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番外編 元の国では
しおりを挟む「ははっ……!実に気分が良い!」
クリスティアンは高らかに笑った。
隣には愛しい令嬢マリアナを抱き、その肌の柔らかさを楽しむ。
生まれた時から、全てはこの手中にあった。
権力、地位、美貌、才能、婚約者。
(※才能は高いと太鼓持ちから言われていただけ)
その中でも、婚約者は有能だった――が、少々、有能すぎた。
それは、クリスティアンを苛立たせた。
少し勉学をサボれば注意をされ、少し街へ繰り出せば王族の自覚を説き、少し大股で歩いただけで目を細めて――。
いつしか、その顔を見ると『また何をやっているんですか』という幻聴まで聞こえるようになった。実際、アリスの顔にはそう書いてあった。
では奴はどうだ――憎いことに、奴は弱みを見せなかった。
完璧な仮面を被り、完璧に執務を熟す。学業も魔術も剣術も、誰よりも先を行っている。
魔力量も高ければ、その容姿も秀でており、隣国皇子がうっとりと微笑みかけているのを見たこともある。
気がしれない。
あんな、硬い男の体に欲情するなど。
クリスティアンの実母、王妃は女だ。だからだろうか、やはり女体が好ましいと思う。
学園へ通いマリアナと恋に落ち、初めてその身体を味わった時、やはり、自分の隣には可愛らしい女性がいるべきだと強く感じた。
(※クリスティアンの母親も元男爵令嬢。先代王妃は早逝しており、先代王は息子である現王を嗜めてはいたものの息子可愛さに婚姻を許可した。孫の婚約者にしっかりしたアリスを指名してホッと安心し、妻の元へ旅立っている)
だから、潰した。
奴の行く孤児院に出向いては、『あれは人気取りだ』と高級菓子を渡し。
奴の支援する策はクリスティアンの名前に替えて。
奴が孤立するよう笑顔を振りまく。
マリアナと共に誘導すれば、簡単だった。
爽快だった。あの鬱陶しい婚約者を蹴落とせたのは。
本当は晒し首にして三日三晩公衆に辱めさせようと思ったが、そこまでの罪状ではないことと、地方に行くほどアリスの人気が高く、そちらまで根回しするのは距離的に困難だった。
『そんなことをすれば暴動が起きます』などと言われれば。
だから、国外追放で我慢した。あの顔を二度と見ることがないように。
国内に止めれば誰かが助けてしまうかもしれない。念には念を入れて、森の中へ入って行くまで確認させた。
最高の気分だった。あの『何でも出来ます』という顔をしたアリスを、無様にも追い出せたのだ。
「殿下。マリアナ様の教育係が、各教科三人は交代したのですが、いかがなさいましょう」
「はっ?王太子妃教育の、か?相性が悪いのか?」
「わたくし共もそう思い色々と替えてみたのですが、どうも折り合いが悪いようでして」
「タニストリア侯爵夫人は?確か、奴を教育していた……」
「既に断られています」
何だと。アリスを教育していたタニストリア侯爵夫人に、断られている、だと?
あの夫人は厳しいが、隙なく、誰にも文句を言わせない程みっちりと教育してくれると評判である。
公爵家の教育も施している程有名な御仁。
「何故だ?」
「それが……『王家には最高傑作を否定されたので、私の教育は不必要と判断致しました』と」
「な……」
言葉を失う。それは、当てこすりか?アリスと夫人は無関係だろう?
衝撃に戸惑うクリスティアンに、侍従はさらに報告する。
「また、侍女への暴言、暴力も酷いです。入れ替わりで10名は王城を去りました。そのどれもが優秀で知られていた令嬢ばかりです。怪我をされた方はこれまではあの……元ご婚約者様が無償でやっておりましたが、今は派遣の治癒士で、彼らに払う治癒代が嵩んでおります。近頃はフォークで顔を刺された者もいて……」
「はあっ?!一体、何の話だ?!」
「ですから、マリアナ嬢の……」
「マリアナは虫も殺せない、か弱い令嬢だぞ?!誰かと間違えているんじゃないか?!」
「あの目立つピンク色の髪と、ペンキみたいな空色の瞳は間違えようもありませんが」
ぐっ、と口を噤む。侍従の表現力は最低だが、マリアナが目立つことは間違いないことだ。
「さらに、講義の時間もお構いなしに次々と商人を呼びつけお買い物を楽しんでおられます。必然的に、もうご婚約者様用に当てられた予算の三倍分は消費してしまっており、全て殿下の私費から補填しております」
「なっ?!嘘だろう?!」
それはマリアナか?ああ、そのくだりはさっきやったのだった。
彼女は、『わたしはクリスさまと一緒にいられたら……それだけでいいんです』と言っていたんだ。そんな、アリスでも使い切れない予算を三倍も使うわけがない!
(※アリスは質の良い衣服や肌には金をかけていたものの、経費で落とせるものが多く予算は余っていた)
「それから、ア……、元ご婚約者様のこなしていた執務が滞っておりますが、いつ手をつけられますでしょうか?王妃様からも問い合わせが」
「母上が?何故だ?」
きょとんとするクリスティアンに、侍従は怪訝な目つきをした。
「……王妃様のご公務も、お任せされておりましたでしょう?ご存知だと思いますが……」
「それは母上に持っていってくれ。まだマリアナには無理そうだからな」
「……畏まりました。それから、」
「まだあるのか?!」
「これが最重要事項かと。王都の結界石への魔力の奉納ですが、次は一ヶ月後となっております。王都の結界師は少ないため、地方から呼び寄せなければなりませんが」
「はぁぁっ?!何だそれは!父上の采配だろう!」
侍従はもう、遠慮なく顎を引いて『コイツやべぇな』という顔をした。
重いため息を吐きながら、何故こんな説明をしなければならないのかと白目を剥きそうだった。
「元ご婚約者が担ってから、殿下にそのとりまとめが移ったのは覚えていらっしゃいますか?まぁ、結局あの方がやっていましたが、それまでは地方から結界師の団体を呼び寄せていました。行程を確定しその旅費と依頼料も予算から繰り出さないといけません」
「そ……そんなものは父上に持っていけ!もう婚約者は代わったんだ!」
「……いいのですか?」
「何を言っている!早くしろっ!」
侍従は「畏まりました」と言って立ち去った。陛下に任された執務をお返しすると言うことは、「力不足だった」ということに他ならない。それに気付いているのかどうか、侍従は分からなかった。
分かったのはこれだけ。
(……早く辞めよ……)
マリアナは最高の気分だった。平民から始まり、男爵令嬢へと引き取られ、色々と頑張った結果、次期王太子妃という地位にまで駆け上った。
高笑いが止まらない。
(人のお金で好きなだけお買い物!最ッッ高~!)
クリスティアンはチョロかった。純粋培養された王子様は、ちょっと経験豊富で可愛らしさと賢さの同居した自分にかかればほんの一捻りだった。
(前世でも取っ替え引っ替えしていたのよね。友達の彼氏は根こそぎ奪ったし、特に親友の彼氏とか寝とった時のあの子の表情とか、最高だったわ~)
そのせいで30代前半で、恨まれた女たちによって借金漬けにされ、風俗店で働き、薬中毒になって死んだ。
今度はもう失敗しないと誓い、結果、ここにいる。人生イージー過ぎる。
「あっ……」
給餌していたメイドが、ほんの少しだけ茶を溢した。手の震えが激しすぎることによる些細なミス。溢れたのもカップのソーサーに、少しだけ。しかし、マリアナは見逃さない。
「何してるの?本当に王城の、しかも王太子妃になる高貴なわたしに仕える資格、ある?ウソでしょう?こんなありえないミスをするなんて!」
「ひっ!も、申し訳ありません!お許しを……!」
すぐさま地べたに這いつくばって赦しを乞うメイドに、マリアナは少し気分が良くなる。
けれど、いけない。
ここで許しては、『何をやっても許される』と勘違いされてしまうからだ。
「全く、仕方ないわね。わたしも好きでやってる訳じゃないの、貴女のためなのよ?」
マリアナは嫌らしく笑うと、頭を下げたままのメイドの頭に、ソーサーごとカップを叩きつけた。
ガシャンッ!!
「……あー、もう、いいわ。汚いから、掃除して。」
マリアナが去った後、頭から血を流したメイドは医務室に運び込まれ、そして、彼女は二度と王城に姿を現すことはなかった。
王家の支出は膨れ上がり、それを補填する為に民からの徴税を重くする。収入源を増やす為に有効な策を出すアリスはいない。
アリスの策定した事業は指揮者を失い頓挫した。最後まで進めれば国益となっていたものが、中途半端に手をつけているために赤字となっていた。
そして、国民の人気取りのためだけに炊き出しをするものの、比例するように徴税の額は増えて行く。
有能なものから先に国外へ脱出した。
商人も、これだけ景気が悪い中売れないのなら当然、行路を断つ。
物流は滞り、物価は跳ね上がり、平民はほぼ貧民と同義。貴族ですら困窮を極め、爵位を放り出して亡命するものが相次いだ。
学園卒業から二年経ち、正式に婚姻を交わしてもマリアナは王太子妃教育の『さわり』の部分すら終えられず、日に日に豪遊が目立つ。
流石のクリスティアンも、側近と肌を重ねるマリアナを目撃して目が覚めた。
「マリアナ……?」
「あんっあんっ、ああっ!イくわ!ああんっ……!ケニアン……っ、そこっ!もっと!」
目の前には、愛しているが最近姿を見せない女が善がり狂っていた。それも、騎士団長令息で、自身の側近であるケニアンの上で、淫らに腰を揺らして。
「ああ――――――んっ!…………はぁ、えっ?!クリス?!」
ひとイキして気付いたらしい、マリアナは顔を真っ赤にして睨みつけるクリスティアンに、慌ててシーツを巻き付け身体を隠す。
クリスティアンの何度も愛した身体。それは、兄弟とも思っていた側近と共有していたのだ。
激昂し何も考えられなくなったクリスティアンは、そばにあった何かの置物を手に取り、マリアナの顔面に突き刺した。何度も、何度も。
「ぎゃっ、や、やめ!なんっ、ぐ、」
「で、で、殿下!おやめ下さい!」
姦淫していたのが、ケニアンでよかったのか、悪かったのか。
引き離されたマリアナの命に別状はなかった。ただ、顔がぐちゃぐちゃに潰されただけで。
治癒士の力を持ってしても治らなかった。傷口が綺麗な断面なら後は残さず治せても、こう何度も力が加えられてしまうと、傷口を防ぎ血の消費を抑えるだけで手一杯だ。
王太子妃の顔面は常に黒いベールで隠されることとなった。クリスティアンはもう、マリアナに欲情することはなくなった。
姦淫罪の判明した側近らは解雇され、城から追い出された。
マリアナの相手は居なくなったのだが、反比例するようにマリアナは男を求めるようになり、最終的に、王城の地下で年齢を問わず男を当てがわれた。
『美男じゃなきゃ嫌だ』とのたまうマリアナの意見など黙殺され、少しでも王家の金を増やすための娼婦となった。
どうしてこうなった、と頭を抱える間にも、王国からの人員の流出が止まらない。
結界石は役割を果たせず魔物を容易に街へ侵入させる。
命を脅かされた国民は全ての財産を持てるだけ持って隣国各地へと逃げていった。
城にはもう、逃げることもできない老ぼれの使用人と、玉座にしがみついた王族しか残っていない。
食べられるものも僅かで、空いた家屋を漁って見つけたなけなしの、腐りかけの食べ物しかなかった。
だから、クリスティアンは歓喜した。
隣国から兵が押し寄せてきたのだ。
簡単に、それはもう、赤子の手を捻るどころではない。
自ら門を開け放つほどにその侵略を、待ち望んでしまっていた。
「……そなたが、クリスティアンか。」
「…………はい。」
隣国の、かつての婚約者に見惚れていた同年代の皇子。
この王城を占拠し、国としても完全に吸収すると言う。
もう、好きにしてくれ。食べ物が、欲しい。お腹が空いたのだ。
「アリスから聞いているよ。昔、大変世話になったようだな。」
「……!」
何故?何故あいつが皇子と……?森で死んだはず……。
クリスティアンの頭はもう、ほとんど働かなかった。
見知った自身の城にある牢に親と共に押し込められ、最期の慈悲だろう、柔らかいパンを食べて涙した翌日、王家の血は途絶えたのだった。
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