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本編
32 追及
「聖者様!心配しておりましたの、体調はいかがですか?」
開口一番、教室じゅうに聞かせるような、高く大きな声だった。まるで心から心配をしているかのようなエカテリーナ様に、周囲は『なんてお優しい』と感動さえしている。
「ご心配をおかけしました。見ての通り、いつも通りです」
「まぁ!そんなはずはありません。だってヒートという……何でしたかしら、そういうものになったんですよね?」
大声でそんなことを言わないで欲しい。思いっきりマナー違反。『生理終わった?』と言われるようなもので、心配してのことだとしても気まず過ぎる。
ただ、侯爵令嬢にそんなことは言わないし言えないよねぇ。僕は曖昧な微笑みを浮かべて、誤魔化そうとした。
「詳しくはお話できませんが、本当に大丈夫です。それにもう過ぎたことですので」
「そうでしょうか?お可哀想に、婚約者の……オーランド様に、悪戯をされたのでしたっけ?本当に、大変でしたね」
僕は困ってしまって口籠る。悪戯、なんて可愛らしい。そんなものではなかったのに。
見かねたのか、アレキウス様が割って入ってくれた。
「エカテリーナ。君、そういう話題は大っぴらにはしてはいけないと、習わなかったか?言われたロローツィアの方が恥じらってかわ……赤くなってしまっているじゃないか」
「いけない、わたくしったら!天然でごめんなさい!」
両手で頬をちょんと抑えて、エカテリーナ様は可愛らしく謝った。多分、アレキウス様に。そして、僕の方をちらちら睨みつけながら、ぼそぼそと話す。
「ですが、気にかかることがございまして。ヒートを鎮めるのには、アルファの力が必要なのでしょう?聖者様は、どなたのお力をお借りしたのか……だって、婚約者のオーランド様は違いますもの」
「どうしてそう思ったんだ?」
「オーランド様のお姿はお見かけしていましたから。それに対して、グレイリヒト様は……聖者様の、甘い匂いが香っていた気がいたしました」
ギクッ。
それは、その、僕の飛び飛びの記憶を掘り起こすような言葉。本当に何をされたのかよく覚えてないけれど、グレイの力を借りたというのは本当で、きっと誰にも言えないこと。
「ヒートの状態でグレイリヒト様に近付いたのでしょうか?それって、」
「それは、エカテリーナに関係ない。好奇心を満たしたいだけで、そのためにロローツィアを辱めるなんて、ひどいことを言う」
「あら、心外ですわ。この学園の誰しもが知りたがっていることを、わたくしが代表して聞いただけのこと。ハァ……わたくし自体は、聖者様が、どなたと、どこでナニをしていても、構わないのですが」
エカテリーナ様はぐるりと教室を見渡した。しんと静まった教室は、誰もが息を殺し動きを止めていた。賛同するも、否定をしても、どちらにしろ目をつけられると分かっているからだ。
ぱんぱん、と場を仕切り直すようにアレキウス様が手を叩いた。
「我々の国に欠かせない聖者、ロローツィアが元気に登校してきた。それが全てだ。彼のプライベートまで公開する必要はない。皆も良く心得ておくように」
アレキウス様のおかげで、エカテリーナ様からの気まずい追及を逃れられた。やっぱり頼れるお人だ。
しかし先程のやり取りで、クラスメイトたちは僕の“ふしだら”疑惑を濃くしたみたい。警戒したアレキウス様が、僕の隣、それもとても近い距離に座ってくれている。アクアリング王国の歴史についての講義が始まると、カリカリと万年筆の紙を擦る音と、教師の間延びした声だけが教室に満ちた。
「……っ」
不意に、アレキウス様が僕の腰を引き寄せた。びっくりして見上げると、にこ、と悪戯っ子のように笑顔を返されて目を瞬かせた。な、何だろう?襲撃?
しかしその状態で、器用にノートを取っている。実に普通に集中していて、ドギマギしているのは僕だけなのだろうか。
綺麗な横顔をちらちらと盗み見をした。どうして、こんなに至近距離にいるのだろう?アレキウス様からアルファの、ベルガモットのような香りを感じて、バッと顔が熱くなる。そっか、僕、もう感じ取れるようになったのか。
パタパタと顔を仰ぎ、熱を逃がし、意識しまいとすればするほど、密着した腰や腕が気になって仕方がない。
「ふぅ……」
「ロローツィア。少し、フェロモン出てるよ、抑えて」
アレキウス様に耳元で囁かれた!耳の産毛がぶわりと逆立つほどにゾクッとして、更に顔の紅潮を自覚する。
「大丈夫。まだ私にしか分からないくらいだから。息、吸って、吐いて、」
「すう、はあ……すう……ハァ……」
「ふ。可愛いね、ロローツィア。うん、上手くできてる」
アレキウス様は僕にくっついたままそう呟くと、また講義に集中し始める。一方、そんなことを言われた僕はもう、頭の中がしっちゃかめっちゃか。
アレキウス様、落ち着かせたいのか混乱させたいのかどっちかにして……!
授業終わりに、アレキウス様はこっそりと囁いた。
「ごめんね。隣の野郎がロローツィアを狙って手を伸ばしていたから」
「えっ……ああ、あの、ありがとうございます!助かりました」
「いいえ」
アレキウス様は僕を守ってくれただけのようだ。お優しいなぁ。どぎまぎして全然気付けなかった僕は、なんてお間抜けなんだろう。
次の講義のために移動をする。両脇をアレキウス様とショーン様に囲まれているためか、誰も僕に手出しできない模様。ただ、不躾な視線、好奇な視線、それから恨みがましい視線、と、注目の的で居心地悪い。
「気にするなよロロ!今頃グレイリヒトが話題作りを頑張っているからな」
ショーン様がニカッ、と親指を立てて笑った。話題作り?
「グレイリヒトはあの顔だからな!屈んだり伸びたりしただけでご令嬢が騒ぐ」
「しょうもないが、これが事実なんだから凄い」
「そうなんですか?それはまた……難儀ですね」
一挙手一投足を見られているというのは息が詰まりそうだ。それでも、グレイがもしかして僕のために頑張っていると考えると、むずがゆいような気持ちになった。
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