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3-3 兵士に囲まれる

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シーン:兵士に囲まれる 
機敏発動

   クロエ達は城を後にし、王都内の宿屋に辿り着いた。日は既に西に傾いていて、真向かいに建っている酒場に光が灯る。
   各々、ベッドに腰掛けて、ジョーは窓の外をぼんやり眺め、ハリーはノートにメモを取っていた。
   ……せっかく、旅人として最後の夜なのにワイワイしないのかな。
「ねぇー、私隣の酒場に行ってもいい?」
   ジョーはちらりと視線をクロエに向ける。ハリーがメモを取りながら口を開いた。
「あぁ、言っても構わないよ。僕がジョーの隣にいておくよ」
   その言葉の意味をクロエは理解できなかった。
「わかったー。じゃあ行ってくる!」
   クロエはスキップするように酒場に向かった。
   戸が閉まる音とともに静寂が訪れる。
「なぁ、ジョー」
「あぁ、わかってる」
   クロエが居なくなった部屋の中。真剣な面持ちの2人。
   ジョーが変わらず窓の外に頬杖を着きながら聞く。
「王は受け入れると思うか?」
「あの時点で王は僕らを追い返した。 王宮で色々とあると厄介からな。それに力で全てを握ってきたあの男のことだ。今回も揉み消すために僕らに衛兵を送るだろうよ」
   また沈黙が訪れる。
   この沈黙を破ったのはジョーだった。
「この夜が勝負なのかもな」
「間違いないよ」
   外の家々は闇に姿を消している。月明かりに照らされてぼんやりとその姿が見えるほどだ。
「いつでも戦闘態勢になれるようにするべきかもな」
   ハリーはメモを残すのを止め、手帳を閉じた。

「なぁ、あんた聞いたか」
   酒場でカウンターに腰掛け、何杯目かのエールを手に取ったクロエは店主に聞かれた。
「今、このラジュローテに先王の嫡子が来てるらしいぞ。しかもハロルド王に会って、王座を獲得するらしい」
   噂がここまで早く流れるとはクロエ自身思っていなかった。エールの入ったジョッキをカウンターに置く。
「ここで王が変われば、また財政が良くなるんだろうなぁ、なんせ先王アーノルドの嫡子だろ?」
   腕組みをして嬉しそうに店主が夢を語り出す。
   クロエはエールをがぶ飲みする。
「ーーそれでもっとこの店を良くして、王都一、いや大陸一の酒場にしてぇな!」
「……できるよ」
   よく聞こえなかったのか、店主が聞き返す。
「できる。私、その先王の息子と少しだけ、旅したんだ。この王都にいるのも事実だし、王と謁見したのもほんと。王になることはできるはずだよ!」
   酔った勢いで口が止まらない。
   クロエは立ち上がり店内の客に向かって大声を上げた。
「先王の時代の生活が戻るよ! その前夜祭でみんなと乾杯だ!」
   この声で一気に盛り上がりを見せる。
   この盛り上がりが路地で鎧が行進する音をかき消していた。

   ジョーは剣を片手に壁に体を預けて、窓から満天の星空を眺めていた。
   嵐の前の静けさとはこの事かもしれないと思いを馳せながら、路地の方へと目をやった。
   すると、奥の方から小さな火の塊が近づいてくる。そして、その火に反射して鈍く鍛えられた鉄が光る。
「……来た」
   ジョーは立ち上がり剣を背負った。
「裏口から抜けよう。クロエとは後で合流だ。彼女なら上手く立ち回れるはず」
   ハリーも準備を終えたようで、扉を開けてジョーを手招きしている。
   廊下を走り、裏口へと向かう。
   ドアを開けると、そこには重装備の騎士がいた。顔は兜と暗さが相まってよく見えない。しかし、胸にはラジュローテの紋章が刻まれており、見るからに衛兵のトップだ。
「ダメだ、別から逃げるぞ!」
   ハリーがジョーの襟首をつかみ、引き戻すと同時にドアを蹴り閉めた。
   ジョーが礼を言いながら、受付の方を振り返る。
   既に衛兵がなだれ込んできていた。
「2階から、飛び降りれるか?」
   ジョーがニヤリと笑った。
「王の命令なら従うまでだ!」
   ハリーが2階へと駆け出した。
「あの男と一行を捕らえろ!」
   すぐ後ろに衛兵が迫る。
   ドアを蹴破り、窓へ突進する。
「行くぞっ!」
   ハリーとジョーは体当たりして窓を割って空へ繰り出し、地面に着くと同時に受け身をとって立ち上がった。
   動き出そうとした2人の耳に野太い男の声が聞こえてきた。
「動くと、この女の命はない!」
   2人が振り返ると、黒騎士がクロエをドンッと突き飛ばした。そのまま身動きが取れないクロエは倒れ込む。その喉元に剣の鋒を添えた。
「それが国王直属の衛兵が発する言葉か。驚きだ」
   ジョーが剣を引き抜く。
「待て、ジョー。ここで戦えば敵対することになる。昼の交渉があるから、ここでの交戦は避けるべきだ」
   ハリーが腕を出し、ジョーの動きを止める。
   衛兵達がジョーとハリーの背後に回り込んだ。
「貴様らを地下牢に送り込む。せいぜい足掻くがいい」
   衛兵がジョーとハリーを拘束した。

「……痛っ」
   クロエが目を覚ますと、そこは暗く淀んだ場所だった。目が暗さに慣れない。
   目を細めてみてようやくぼんやりと鉄格子が見えてきた。
   ……私は酒場で飲んでて、それで何者かに呼び出されて。
   そこから、頭痛でよく覚えていない。良くないことが起こったのは確かだったが。
「……目、覚ましたか」
   壁に寄りかかって鉄格子の向こうを眺めていたジョーがこちらを向いた。
「待って、なんでジョーまで?」
「王の遣いにみんな捕えられたんだ」
「探ってみれば分かると思うけど、金品を全部取り上げられてね。奴らのやることはもはや王族のやることではない」
   ハリーが答えた。
「でーー」
   ハリーが振り返り鉄格子に寄りかかる。
「あの男と同じ牢に入ったってわけ」
   ハリーの指差す先には街を出る前に牢獄送りにした詐欺師、バルサドールが胡座をかいて座っていた。
「貴様らがここに入ってくるとは思わなかった。一体全体、何やらかしたんだ?」
「王様に交渉しただけだ」
   ジョーが静かに言った。
「だとしても何か失礼を言うようには見えねぇが」
「ジョーは先王の嫡子で正当な後継者なの」
   クロエが代弁した。
「恐怖の種は芽の内に潰せってことか」
   バルサドールはうぅんと唸って黙り込んだ。
   そして、ハッと顔を上げた。その顔はみるみるうちに青ざめていく。
「王からした貴様らは最大の敵だ。その刑は死刑か流刑だ。それでその貴様らと同じ檻にいるってことはよ……」
   声が震えて、言葉が詰まっている。
   そこに重々しい鉄が擦れ合う音が聞こえてくる。
   ハリーがその場を離れるとほぼ同時にあの黒騎士が現れた。
「出ろ、貴様らの最期の時は近いぞ」
   黒騎士が衛兵を顎で指示する。衛兵は鉄の扉を開け「出てこい」と短く発した。
   クロエ達はしぶしぶ牢からでてくる。
   それを見た黒騎士は暗い廊下を歩き出した。
「進め、囚人」
   衛兵が槍を向ける。
「言われなくてもそうするつもりだ」
   ハリーが歩き出した。
   クロエは後ろを確認する。後ろにも数人の衛兵。
「クロエ、逃げようなんて考えるな。無謀すぎる」
   ハリーが何かを考えながら、クロエに言った。
「よく分かってるじゃないか、早く進め」
   背後の衛兵に押される。
   階段をさらに降りていく。やがて松明の光に照らされて1隻の船の元へ辿り着いた。
「流刑だ。死にたくねぇ!」
   バルサドールが逃げようとするが衛兵がその道を阻む。
「乗れ」
   黒騎士が鋭い目付きでバルサドールを睨む。
「ひ、ひぃぃい」
   慄いたバルサドールが逃げるように船に乗り込んだ。
「貴様らもだ」
   黒騎士が顎をクイッと動かす。
   3人は無言のまま、船に乗り込んだ。
   ゆっくりゆっくり船が動き出す。
   闇夜に紛れて1隻の船が帆を上げた。

判定失敗
貧乏 獲得
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