26 / 30
第二章 募る厄災
第二十六話 不吉な予感
しおりを挟む地上より遥か上空にある浮島。そこに聳え立つ城のさらに奥、広やかな一室にて二人の魔族が跪いていた。
その先には玉座に腰掛け、跪く二人の魔族を一望する一つの影がある。厳かな雰囲気をまとい、重々しいほどの威圧感を放っていた。
「……それで、外の状況は」
「現在、大陸南部にある街は一部を除き全て壊滅。テレサからの報告があり次第、北部の制圧に取り掛かれそうです」
どうやら声色からして玉座の人物は女性のようだ。その女性からの問いに、ローブを身にまとった細身の男が顔を上げて答える。
「ですが、その……非常に申し上げにくいのですが……」
「なんかね、テレサってば人間側に寝返ったらしいんだよね~」
細身の男が言葉を濁らせている中、同じく隣で跪いていた小柄な少年が割って入るように呟いた。
「……なんだと?」
「も、申し訳ございません……。貴様、魔王様に対して言葉を慎めと何度言ったら分かる」
細身の男が注意を促すものの、少年は悪びれる様子もなくそっぽを向いた。
「その事ではない、詳しく事情を話せ」
魔王様と呼ばれる女性は、頬杖をつきながら説明を迫る。すると、細身の男は一度咳払いをしてから言葉を続けた。
「テレサは今、例の召喚者と行動を共にしている様です。騙し討ちの可能性も考えましたが、彼女の性格上、そういった行動を取るとは考えられず……」
内容を聞き終えると、魔王は大きくため息をついた。その様子に細身の男はゆっくりと視線を落としていく。
「ねぇねぇ、魔王様! やっぱり僕があの街を潰して来よっか? 召喚者ってのにも会ってみたいしっ!」
「貴様は少し黙ってろ。……魔王様、直ぐにテレサを連れ戻して来ますゆえ、しばしお待ちくださ……」
「構わぬ、放っておけ」
言葉を遮るようにして、魔王は一言呟いた。沈黙の間が続いたあと、ようやく細身の男が口を開いた。
「よ、宜しいのですか……?」
「元より想定していた事だ。それに小規模な国が一つ残ったところで状況は変わらぬ。むしろ、見せしめに丁度いい。徐々に人類が滅んでいく様に、残された人間は死という恐怖に怯え続けることだろう」
「おぉぉっ! さっすが魔王様!」
魔王の言葉に少年が目を輝かせながら共感を口にする。もはや少年の行動に気を留めなくなった細身の男は、僅かと不満の残る表情を浮かべつつも同意した。
「では……テレサの件について、どう致しましょう」
細身の男の問いに、魔王は少し間を開けてから答える。
「泳がせておけばいい。だが、万が一我らの邪魔立てをするようであれば───構わず始末しろ」
「───御意」
「おっけ~い!」
魔王の告げる言葉に対し、細身の男と少年は、テレサに対する同情などなく聞き入れた。
「それじゃあ、別の街をぶっ壊しに行こ~! 今から楽しみだなぁ……よぉし、暴れるぞぉ!」
「おい待て、向かう前に先ず計画を立ててから……」
そうして二人は大陸北部へと向かうべく、部屋を後にするのだった。
「召喚者……口にするのも忌まわしい存在だが、いつまで抗い続けられるのか見ものだな」
二人の後を目で追いつつ、魔王は小さく呟いた。
◆
あれから数時間が過ぎた。
時刻は昼を回り、レナが昼食の準備を始めていた。
「もう、大丈夫そう?」
食卓用のテーブル席に座り、先程から大人しくしているテレサに向けて問いかけた。すると、俺の言葉に小さく首を縦に振りつつテレサは口を開く。
「えぇ、恥ずかしい所を見せたわね」
「気にしてないよ。むしろ……そういう一面が見れて、ちょっと安心した」
種族は違えど、感情が無いという訳では無い。当初、テレサに対する印象はあまり良いものでは無かったが、彼女の内面が見れたようで今は少しほっとしている。
例え魔族でも、泣く時は泣くし、怖いものもある。そういう所は俺たち人間とあまり変わらないのかもしれない。
「落ち着いたみたいで良かったですっ。 何があったのかは分かりませんけど、嫌なことはご飯を食べて忘れちゃいましょう!」
そう言って、レナはお盆に乗せた皿をテーブルに並べていく。主食となるパンに加えて、肉類、サラダ、スープなど。飲食店の料理と引けを取らないほどの完成度だ。それに見た目だけではなく、もちろん美味い。
家事もできて料理もできる女の子、全国の主婦も顔負けだろう。こんな子がお嫁に居たら、どれだけ充実した日々を送れることか。
「の、ノーラさま? どうしたんです……? そんなに見つめられると、その……恥ずかしいんですけどっ」
「え、あぁ……ごめんごめん」
無意識にも凝視してしまっていたらしい。レナは少し照れたようにお盆で顔を隠していた。可愛い。
「レナちゃんも、ごめんなさいねぇ……」
「いえ! ちょっとびっくりしましたけど……泣いてる人を放ってはおけませんからっ」
そう言って微笑み合う二人。レナの優しさは、種族による差別の無い純粋なものだ。だからこそ、テレサもレナに心を許しているのかもしれない。
「あの、良ければ名前をお聞きしてもいいですか? せっかくですから、知っておきたくて」
「私? 私はテレサよ。……もっとも、主様は既に知っていると思うけれどぉ?」
「えっ、い……いやぁ、初耳ですよ~」
テレサからの視線を感じ、俺はそっと目を逸らしながら答えた。ひょっとして、ステータスを開いたことがバレてる……?
「では、テレサさまとお呼びしますねっ」
「呼び捨てでいいわ、様なんて私に合わないもの」
「よ、呼び捨てなんてそんな! えっと……では、せめてテレサさんと呼ばせてください!」
そんなレナの言葉に困惑の表情を浮かべるテレサだったが、やがて諦めたかのようにため息をついた。
「……分かったわ、好きに呼んでちょうだい」
「えへへっ、ありがとうございます、テレサさん!」
笑顔を浮かべるレナに対し、テレサは少し困ったように笑って見せた。
「レナ、私も呼び捨てで呼んで欲し……」
「ノーラさまは "ノーラさま" です! それ以外ないです! 変えるつもりは絶対にないですっ!!」
「えぇ~……」
即答されてしまった、絶対にないと。ドウシテ…… 。
「慕われてていいじゃない、ノーラ様?」
「……あんたに名前呼ばれるのは、なんか落ち着かない」
「なんでよぉ……!」
テレサはむすっとした様子で俺を見つめてくる。別に俺自身は気にならないと思うのだが、何故か妙に不快感を感じる。
( そう言えば、ノーラはテレサの事を毛嫌いしてたな。胸の大きさか何かで恨んでたっけ。ノーラのそういう憎悪的な何かが、今の俺に伝わってきてたり? いや、まさかな )
「お二人とも、料理冷めちゃいますよ……?」
席に着いたレナが、俺とテレサが食べ始めるまで待っていてくれている。
「ん……それじゃあ、食べよっか」
そうして、俺たちは昼食にありつこうとした。……その時、玄関口の方から数回ノックの音が響く。
「誰でしょう……。もしかして、お客さんでしょうか?」
こんな場所を訪れる人が俺以外に居るとは。偶然で来られるような所でもないが、相手は本当にただの客なのだろうか?
「私が見てくるよ、客だったら呼びに来るから」
玄関へ向かおうとするレナを呼び止め、俺は席を立った。
「え? で、でも……」
「大丈夫、ここで待ってて」
そう告げたあと、俺は玄関へと向かった。
レナの事はテレサに任せておこう。その方が、万が一の事があっても何とか守ってくれるだろう。
警戒しつつ、俺はゆっくりと玄関の扉を開いた。
「……む? なんだ、まさか君が直々に出てくるとは」
そこに居たのは、以前にも会ったことのある女兵士だった。後ろには数人の兵士を束ねているようだ。
「女王様から、召喚者殿と魔族の二人を連れてくるよう言われている。城まで同行してもらいたいのだが、構わないか?」
「えっ……え? えぇ~……」
その時俺は、いきなり尋ねてきた兵士たちと、女王様からの呼び出しに驚きつつ、昼食がお預けになった事に落胆するのだった。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜
束原ミヤコ
ファンタジー
マユラは優秀な魔導師を輩出するレイクフィア家に生まれたが、魔導の才能に恵まれなかった。
そのため幼い頃から小間使いのように扱われ、十六になるとアルティナ公爵家に爵位と金を引き換えに嫁ぐことになった。
だが夫であるオルソンは、初夜の晩に現れない。
マユラはオルソンが義理の妹リンカと愛し合っているところを目撃する。
全てを諦めたマユラは、領地の立て直しにひたすら尽力し続けていた。
それから四年。リンカとの間に子ができたという理由で、マユラは離縁を言い渡される。
マユラは喜び勇んで家を出た。今日からはもう誰かのために働かなくていい。
自由だ。
魔法は苦手だが、物作りは好きだ。商才も少しはある。
マユラは王都の片隅で、錬金術店を営むことにした。
これは、マユラが偉大な錬金術師になるまでの、初めの一歩の話──。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
