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悪魔王の囁き
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北の地での平穏
アランの刺客を撃退し、アンナを側に置いた。
北の黒鷲城での生活は、驚くほど「平穏」だった。
帝都のリステン家との連絡も、アンナが完璧にこなしてくれる。
アランが仕掛けてきた「経済制裁」も、私の事前の資産移動によって、彼が勝手に自滅しただけで、こちらに被害は一切ない。
「……順調、すぎるわね」
私は、執務室で、アランの経済制裁が失敗し、帝都の商人ギルドが混乱しているという報告書を読みながら、呟いた。
復讐は、順調に進んでいる。
アランの信用は失墜し、ルシアンへの支持は(特に北で)高まっている。
全てが、私の計画通り。
それなのに。
(……なぜ、こんなに心がザワつくの?)
私は、最近、ルシアンと過ごす時間が増えていた。
彼は、執務の合間に、私に北の歴史や、領地の統治について教えてくれた。
「お前は、俺の『共犯者』だ。俺が倒れた時、お前が北を指揮できなければ、話にならん」
彼はそう言って、私を「飾り物の婚約者」ではなく、「対等なパートナー」として扱ってくれた。
アランが、私を「美しい人形」としてしか見ていなかったのとは、大違いだ。
(……私、この人に、甘えている?)
刺客に襲われた夜(第15話)、彼に抱きかかえられた時の、あの温かさを思い出してしまう。
憎悪だけを原動力に生きてきたはずの私の心に、ルシアンという存在が、別の感情を芽生えさせようとしていた。
*************
悪魔王の再来
その夜、私は夢を見た。
処刑台の、あの「始まりの景色」の夢。
(……やめて)
(もう、見たくない)
アランの冷酷な目。イ
ザベラの嘲笑。
『おまえたちは許さない』
私は、夢の中で、何度も、何度も、そう叫んでいた。
ふと、目が覚めた。
そこは、処刑台ではなく、黒鷲城の私の寝室だった。
だが、空気が違う。
重々しく、吐息が白くなるほど寒い。
窓の外からは、風の音と遠雷が聞こえてくる。
「まさか……」
私がつぶやいたとき、部屋の隅の闇が、あの時と同じように、ゆらりと揺らめいていた。
「……久しぶりだな、エリアーナ」
悪魔王が、そこに立っていた。
その紅い瞳は、縦に裂けた瞳孔で、私を品定めするように見ている。
「……何の用ですの。あなたの『支援』などなくとも、わたくしは、順調に復讐を進めておりますが」
私は、恐怖を押し殺し、ベッドの上から彼を睨みつけた。
*************
悪魔王の「忠告」
「順調、か」 悪魔王は、クツクツと喉の奥で笑った。
「確かに、アランは追い詰められている。イザベラは苛立っている。上出来だ」
彼は、音もなく私のベッドサイドに歩み寄り、私の髪を一房、冷たい指先で掬い上げた。
「だがな、エリアーナ」 彼の声が、私の耳元で、甘く響く。
「……貴様の『憎悪』が、鈍(なま)っている」
「……!」
「北の生活は、快適か? あの『冷血公爵』は、貴様の傷を癒してくれたか?」
(……心の中を、読まれている!?)
「貴様は、復讐のために回帰した。愛だの、信頼だの、そんな『生ぬるい』感情に、現(うつつ)を抜かすために、戻ってきたのではないだろう?」
悪魔王の指先が、私の頬を撫でる。
「……わたくしは、復讐を忘れてなどいないわ」
「いいや。忘れている」
悪魔王の声が、一瞬、厳しくなった。
「貴様の憎悪が薄まれば、俺が貴様を『支援』する理由も、なくなる」
(……脅し、だわ)
「ルシアンの絆か。……良いだろう。その絆が、どれほど脆いものか、試してやろう」
************
新たな火種
「何を、するつもり?」
「俺は、何もしないさ。俺は、ただ『きっかけ』を与えるだけだ」
悪魔王は、楽しそうに笑う。
「エリアーナ。貴様は、アランとイザベラの『絆』を、まだ侮っている」
「……どういう意味?」
「アランは、貴様に三度も敗北した。イザベラは、貴様に『聖女』の座を奪われかけている」
「……」
「追い詰められたネズミは、何をする?」
悪魔王は、私の耳元で、決定的な言葉を囁いた。
「……『子供』だよ、エリアーナ」
「……え?」
「女が、男を繋ぎ止める、最強の切り札だ。……アランとイザベラが、もし『子』を成したら?」
私は、息を呑んだ。
(……懐妊)
(そうだ、1周目、イザベラは私を陥れた後、アランの子を……いや、違う。あの時は……)
「おっと。未来を知りすぎている貴様には、これ以上の『助言』は不要か」
悪魔王は、私の動揺を見抜き、満足そうに微笑んだ。
「せいぜい、ルシアンとの『平穏』を守るがいい。……守れるものならな」
その言葉を残し、悪魔王は闇に溶けるように消えた。
私は、一人、寝室で震えていた。
(イザベラが、懐妊……?)
(もし、そうなれば、アランは、その『世継ぎ』を守るために、何でもする)
(ルシアン(政敵)と、私(裏切り者)を、本気で殺しに来る)
悪魔王の言葉は、私の心の平穏をかき乱し、ルシアンへの淡い感情を、再び「憎悪」と「恐怖」で塗りつぶしていった。
アランの刺客を撃退し、アンナを側に置いた。
北の黒鷲城での生活は、驚くほど「平穏」だった。
帝都のリステン家との連絡も、アンナが完璧にこなしてくれる。
アランが仕掛けてきた「経済制裁」も、私の事前の資産移動によって、彼が勝手に自滅しただけで、こちらに被害は一切ない。
「……順調、すぎるわね」
私は、執務室で、アランの経済制裁が失敗し、帝都の商人ギルドが混乱しているという報告書を読みながら、呟いた。
復讐は、順調に進んでいる。
アランの信用は失墜し、ルシアンへの支持は(特に北で)高まっている。
全てが、私の計画通り。
それなのに。
(……なぜ、こんなに心がザワつくの?)
私は、最近、ルシアンと過ごす時間が増えていた。
彼は、執務の合間に、私に北の歴史や、領地の統治について教えてくれた。
「お前は、俺の『共犯者』だ。俺が倒れた時、お前が北を指揮できなければ、話にならん」
彼はそう言って、私を「飾り物の婚約者」ではなく、「対等なパートナー」として扱ってくれた。
アランが、私を「美しい人形」としてしか見ていなかったのとは、大違いだ。
(……私、この人に、甘えている?)
刺客に襲われた夜(第15話)、彼に抱きかかえられた時の、あの温かさを思い出してしまう。
憎悪だけを原動力に生きてきたはずの私の心に、ルシアンという存在が、別の感情を芽生えさせようとしていた。
*************
悪魔王の再来
その夜、私は夢を見た。
処刑台の、あの「始まりの景色」の夢。
(……やめて)
(もう、見たくない)
アランの冷酷な目。イ
ザベラの嘲笑。
『おまえたちは許さない』
私は、夢の中で、何度も、何度も、そう叫んでいた。
ふと、目が覚めた。
そこは、処刑台ではなく、黒鷲城の私の寝室だった。
だが、空気が違う。
重々しく、吐息が白くなるほど寒い。
窓の外からは、風の音と遠雷が聞こえてくる。
「まさか……」
私がつぶやいたとき、部屋の隅の闇が、あの時と同じように、ゆらりと揺らめいていた。
「……久しぶりだな、エリアーナ」
悪魔王が、そこに立っていた。
その紅い瞳は、縦に裂けた瞳孔で、私を品定めするように見ている。
「……何の用ですの。あなたの『支援』などなくとも、わたくしは、順調に復讐を進めておりますが」
私は、恐怖を押し殺し、ベッドの上から彼を睨みつけた。
*************
悪魔王の「忠告」
「順調、か」 悪魔王は、クツクツと喉の奥で笑った。
「確かに、アランは追い詰められている。イザベラは苛立っている。上出来だ」
彼は、音もなく私のベッドサイドに歩み寄り、私の髪を一房、冷たい指先で掬い上げた。
「だがな、エリアーナ」 彼の声が、私の耳元で、甘く響く。
「……貴様の『憎悪』が、鈍(なま)っている」
「……!」
「北の生活は、快適か? あの『冷血公爵』は、貴様の傷を癒してくれたか?」
(……心の中を、読まれている!?)
「貴様は、復讐のために回帰した。愛だの、信頼だの、そんな『生ぬるい』感情に、現(うつつ)を抜かすために、戻ってきたのではないだろう?」
悪魔王の指先が、私の頬を撫でる。
「……わたくしは、復讐を忘れてなどいないわ」
「いいや。忘れている」
悪魔王の声が、一瞬、厳しくなった。
「貴様の憎悪が薄まれば、俺が貴様を『支援』する理由も、なくなる」
(……脅し、だわ)
「ルシアンの絆か。……良いだろう。その絆が、どれほど脆いものか、試してやろう」
************
新たな火種
「何を、するつもり?」
「俺は、何もしないさ。俺は、ただ『きっかけ』を与えるだけだ」
悪魔王は、楽しそうに笑う。
「エリアーナ。貴様は、アランとイザベラの『絆』を、まだ侮っている」
「……どういう意味?」
「アランは、貴様に三度も敗北した。イザベラは、貴様に『聖女』の座を奪われかけている」
「……」
「追い詰められたネズミは、何をする?」
悪魔王は、私の耳元で、決定的な言葉を囁いた。
「……『子供』だよ、エリアーナ」
「……え?」
「女が、男を繋ぎ止める、最強の切り札だ。……アランとイザベラが、もし『子』を成したら?」
私は、息を呑んだ。
(……懐妊)
(そうだ、1周目、イザベラは私を陥れた後、アランの子を……いや、違う。あの時は……)
「おっと。未来を知りすぎている貴様には、これ以上の『助言』は不要か」
悪魔王は、私の動揺を見抜き、満足そうに微笑んだ。
「せいぜい、ルシアンとの『平穏』を守るがいい。……守れるものならな」
その言葉を残し、悪魔王は闇に溶けるように消えた。
私は、一人、寝室で震えていた。
(イザベラが、懐妊……?)
(もし、そうなれば、アランは、その『世継ぎ』を守るために、何でもする)
(ルシアン(政敵)と、私(裏切り者)を、本気で殺しに来る)
悪魔王の言葉は、私の心の平穏をかき乱し、ルシアンへの淡い感情を、再び「憎悪」と「恐怖」で塗りつぶしていった。
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