【完結】疲れ果てた水の巫子、隣国王子のエモノになる

カシナシ

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本編

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――ルルーガレス国王陛下からの手紙に、ディルク殿下との再婚約を打診する文言があった。

今更過ぎて白目を剥きそうになるくらい、『無』しかない。

もう、僕の胸の中のディルク殿下への熱は燃え尽き、灰になり、地に帰っている。
更にクライヴ様からの愛で新芽がぴょこんと出てきたところの、ただの養分、でしかない。


僕は無心で返事を書いた。
クライヴ様と婚約を結び、幸せだと。

さらにダメ押しで、婚約期間中堂々と不貞を働かれたり、暴力を振るわれた証拠をありったけ同封して。
陛下の文面も『無理だろうが』という前置きがあったので、これですっきりきっぱり諦めてくださると思う。








邪魔をされる可能性が万に一つでもあるのなら、お互いの信頼を高めておいた方が良い。

そう、クライヴ様に言われ、僕たちの絆を深めるべく、まずはデートに行くことになった。


『友人ではなく、恋人として』。
そう耳元で囁かれた時の、僕の動揺っぷりは、いっそ滑稽だったろう。









「シュリエル、君はどこか行きたいところはあるか?次の休日は二人で出かけよう」

「わ……嬉しいです!その、行きたいところはあるのですが、クライヴ様に申し上げるのは心苦しくて……」

「心苦しい?言ってみろ」

「えっと、その、っ、俗っぽいところに行きたいです!」


キョトン顔のクライヴ様。珍しい表情だ。可愛い、かもしれない。

僕が主にいるところ。
教会や孤児院、あとは学園、王城。
それから、クライヴ様やジタリヤ様と行く、貴族街にある、きちんとしたカフェ。

そうではない、こう、平民の行くような食事処とか、市場とか、ガヤガヤしている喧騒を見たい。人々の生き生きしている所が見てみたかったのだ。









クライヴ様は真剣に悩んだ後、僕のリクエストに忠実に応えてくれた。

連れられて赴いたのは、冒険者ギルド。思いの外石造りでしっかりした、大きくて、しかも華やかな印象だ。

皆平民だから、僕たちも変装している。お互い茶髪に色を変え、名前も、クライヴ様はミドルネームの『ルイ』、僕は『エル』という事になった。
何だかもう、それだけで楽しい。


「ここは王都の冒険者ギルドだから、他の街のものよりも大きく作られている方だ。俺は登録もここでしているし、何回か来たことはある」

「そうなのですね!羨ましい……!」

「そうか……?中に入ったら、俺から離れるなよ」

「はい!」


クライヴ様が手を差し出してくださる。
おずおずと手を握り、その体温や硬い手のひらを感じると途端に恥ずかしくなってしまうのだが、容赦なく前へ進まれる。

キィィィィ……

ベルが無くとも人の出入りが分かるようになっているみたい。扉の軋む音と共に中へ入ると、シン……と静まった。
あれ?さっきまでの喧騒が無くなってしまった。

ここってこう、もっと生き生きしたところだと聞いていたのだけど。


「エル。顔を隠しておくべきだったか……」

「えっ?ルイ様ではないのですか?」

「俺だって覚えられるほど来ていない」


手を繋いで入ってくる僕たちはよほど異質だったみたいで、筋肉質で大柄な、冒険者らしき人たちが凝視しながら固まっている。

なんだろ。クライヴ様は変装したって威圧感があるということかな。流石だ。


正面にカウンターがあって、お姉さん達が並んでいる。その横には掲示板が立てかけてあり、逆側には食堂。それも、椅子は無く、高めの机だけ。

僕たちはそこへ行く。僕の顔くらい大きいジョッキを持った人たちがたくさんいた。


「酒を飲むところなんだが、あいにく俺もこっちは初めてだ。何か、串に刺したものがよく食べられていたと思う」

「それは楽しみです。あの……飲み物は何かありますか?」


定員らしきお姉さんに声をかけると、アゴで壁の方を示された。あっ、あんなところにメニューが。

その雑な接客も、新鮮である。
わくわくしながら果汁水を二つ、串焼きを四つほど頼むと、クライヴ様が素早く会計をして下さった。


「よお、兄ちゃんたち、ここは初めてか?」

「……ああ」

「そんな甘いのを頼むようなお子様が良く来れたなぁ。ほら、メニューもほとんど酒ばっかだろう。オススメしねぇよ。特にその、小綺麗な美人には似合わねぇ」


そのでっかい大胸筋の男性は、ここの常連なのだろう。さっき僕の見ていたジョッキを持ってこちらにやってくる。
クライヴ様は少し顔を顰めておられたが、僕はにっこり笑って歓迎した。優しそうな人だ。


「でも、結構人も入っているようですし、おつまみも美味しそうです。なにかおすすめはありますか?」

「……こりゃあ……いいな。よし、おっちゃんが頼んでやる。少しもらうがいいだろ?」

「あ、待ってください。僕、少食なので、一種類だけにして下さいね」


そのおっちゃんは気合を入れて頼もうとしたので、僕はちゃんと釘を刺す。別に少食ではないけれど、この後は甘いものも食べに行きたいから、お腹をいっぱいにしてはいけないのだ。


「チッ、まあいい。あんたの顔があれば酒も進むってもんよ」

「あ、お姉さん!こちらもお願いします!……何か言いました?すみません」


おっちゃんが言うには、このように椅子のないお店を、立ち飲み屋と言うらしい。客は段々と足が疲れてくるから回転率がいいとかなんとか。

おっちゃんのおすすめはカリカリに干したお肉だった。硬くて歯応えがあるそれを、口で噛みちぎって、口の中でモグモグしているうちにじわじわと味が広がる。


「んっ、確かに、濃いめの味付けで、長く楽しめますね。保存食に良さそうです。んっ、少し、顎は、疲れますけど」

「あんた食べてる姿もかわいーなぁ……どうだ、このあとひとば」

「貴様、そこまでにしておけ。彼は俺の伴侶となる人だ。許せる訳ないだろう」

「チッ……」


僕がもぐもぐするのに忙しい間に、おっちゃんは少し顔を顰めた後、その干し肉の大半を食べて去って行った。陽気な人だった。


「美味しかったですね、ルイ様!これ、たくさん買って、カバンに入れておきます。いざという時に使えるかもしれません。お姉さん!これを……」

「君は本当にのんびりしているな……それも可愛いが」


クライヴ様の見様見真似で会計もさせてもらう。お姉さんを少しイラつかせてしまっているのに焦って、クライヴ様のお言葉は聞き逃してしまった。

冒険者ギルドに来る人を、その席で観察しながらクライヴ様と話すのは存外楽しかった。


「あの人は魔術師だろう。その後ろが剣士、だが、盾役もやりそうな体格だな」

「わわ、あの女性の鎧は、防御力、低そうです」

「あれはビキニアーマーと言って、隠れていない部分も防御される魔術陣が組み込まれているんだ。魔力視を使うと、露出している部分もガッチリと防護されているのがわかる」

「すごい!ああ、それならば鉄部分が少ないから、軽くて身動きもしやすいのですね。高級な装備ということですか」

「そうだな。新人ではまず得られまい」


そんな他愛のない会話を楽しんだ後は、人気の屋台で甘いクレープを買い、恐れ多くも、道を歩きながら食べている。

右手はクライヴ様と手を繋いだまま、左手に持ったクレープを、歩きながら食べる。

慣れていないので少し、難しい。

道に何かあって転んではいけないし、クライヴ様から離れてもいけない。そのため、おざなりとなったクレープの生クリームが、鼻についたり口端についたりしてしまう。

それを、クライヴ様はクスリと笑いながら、掬い取って、舐めてしまわれるのだ。


「る、ルイ様……、すみません、食べ方がなっておらず……!」

「いいや。むしろ、直接舐めとってやりたいくらいだが」


直接!?鼻とか、口に!?
その光景を一瞬想像しそうになり、慌てて取り消す。顔が熱い。


「ああ、本当に可愛い。俺の……エル。」


僕の頭を引き寄せたと思えば……ちゅっ、と、額に柔らかな感触。


「あっ……」

「いずれは、ここに、な」


見上げれば、悪い顔をしたクライヴ様。
ふにふにと唇を指で押されて、一拍置いたのち、僕はその意味に気付いて、おろおろと目を逸らすのだった。







最後に行ったのは、宝飾店。

ガードマンが立っているような高級店。ええと、ちょっと、待って。つい先日婚約したばかりで?


「ルイ様、あの、ここは……」

「婚約した記念に、何かエルを飾るものが欲しいんだ。……付き合ってくれないか」

「はい!……あっ」


しまった。美形に騙されて了承してしまった!

クライヴ様も信用のおける商人らしく、奥の部屋に通されて、飲み物や、小さなクッキーなんかも出てくる。
ひええ、こんな所は、来たことがない。


「今回は彼の普段使いに使える、邪魔にならないものを買いたいのだが」

「そうでございますか。であれば、石を選定してから、デザイナーを呼んできましょうか。」

「あっ、あの……!ルイ様!」

「どうした、エル。何か希望が?」

「はい、あの……、できれば、ルイ様と、お揃いのものが、欲しい、と……っ」


ぎゅううっ!
突然抱きすくめられ、固まる。僕だけじゃない、商人のおじさまも固まっている!


「……ンンッ、はぁ、あまりに可愛くて意識が飛びかけた。分かるか。この可愛さが。店主、揃いのものを作ることにする」

「ええ、ええ!それが大変よろしいと思います!すぐに、全力と、威信をかけてお作りいたします!」


クライヴ様は金眼を爛々と輝かせ、デザイナーと話し込み、お互いの耳につける小振りなピアスを注文することになった。

後日受け取るのが楽しみだ。







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