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第一章:塔の魔女と導きの石

1 白いフードの男

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 本編に入る前に、この世界のことを少し説明しよう。 設定というやつだ。

 ここはクリスティア、遥か遠い昔に強大な力を持った神々が創造した大地といわれている。 この世界には膨大な魔力が循環しており、それは万物に宿ることで様々な事象を起こす。 クリスティアは広大な海に浮かぶ島々と5つの大陸によって構成されていて、環境に適応して様々な進化を遂げた生物が、種の生存と更なる繁栄のため、魔力を用いた技術__所謂いわゆる、【スキル】と呼ばれるものを生み出した。 因みに、魔力には地、水、火、風、光、闇の6つの属性があり、かつて世界の創造に携わったとされる6体の神が、それぞれ一つずつ司るものと信じられている。 私の生まれた国では、光を司る女神様を信仰していた。


   ***


 ここはクリスティア西南に位置する、サンハルム王国管轄下の小さなオアシス町の居酒屋。 広く、落ち着いた色合いの空間。 2階にはテラス席もあるようで、夕刻だからか、結構な人でにぎわわっていた。 店内を瞥見べっけんすると、右奥の席に掛けている人物が目に留まった。 探している人物の特徴と一致している。 男は厚底のショートブーツを、わざと小さく踏み鳴らして歩み寄った。


「あなたがそう?」

 頷くと、女は妖艶に微笑んだ。 高めの位置にボリューム通りかかったのある、ふんわりとしたひし形のショートカット。 燃えるような赤髪が似合う美女だ。 男は、フードを目深く被ったまま、彼女の向かいの席に腰掛けた。 すぐさまやってきた店員に飲み物と軽食を注文する。


 男は無理を承知で彼女との面会を申し込んだ。 そして何の縁か、申し出は受理され、互いに都合の良い・・・・・この店で落ち合うことになったのだ。 町を出れば、四方に広大な砂漠地帯が広がっている。 この町は人口こそ多いが、出入りが少ない。 つまり、外へ・・情報が漏れにくい、と考えていい。


 店員が飲み物と軽食を運ぶ。 クレープのような生地で具を包んだ料理。 スパイシーな香りに食欲をそそられる。


 店員の足音が店内へと遠ざかってから、男は【空間収納】自身の魔力で展開する収納スキルにしまっていた、小さなガラス箱を取り出し、彼女の前に差し出した。 中には色が濃く透明度も高い、きれいな小さい粒が収められている。 箱に幾重にも張られた結界。 ただの宝石ではない。


「これが一体何なのか、調べてほしいんだ。 …頼めないか?」


 彼女は外観をじっくり観察してから、恐る恐る箱を手に取った。 厳重な結界に包まれた宝石を見る目は、真剣なものだ。 長い沈黙の時間が流れる。 男はテーブルの下で、黒い手袋をしている左手の甲をそっと撫でた。 彼女は様々な角度から宝石を観察している。 男にはその目が、こころなしかキラキラしているように見えた。

 彼女はふっと目を細めながら、箱をそっとテーブルへ置いた。


「いいわよ。…そのかわり」


 その時だった。 バタンッと激しい音を立てて入口のドアが開けられ、きっちりと鎧を装備した集団__あれは王国の軍か__が、ぞろぞろと入ってきた。 途端に店内は騒然とし、二人も会話を中断して何事かとドアの方を見やる。


 先頭に立っていた兵士と、目が合った。


「白いフードの男…!!貴様か!!」


 男はたしかに白っぽい革製のフード付きマントを装備している(厳密にはクールホワイトという、少し灰がかった白色だ)。 周囲を視線だけで見渡したが、広い店内で該当者は男だけだった。 視線が一気に男に集中する。


(え、俺?)


 一体何の話だ、と首を傾げると。 身に覚えのありすぎる言葉 ワード が飛びだした。


「黒火竜を討伐したのは、貴様か!!」


 男は反射的に立ち上がると、席の後方にある階段に向かって走り出した。 2階へ駆けあがり、突き当りにあったベランダの扉を全開にして、テラスから躊躇 ためら いもなく飛び降りる。


 急に目の前に飛び降りられ驚いている兵士たちの気をよそに、男は全力疾走した。


   ***


 背後を追ってくる複数の気配。 時折背後をチラッと確認しながら、夜の砂漠町を音もなく駆け抜ける。 何事かと驚き振り返る人々を気にも留めず、自身の魔力を抑えながらより人の通りのない、建物が密集して入り組んだ細い道を選んでジグザクに走り抜け、物置のような荷物で死角の多い場所に紛れるように身をひそめた。 そして物音を立てないよう注意を払いながら、追手の様子を探るように耳をらす。

 既に日は落ちているが、まだ人々が活動している時間帯だ。 男は人よりかなり、視覚と聴覚が優れていた。 遠目に、遅れて近づいてくる足音と喧騒が聞こえる。

 このごちゃごちゃと複雑に入り組んだ環境に、景観にカモフラージュするような色合いの装備、さらに極限まで抑えた自身の魔力と気配。 あとは追手たちが諦めて立ち去っていくのを待つばかり……と呑気に構えていたが。 思い返してみると、今回は相手方に気合が入っていたのか、今までよりも追手の兵士の数が多かった。


 男は黒い結晶を右手に取り出した。 先日討伐した大型の魔物  黒火竜  の魔力核。


  追手は王都勤務の兵士たちだ。 普段人の集落に降りてこないような強敵が、町に近い場所で異様に殺気立ちながら大暴れ縄張りを主張していたため、町が急遽討伐を依頼したのだ。 国の上層部も魔物の強さを考慮して、危害が及ぶ前に王都の軍を動員して対応するという話に纏まり、結集された討伐隊はすぐに町へと赴いた。


 しかしいざ来てみれば、既に討伐されているというので、驚いた。


 当時の状況も状況だ。 仄聞そくぶんするところによると、その白いフードを被った男はたった一撃で仕留めたらしい。


 __そんなばかな!


 例の魔物が落としたはずの魔力核__黒い結晶の提供と、当時の状況や様子の説明を求めて、追走している。 普通に報告してくれればそれで済む話なのだが、まさかの逃走。 あの男がやった 討伐した のは間違いないだろう。 兵士たちは国の機関への報告義務があるので、どうにかして話を聞き出したい、その一心だった。

 動員されていた兵士の数は、およそ60名。 なかなかの規模の追走劇となった。 標的を見失い、各地に散っていく兵士たち。 あちこちから飛び交う声、戸惑う町の人々。


 しかし当の本人はどこ吹く風といった様子で、ぼんやりと居酒屋での出来事を思い起こしていた。


(赤い結晶、彼女に渡したままだった……)


 彼女なら、あれの取り扱いで事故は起こさないとは思うが、万が一もある。 それに、だ。 せっかく高名な魔法使い(しかも美人)に接触できたのに。 赤い結晶のこともあるが、食事も楽しみたかったと、恨めし気な視線を送る。


(そういえば…会計してこなかったな)

 お店にも悪いことをしたなと頬を掻いた。 …後日、詫びも兼ねて支払いに行こう。 この時点で、既に出禁かもしれないが。


 先ほどよりはっきりと聞こえる指示や怒号。 その言葉の端々から徹底的に探し出してやる!という嫌な意気込みを感じ取り、男は心の中で嘆息した。


諦めてくれそうにないか……思い切って屋根の上にでも登って逃げるか?)


 建物を上から下からと見ながら思考する。 軽い冗談のつもりで考えたことだったが、案外名案かもしれない。 建物よりも高い場所に視点を定めたまま、フードを目深く被り直す。 左手を見つめる場所ポイントに向かってかざした。 男が狙ったのは3階建ての建物くらいの高さの、上空だ。 そこに小さな魔力の点を作り、その点へ向かって男は飛翔した。 瞬時に描かれた光の軌道。 男はさらに先の上空に小さな点を作っては、飛び移る。 まるで星と星を繋ぐように。 それをひたすら繰り返した。


 誰ともなく、動きに気づいた者たちが声を上げる。 だが、あまりにも早い出来事に、兵士たちは思考が追い付かないまま消えていく光の軌跡を見つめていた。


   ***


 【魔法の点繋ぎ】で、随分と飛翔してきたように思う。 【魔法の点繋ぎ】は、光属性のスキルだ。 使用方法としては、まず、空中に目標となる場所を見定めて微量の魔力のポイントを設置する。 設置したら、その点に向かって魔力を放つと、磁石のように引き寄せられる。 それだけだ。 しかし障害物さえなければ、空中を自在に飛べるし、力の加減によっては非常に速い速度も出せるので、男は重宝している技だ。

 少し先に大きめの街を見つけ、上空ポイントを少し低めに狙って飛び移り、軽く宙返りしてス、と着地を決めた。 立ち昇る砂煙の中、得意の風魔法の障壁を展開しながら結構な速度で飛んできたので、自然と風圧を纏っていたらしい。 男が降り立った周辺の砂地が、クレーターのように吹き飛ばされて凹んでいた。

 ※【魔法の点繋ぎ】で速度を出す際は、結界や障壁などの衝撃対策が必須である。


 さて、と男は目深く被っていたフードを脱ぎ、ついでに右手に持っていた黒い結晶も空間収納へと放り込んだ。 


 露わになった容姿。 シャープな顔の輪郭にスッと通った鼻筋、切れ長の月白げっぱく色の目。 右目の下に小さな泣きぼくろがある。 その整った顔立ちを際立たせる、濡れた黒髪のツーブロックセンターパート。

 筋肉質ながら線の細い体型をしている。 フード付きマントの内に来ていたのは、抜き襟した七分袖の黒いシャツと、少し明るい黒のジーンズ。 彼のお気に入りの服装である。


 素顔を晒した男の足取りに迷いはなく、まっすぐ冒険者ギルドへと向かっていった。 夜更け、それも日付の変わるような時間帯に利用する客など他にいない。 一人、ギルドの奥のカウンターで書類を纏めていた厳ついスキンヘッドの大男は、彼の姿を認識するなり、怒りの形相になって


「おい!アルテア!! こんな時間までどこほっつき歩ってやがった!! ナタリアさんが心配してたぞ!!!」


 と、声を張り上げながら出てきた。 元々厳つい顔をしているのもあって、凄むと目力も怖さも倍増だ。 威圧的なオーラを放っているが、あまり心配をかけてやるなよと、掛けられる言葉は優しくて温かい。 人は見かけによらないな、と心の中で思っていると、いつまでもボケっとしてんじゃねえ!と、背中をバシバシと叩きながら2階の個室へ急かされた。

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