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ギャップの塊と出会いは、意外とその辺に落ちている
しおりを挟むあっけない終わりだった。
「じゃ、元気で」
アイツは背中を向けたまま、視線の一つもくれなかった。
それで良かったのかもしれない。俺がこれまで、あの視線に勝てた試しはなかったのだから。
部屋には不快な湿気と、タバコと情事の匂いが浅く漂っていた。白と黒で統一された、真四角で几帳面な部屋。きっともう二度と来ない部屋。二度と思い出してやるつもりもなかった。
「とかいって、そんなすぐ忘れられるわけないじゃんね!!!!!!!」
ドゴン、とやや強めにロックグラスがテーブル面に着地した。中身はもう氷しか残っていない。
「まあそりゃそうよねぇ。5年も続いたらそうなっちゃうわよねぇ」
カウンターの向こう側、現代生け花みたいなヘアスタイルのマスター兼ママがしたり顔で頷いた。今日も3枚重ねのつけまつげが分厚く揺れている。
彼はこちらの事情を、始まりから終わりまで仔細に渡って把握している。主に俺がここで愚痴りすぎたせいで。
「えー何、どしたん。彼ぴと別れちゃったの?」
不意に、見慣れぬ女の子がひょこっと背後から顔をつきだしてきた。
いわゆる地雷ファッションの女の子だ。ピンクのツインテールに、ごついチョーカー。ひらひらのリボンと、つやんつやんの可愛らしい唇が視界に入り、俺は何度目か目頭が熱くなるのを感じてテーブルにつっぷす。
「この子ね、片思いしてたセフレに切られちゃったのよ」
あーねー、と相づちをうちながら彼女は自分のグラス片手に、俺の隣の席に腰掛けた。ごつん、と厚底ヒールが椅子の脚にぶつかる音。聞いてやってよぉ、とママが悲壮感たっぷりに彼女に話しかける。
「切られた理由なんだと思う? 本カノと結婚するからもう会わないでくれだって」
「は???? えーーーー??? 彼ぴ最悪か????」
「うううううう」
彼女の声はまっとうな怒りと同情に満ちていた。俺はつっぷしたまま、泣く直前のセイウチみたいなうめき声をあげることしかできなかった。
現実は非情なのである。男と男は法的にも社会的にも正規ルートで結ばれるには難がありすぎる。というか、そもそも元セフレの性格とか付き合い方に難がありすぎたのかもしれないけど。
もはや、例の日の次の日から、毎日ちゃんと出社してるだけ偉いと思いたい。プライベートはズタボロだけども。同年代の女の子を見るだけで悔しくて涙ぐむけども…!!
「ママー、お兄さんにおかわり。ウチのおごりで」
「あいよ」
「えっ」
「いいんだよぉ。ウチも似たようなことあったからさぁ。マジ許せんよな」
彼女は意外な力強さで、バシンと俺の背中を叩いた。うぐっと思わずうめき声が漏れたが、彼女なりの励ましらしかったので、力なく「ありがと」と言葉を返した。
程なくして、グラスが何故か3つ運ばれてきて(俺と彼女と、そしてマスターの分だった)、俺の失恋話を肴に、宴は大いなる泥仕合を繰り広げることになった。
「バッカねぇ~ほんと、セフレに本気になって5年もズルズル付き合うんじゃないわよぉ」
「いい男だと思ってたんだよぉ」
「あっは、もうちゃんと過去形になってんのウケる。忘れる努力しててえらすぎ~~」
「ママの元カレも大概やばいよね」
「やめなさい、じっくり関係を温めてやっと付き合えたと思ったエリートイケメン商社マンから赤ちゃんプレイが飛び出してきて逃げ帰った話はもうやめなさい」
「何だそれ怖いな」
「セックスだけはうまかったんだよ…」
「見た目も好みだったんでしょ?」
「まあ…俺細身の男が好きなんだよな…」
「中身は?」
「…神経質イヤミネチネチ理系オタク」
「だめじゃん」
「エグい悪口じゃん」
「でもセックスだけは(以下略)
「マチアプで出会うとギャップがねぇ」
「時々あるよね。エグいギャップが」
「馬鹿、ギャップなんてあればあるほどいいのよ」
「マッチングした某大教授に脱ぎたてパンツを求められたやつは?」
「あれは違う。あれはいらないギャップ」
「ウチの元カレねぇ、知らん間に半グレとつながっててさ、ベランダでアカン草栽培してたことあって、そんときはマジでやばかったな~。見つけて即通報したったんよw」
「時々ガチで怖い話投げてくるのやめて?」
…馬鹿みたいな話を延々繰り広げ、時々他の客や店子が会話に加わったり、ママが時々オーダーをこなしたり他の卓の面倒を見に行ったりして、華金の夜は賑々しく、あっという間に過ぎた。
摂取した酒の量は、酒覚えたての学生の時以来くらいの分量だったと思う。
だったと思う、というのはそこから今に至るまでの記憶が全くないからだった。
「あーーー、起きた?」
目が覚めると、視界いっぱいにとんでもねぇイケメンがいた。
高い鼻梁、くっきり二重の大きな瞳、やわらかく微笑む口元、おそろしくキメ細かい肌。ピンクに染めた髪は長く、キューティクルもつややかにさらさらとシーツに乱れている。
とんでもねぇ造形美をしたイケメンであるが、ちょっとどなたか分からない……どなたですか……
めちゃくちゃ優しいお顔で俺を見つめてくださっておりますけれども、あの、えっと、ちょっとまって人肌のぬくもりとナニとは言わないんですけど熱がですねその
「覚えてないの? ウチとの長ぁい夜」
耳元で囁いた、少し鼻にかかった甘いテノールに、一拍おいて、俺は声にならない悲鳴をあげた。
え、なんで。どうして。
ちょっとまって。
『彼』は昨夜見たのと寸分違わぬやり方で、ニヤッと笑った。
「ね……ネコの方ではないのですか??」
俺がやっとのことで絞り出せたのは、クソみてぇな問いだった。
「ウチ、わりと両刀なんだよね~」
クソみてぇな問いに彼はあっさりと答えた。
なんで気づかなかったんだろう。それだけ彼の女装が完璧だったのもあるだろうが、ちょっと俺が間抜けすぎる。そもそもゲイバーだよ。一見さんの女の子なんか滅多に来ねぇよ。宴会の話のノリも良すぎただろうがよ。
ああ待って、だんだん思い出してきた。
未知の領域のあんなことやこんなことをされたアハンウフンが、酒漬けになった記憶の淵からよみがえってきて、俺はじりじりと顔を赤くする。
そんな俺を、彼は頬杖をついてニヤニヤ眺めていた。
「めちゃ可愛かったよぉ」
「やめてくださいお願いしますアラサー男が恥ずかしい」
「んぇ、煽っちゃう? ウチ、今日シフト遅番だから頑張れちゃうよ?」
「ひょぇぇ」
急に、節々とか喉とか、主に腰とか臀部とかの痛みが鮮明になってきた。ナニをどんだけしたんですか?アラサーに無茶させんといてくれ。
戦々恐々とする俺をよそに、彼はクスクス笑いながらガチガチになっている俺の身体に細長い手足を絡みつけてくる。首元からほのかに香るムスクは、昨夜ずっと隣にあったものと紛れもなく同じだった。
「ねぇ」
「うぁ、は、はい」
耳元で喋られるとくすぐったくてゾクゾクする。身体がびくつかないように固まっていると、彼は楽しげにとんでもないことを言った。
「お兄さんさ、可愛くて好きになっちゃった」
「へっ?」
「ウチと付き合お♪」
「えっ、な、なんで!?」
慌てて聞き返した瞬間、れろぉ、と首筋を舐め上げられ、俺は「ひゃぁぁ」と情けない声をあげて縮こまる。
「ね、安心して。オレは尽くす男だよぉ」
べ、と突き出された真っ赤な舌には、ピアスの銀色が眩しく輝いていた。
……自分のほうがよっぽどエグいギャップじゃん……。
俺は遠い目でそう考えることしかできなかったし、その後、アラサーの身体はかなり無理を強いられたし、結局付き合った。
【完】
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