が見えなくなるほどの無数の氷柱が降り注いだ。
あれ?
妨害するのに夢中になっていたが、この魔法だってカルブンクの能力のはず。
一瞬、混乱で動きの止まった透の頭上に影が落ちてきた。
「透!」
勝宏に突き飛ばされてその場に転がる。
半身を起こすと、先ほどまで透がいた場所には、真っ黒な槍があった。
頭上から降ってきたそれは肩口から腰まで、大きく勝宏の身体を貫いて床に縫い付けている。
「勝宏さん! 動けますか!? アイテムボックスからポーションを……!」
ルイーザの焦燥の声で、動かずにいた透の肺にひゅっと息が流れ込んでいった。
漆黒の槍はスキルで生成されたものなのか、数秒で薄れて消えていく。
今消えるということは、ぽっかりあいた勝宏の傷口から出血を止めておくものがなくなる、ということでもあって。
「やっと、守れた……」
スキルによる変身が解けた勝宏が、そのまま崩れ落ちる。
「……、」
倒れ伏した彼の唇が、最後に「とおる」ではない誰かの名前をかたどるのを、透は見ているしかできなかった。
それは透にとって、まぎれもない恐怖だった。
「さて、ほかになにか、聞いておきたいことはあるかな? もう始めていい?」
「……それなら、あなたが集めていた女冒険者だってポイントになるわよ。殺さず連れ帰って、何に使っていたの?」
「そりゃもちろん、実験だよ。NPCが孕むかどうか気になるでしょ。
冒険者じゃない女、冒険者の烙印を済ませた女、転生者の女、それぞれ数人ずつ試してみるつもりだったんだ」
子供の外見で非人道的なことを何気なく口にしている様子を、聞いた本人である詩絵里が「ふうん」と軽く受け流す。
「ずいぶん効率重視のプレイヤーさんね。今何ポイントくらい貯まっているのかしら」
時間稼ぎ、だろうか。
この場をうまく切り抜ける方法を考えてくれているのかもしれない。
怯えているだけではだめだ。
挽回しなければ。
ここまで聞かれてしまっては、マリウスにもデヴィッドにも「ただのお菓子作りが好きな少女」では通せないだろう。
隠すのはもう無意味。
……透が先ほどとっさに回避できていれば、マジックアイテムを破壊されずに済んだのだから。
「んーと……ああ、19869ポイントだ」
ステータス画面を操作したのか、少年が空中に軽く触れて答える。
「そう……ありがとう。おかげであなたのスキルが分かったわ。――Sスキル……「イベントを作成するスキル」の持ち主ね」
詩絵里のスキルが発動できたらしい。
言い当てられた少年は目を丸く見開いている。
「イベント、ですか」
「突然の自然災害も魔物の大量発生も、彼のスキルで自在に引き起こすことができる。
まあ、何かしらの事件を起こすっていうだけで、他人の思考や行動を操作するタイプではないみたいだけど」
ルイーザの言葉に、詩絵里が少年から視線をそらさないまま答える。
「でも、これでスタンピードで間接的に倒してもポイントになるって話が有力な情報になったわね。
勝利条件はおそらく、「自分で起こしたイベントによって相手を殺す」だわ」
「ええ、何それ。君のスキルはひょっとして、相手のステータス画面をカンニングできるの?」
ルイーザへの台詞に、少年がずるいとでも言いだしそうな口調で訊き返した。
「どうかしらね。それで、あなたの手の内はだいたい教えてもらっちゃったわけだけど……どうしても戦わなきゃダメかしら?」
「それだけ情報を持ち出しておいて、むしろ見逃した方が危ないじゃないか。まさか、文字化けしてるとこまで拾えるなんてね」
文字化け、しているところまで?
以前<暴食>の転生者を調べた時は、詩絵里のスキルでは文字化け部分に該当する情報は解析できなかったはずだ。
目の前の少年もまたSスキルが成長していて、ステータスが文字化けになっている部分があるのだとしたら。
では、詩絵里のスキルも。
「どうせ底辺だと思って侮っていたよ。ああ、悪かったって……うん?」
そこで、少年が誰にでもない会話をぶつぶつと呟き出した。
まるで透がウィルと会話をする時のようだ。
「そうか。あの女だね。分かった。逃げられないように頼むよ、アリアル」
……アリアル?
(ウィル、今あの子アリアルって……)
まさかこの世界を作り出した元凶が、あの少年に協力しているのか。
(ウィル? まさか……)
思わず話しかけて、つい先ほどまで一緒にいたはずのウィルの気配がないことに気付く。
尖塔で体験した現象と同じだ。
やはり「アリアル」は、他の悪魔の介入を遮断できるのだろう。
「さっきから転生者ゲームのこと遊び感覚で……あのな! いくら「転生者ゲーム」ってったって、これは現実だぞ! おまえが今までゲームみたいに殺した人たちにだってな――」
「死んだ人間にも家族があって、人生があって、とでも言うつもりかな? 家族として設定されたユニット、人生背景として記述されたシナリオ、の間違いじゃない?」
「言ってる意味、さっぱりわかんねえよ!」
さりげなく透をかばうように一人で前に出た勝宏が、声を上げて大剣を構える。
聞かれている。
勝宏にははっきり言わなければまだ隠し通せたかもしれないが、詩絵里はもう確実に勘付いたことだろう。
「ああそうか、君たちは知らないんだな。この世界が――」
やめろ。
言うな。……言うな!
女の身では、声を張り上げて邪魔をすることすらできない。
だったら……。
勝宏を押しのけた。少年が言葉を続ける、その先を遮るように氷柱を生み出す。
小さなその体が見えなくなるほどの無数の氷柱が降り注いだ。
あれ?
妨害するのに夢中になっていたが、この魔法だってカルブンクの能力のはず。
一瞬、混乱で動きの止まった透の頭上に影が落ちてきた。
「透!」
勝宏に突き飛ばされてその場に転がる。
半身を起こすと、先ほどまで透がいた場所には、真っ黒な槍があった。
頭上から降ってきたそれは肩口から腰まで、大きく勝宏の身体を貫いて床に縫い付けている。
「勝宏さん! 動けますか!? アイテムボックスからポーションを……!」
ルイーザの焦燥の声で、動かずにいた透の肺にひゅっと息が流れ込んでいった。
漆黒の槍はスキルで生成されたものなのか、数秒で薄れて消えていく。
今消えるということは、ぽっかりあいた勝宏の傷口から出血を止めておくものがなくなる、ということでもあって。
「やっと、守れた……」
スキルによる変身が解けた勝宏が、そのまま崩れ落ちる。
「……、」
倒れ伏した彼の唇が、最後に「とおる」ではない誰かの名前をかたどるのを、透は見ているしかできなかった。
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