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章1

この世界で生きているひと(1)

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「エリクサーはまあ解決、かしらね。
あとは攻略本と鯖の味噌煮の納品の時に、エリクサーをもらって……拠点ダンジョンはコア登録を済ませるまで見張りをつけたいし、世界樹の種やギベオンについては別行動になるかもしれないわね」

「ですね! あ、そうだ、攻略本とエリクサーの交換渋ってたのってアレですよね? 中古本しかなかったらまずいみたいなー?」

「だいたいはそうね。こういう時、パーティーメンバーとテレパシーできたら便利なのになって思うわ」

「そういうスキルありましたかねえ……えっと一応、このゲームは新品まだあると思いますよ。怪しまれる危険はたぶんないです」

 ルイーザの証言があれば問題なかろう。
 ということは、透の本日のミッションが追加されたわけだ。

 攻略本と紅茶の茶葉を買ってくる。
 カノンに鯖の味噌煮を作る。
 勝宏にオムライスを作る。

 全部済んだらカノンの家に行き納品だ。

「あの」

「ああ透くん、このあと時間あるならカノンに言われた分買ってきてくれる? お金はまた貴金属の買い取りで調達してもらうことになるけど」

「あ、はい……。あの、食事はどうしますか? 勝宏はオムライス食べたいって言ってました」

 買い物ついでに日本でやることは全部済ませてこようと思う。
 洗濯物も回収して、洗濯機を回しながら買い出しに行く予定だ。

 なお、女性陣の下着類も今では平気で洗えるようになってしまった。
 自分には一生かかっても無理だと思っていたが、慣れとは恐ろしいものである。

「私も同じで。それと、昨日食べたチキンとクルトンの入ったサラダがおいしかったから、まだ材料余ってたらそれも食べたいわ。ルイーザは?」

「はーい、オムライスで!」

「わかりました。洗濯物はありますか?」

「いつもごめんね。ほんとはクリーンの魔法でもいいんだけど、単純に汚れが落ちるだけだから柔軟剤が恋しくて」

 言いながら、詩絵里がアイテムボックスからカゴを取り出した。
 その中に、服が数着アイテムボックスから直接投下されていく。

「私のもお願いしますー。生活魔法のクリーン、使いすぎると服痛むんですよね。たぶん繊維削ってませんあれ?」

「術式的にはお察しの通りって感じね。奴隷時代は基本一着しか服貰えないからホント苦労したわ」

 詩絵里とルイーザの二人分がカゴの中におさめられた。
 換金用の貴金属――今回は黄金の女神像だ――とカゴを持って、透は日本に転移した。



 洗濯機を回しながら買い物を済ませ、料理に取り掛かる。
 攻略本は無事に見つかったので、そのまま渡してしまって大丈夫だろう。

 それにしても、好きな人のためにゲームの強制力に抗おうとするなんてカノンもさすが主人公だ。

 ゲームのキャラだと分かっていながら、それでも恋をしている。

 ……ゲームのキャラ、か。

 この世界を「異世界」だと認識している転生者よりも、乙女ゲームの設定どおりの環境に転生した人たちの方が、勘違いの上に勘違いで、一周まわって正解に一番近いかもしれない。

 彼らは、転生とともにゲームの中に入り込んでしまったのだと思ったうえで、それを受け入れている。
 そうするしか道がないから。

 そのうえで、運命付けられた処刑の未来を変えようとしたり、シナリオを書き替えようとしたり、争いを避けようと奮闘したり。
 ゲームという枠組みの中で、納得できる着地点を探そうとしている。

 自分は、どうだろう。
 自分ひとりが、現実の世界の住人。
 これまでの旅で知り合えたたくさんの人たちも、絶対に守りたい大切な人たちも、ずっと一緒にいたいと思える……好きな人も、皆もう現実の世界には居ない。

 それでもいい、夢の世界でも構わない。
 プログラムに沿って動くだけの存在でも、それでも笑顔が見たい。
 その願いすら、いつ壊されてしまうか分からない。

『で、次はどこ行くんだ』

「あ……まずは勝宏のところと、詩絵里さんとルイーザさんに食事を。そのあと、カノンさんに頼まれていたものを渡しに行かなきゃ」

『了解』

 思考が落ち込みかけたのを救い上げるように、ウィルが声をかけてきてくれた。

 ウィルは長生きで、知識も経験も豊富で記憶力もある。
 透よりもずっと頭がいい彼が次の行き先を再確認する必要なんてない。
 これは彼なりの優しさだ。

 洗濯物を干して、転移でダンジョンに向かう。
 この短時間で、なんと小屋はほとんど完成していた。

 中に入ると、カウンターテーブルと椅子が既に用意されている。

「透ー! 見て見て、すごいだろ!」

「うん。もう中で寝れるね」

「へへへ。透もいつでもこっち泊まっていいからな!」

 それはいい。
 宿代も浮くし、既に支払ってしまった日数分を過ぎたらこちらにお邪魔しよう。

「布団とか、日本から持ってこようか」

「おお、いいなそれ! じゃあ俺木でベッド作っとく。とりあえず二人分、詩絵里たちが来るなら追加かな」

 こういう時、アイテムボックスがあるというのは便利だ。
 ためらいなく大型の家具をてきとうな場所で調達してしまうことができる。

 カウンターに勝宏希望のオムライスを置く。

「冷めちゃうから、まだお腹すいてなかったらアイテムボックスにしまっておいてね」

「おー! って透は?」

「俺は詩絵里さんたちにも食事を届けて、おつかいを頼まれてた分を納品してこなきゃ」

「ふーん。じゃあ透が戻ってくるまで俺食べないで待ってる」

 言って、勝宏がオムライスをアイテムボックスに収納した。

 自分のぶんはまだ、自宅にほったらかしの状態だ。
 ケチャップソースすらかけていない。先に食べてくれて構わないのだけれど。

 でも、待っていてくれるのは、嬉しい。

「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」

「いってらっしゃい」
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