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3章 夏:再会篇
7 望まぬ再会
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まりなはすっかりご機嫌で、おばあのお稲荷を引き寄せる。
赤いお重にぎっしりつまった茶色の油揚げがテカテカ光っていた。
つられて、ゆきもひとつに手を伸ばす。
口に入れると、シャキシャキとした触感と同時に甘みが広がった。
断面を見てみると、しりしりになっているキュウリとゴマが見える。
歯ざわりはキュウリのおかげのようだった。
「すごいおいしい」
ゆきはほうっとため息をつく。
美味しいものを食べるだけで幸せだった。
「たしかにまあまあね」
まりなが相槌をうつ。
まあまあ、というのは美味しいということなのだろう。
基本的に褒めないまりながおかしかった。
ゆきが無表情ながら、内心ニコニコまりなを見ていると、正が近づいてきた。
「仲直りは完璧にすんだみたいだな」
ほら、とお茶を渡してくれる。
人の世話をするのに慣れているのは相変わらずだった。
ゆきがお礼を言って受け取っていると、まりながうなりだした。
「なんか忘れている気がするんだよね。ねえ、美咲ちゃん、私なんか言ってなかった?」
「いや知らないわよ。あんたわざと言わないことのほうが多いんだから」
「なーに? まりな、わざとなんてしたことないもん。美咲ちゃんったら、感じ悪い」
「いや、あんた、割とあるわよ? この前だって、あやうくグループデートに参加させられそうになって、私が彼氏いるから帰るっていったら空気最悪だったじゃないのよ」
(なんてことをするの、まりなちゃん……)
ちらりと大樹の方を見れば、案の定、眉をひくひくさせている。
大樹が苛立っているときの仕草だと、美咲が言っていたのを思い出す。
(うわあ。怒ってる怒ってる。これ、美咲ちゃん、早めに強制連行のパターンじゃないかな)
本当はこの後、みんなで近くのショッピングセンターに連れて行ってもらうはずだった。
でもその予定はなくなりそうだ。
おろおろ見ていると、まりなはわざと大樹を意地悪そうに見た。
美咲が大好きなまりなにとって、大樹はあくまでライバルのような立ち位置らしい。
「美咲ちゃんにはこんなおじさんじゃなくて、もっと合う人がいるのにもったいな~い」
「ちょっと、まりないい加減にしなさいよね」
「だって、大樹さん、銭湯の話か銭湯で出す新作のメニューの話しかしなくてつまんないんだもーん」
美咲が困ったような顔をする。
確かに、大樹の会話の9割が銭湯のことで、残り1割が美咲のことなのだ。
彼女の美咲としては、もう少し自分に構ってほしいという気持ちがあるらしい。
この前女子トークで言っていたので、これもまりな流のおせっかいなのかもしれない。
(わかりづらいけど、いい子なんだよね)
言葉には悪意があるのに、まりなの気持ちには悪意がない。
こう見えて姉御肌で、面倒見もよいのだ。
美咲には甘えたがることが多いけれど、まりななりのエールで美咲の恋を応援しているのがほほえましかった。
これには大樹も苦笑して、応じる。
「わかった、善処するよ。美咲ちゃんに嫌われたくないからさ」
目を見て言われ、美咲が顔を真っ赤にしている。
とてもかわいらしいカップルの様子に、しかし、煽ったまりなはケッと舌打ちした。
女子力の高いまりならしくない様子に、ゆきはささやいた。
「……お行儀悪いよ?」
たしなめると、まりながふんと鼻をならす。
「これだから田舎の男は嫌なのよね。もう少し、スマートに女の子を喜ばせられないわけ?」
そう言いながらも、美咲が笑っているのがいちばんなのだろう。
まりなはほんの少しだけ悔しそうに、誇らしそうに笑った。
正が頃合いを見て、話に割って入ってくる。
「じゃあ、そろそろショッピングセンターに移動しようか。俺はおばあをいったん家におろしてから向かうから、先に大樹の車で行っててくれ」
おばあは今から家に帰って畑仕事をするらしい。
一緒に行けたらよかったのに。
残念だけれど、何かお土産を買って驚かせようと、ゆきは内心であれこれ思いをめぐらせる。
車までおばあを送っていきたい。
正につづこうとすると、まりなが突然叫んだ。
「あちゃー。忘れてたわ! ゆきちゃん、さすがに、ごめんね?」
まりなが拝むように手を合わせている。
ゆきは面食らった。
美咲まで目を丸くしている。
まりなは言いにくそうにしながら、あっちあっちと指をさす。
その方向を見ると、こちらに向かってくる人影があることに気がついた。
まりなの父がまず見える。
でっぷりした腹をゆらしながら、歩いてくる。
久しぶりに見たが、前よりも太ったような貫禄があった。
その大きな体の後ろを何気なく見て、ゆきは絶句した。
「……うそ」
ゆきは、後ずさる。
もう、距離は5メートルもないのに。
それ以上動くこともできず、ただ、近づいてくる彼を見つめ続けた。
口をはくはくさせて、言葉にならないうめきを上げる。
そんなゆきの様子など気にした様子もなく、彼は目の前で立ち止まった。
(なんで、いるの?)
めまいがして倒れそうだった。
驚くゆきを見て、ゆっくりと彼の口元がつりあがる。
「ゆき、久しぶりだね」
ゆきは何も応えらなかった。
ーーそこには、幼馴染の松下優がいた。
ゆきの気持ちなど構うことなど知らぬように、ゆきのこたえを待っている。
赤いお重にぎっしりつまった茶色の油揚げがテカテカ光っていた。
つられて、ゆきもひとつに手を伸ばす。
口に入れると、シャキシャキとした触感と同時に甘みが広がった。
断面を見てみると、しりしりになっているキュウリとゴマが見える。
歯ざわりはキュウリのおかげのようだった。
「すごいおいしい」
ゆきはほうっとため息をつく。
美味しいものを食べるだけで幸せだった。
「たしかにまあまあね」
まりなが相槌をうつ。
まあまあ、というのは美味しいということなのだろう。
基本的に褒めないまりながおかしかった。
ゆきが無表情ながら、内心ニコニコまりなを見ていると、正が近づいてきた。
「仲直りは完璧にすんだみたいだな」
ほら、とお茶を渡してくれる。
人の世話をするのに慣れているのは相変わらずだった。
ゆきがお礼を言って受け取っていると、まりながうなりだした。
「なんか忘れている気がするんだよね。ねえ、美咲ちゃん、私なんか言ってなかった?」
「いや知らないわよ。あんたわざと言わないことのほうが多いんだから」
「なーに? まりな、わざとなんてしたことないもん。美咲ちゃんったら、感じ悪い」
「いや、あんた、割とあるわよ? この前だって、あやうくグループデートに参加させられそうになって、私が彼氏いるから帰るっていったら空気最悪だったじゃないのよ」
(なんてことをするの、まりなちゃん……)
ちらりと大樹の方を見れば、案の定、眉をひくひくさせている。
大樹が苛立っているときの仕草だと、美咲が言っていたのを思い出す。
(うわあ。怒ってる怒ってる。これ、美咲ちゃん、早めに強制連行のパターンじゃないかな)
本当はこの後、みんなで近くのショッピングセンターに連れて行ってもらうはずだった。
でもその予定はなくなりそうだ。
おろおろ見ていると、まりなはわざと大樹を意地悪そうに見た。
美咲が大好きなまりなにとって、大樹はあくまでライバルのような立ち位置らしい。
「美咲ちゃんにはこんなおじさんじゃなくて、もっと合う人がいるのにもったいな~い」
「ちょっと、まりないい加減にしなさいよね」
「だって、大樹さん、銭湯の話か銭湯で出す新作のメニューの話しかしなくてつまんないんだもーん」
美咲が困ったような顔をする。
確かに、大樹の会話の9割が銭湯のことで、残り1割が美咲のことなのだ。
彼女の美咲としては、もう少し自分に構ってほしいという気持ちがあるらしい。
この前女子トークで言っていたので、これもまりな流のおせっかいなのかもしれない。
(わかりづらいけど、いい子なんだよね)
言葉には悪意があるのに、まりなの気持ちには悪意がない。
こう見えて姉御肌で、面倒見もよいのだ。
美咲には甘えたがることが多いけれど、まりななりのエールで美咲の恋を応援しているのがほほえましかった。
これには大樹も苦笑して、応じる。
「わかった、善処するよ。美咲ちゃんに嫌われたくないからさ」
目を見て言われ、美咲が顔を真っ赤にしている。
とてもかわいらしいカップルの様子に、しかし、煽ったまりなはケッと舌打ちした。
女子力の高いまりならしくない様子に、ゆきはささやいた。
「……お行儀悪いよ?」
たしなめると、まりながふんと鼻をならす。
「これだから田舎の男は嫌なのよね。もう少し、スマートに女の子を喜ばせられないわけ?」
そう言いながらも、美咲が笑っているのがいちばんなのだろう。
まりなはほんの少しだけ悔しそうに、誇らしそうに笑った。
正が頃合いを見て、話に割って入ってくる。
「じゃあ、そろそろショッピングセンターに移動しようか。俺はおばあをいったん家におろしてから向かうから、先に大樹の車で行っててくれ」
おばあは今から家に帰って畑仕事をするらしい。
一緒に行けたらよかったのに。
残念だけれど、何かお土産を買って驚かせようと、ゆきは内心であれこれ思いをめぐらせる。
車までおばあを送っていきたい。
正につづこうとすると、まりなが突然叫んだ。
「あちゃー。忘れてたわ! ゆきちゃん、さすがに、ごめんね?」
まりなが拝むように手を合わせている。
ゆきは面食らった。
美咲まで目を丸くしている。
まりなは言いにくそうにしながら、あっちあっちと指をさす。
その方向を見ると、こちらに向かってくる人影があることに気がついた。
まりなの父がまず見える。
でっぷりした腹をゆらしながら、歩いてくる。
久しぶりに見たが、前よりも太ったような貫禄があった。
その大きな体の後ろを何気なく見て、ゆきは絶句した。
「……うそ」
ゆきは、後ずさる。
もう、距離は5メートルもないのに。
それ以上動くこともできず、ただ、近づいてくる彼を見つめ続けた。
口をはくはくさせて、言葉にならないうめきを上げる。
そんなゆきの様子など気にした様子もなく、彼は目の前で立ち止まった。
(なんで、いるの?)
めまいがして倒れそうだった。
驚くゆきを見て、ゆっくりと彼の口元がつりあがる。
「ゆき、久しぶりだね」
ゆきは何も応えらなかった。
ーーそこには、幼馴染の松下優がいた。
ゆきの気持ちなど構うことなど知らぬように、ゆきのこたえを待っている。
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