ムジントウ忌伝

こつち あきら

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記録1

7日目/7pm

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 拠点で起こっている事態を目にし、精神的に朦朧としていた意識が、完全に覚めきった。
急ぎ足で拠点へと戻り、玄関へと入る。
「な、何だこれは…」
入るなり、周りを見渡すと、壁や床一面に血飛沫が飛び散っていた。
そのまま玄関と居間を繋ぐ廊下を進む。
進むごとに、飛び散って点々とした血飛沫から、床一面を占める程の血溜まりへと変化していった。
「フィオレー!とどろきー!」
名前を叫ぶ…が、応答はない。
「この煙は何だ?」
そして、進む事に、廊下一帯に煙が広がってきた。
片腕で口元を押さえるが、気づいた時には既に遅し、視界がぼやけ、意識も朦朧としていく。
(火事でも起こったのか…)
考えた直後であった。
ボッーーーーーーーー
 突然、先の曲がり角から火の粉が上がってきた。
驚いて、後退してしまったが、
(この先に何かあるかもしれない。)
と思い、これ以上煙を吸わないように、うつむきながらに、溢れた血の跡を辿っていく。

「轟!!」

 すると、居間がある目の前の廊下で、壁へともたれ掛かり、胸元を右手で押さえる轟の姿があった。だが、左腕がなく、服の上からでも分かる程、出血が激しかった。
「大丈夫か?一体何が合ったんだ?」
顔を近づけ、聞いていく。
「ハァ…ハァ…その声は、二島…か…?」
轟の目は開いているのにも関わらず、光を失っていた。
「あぁ、そうだ。」
「そうか…ハァー…ハァー…なら、俺に構わずに…ハァー…さっさと救急室に行け…」
「救急室か?お前はどうするんだよ!」
「俺のことは良い…ハァー…お前も分かるだろうが…」
「…。」
轟の身体を見て、それは直ぐに分かる。ただ…
「治療室にはフィオレがいる…ハァー…多分彼女は…大丈夫なはずだ…ハァー、ハァー…頼む…」
俺の方に手を向け、「頼む。」といっているかのようなジェスチャーをした。
「分かった…だが、お前も助けに行くからな…」
その手を握りしめ、言ってやった。
その時の轟の顔には、僅かな緩みがあった。
直後、俺は立ち上がり、救急室へと向かって走って行った。
走る中、後ろを振り替えると、顔を横に倒し、右腕をだらんと床につけたままの轟の姿があった。

 煙が強くなっていき、次第に辺りの温度も高くなっていく。ようやく救急室へと辿り着くことができた。
中へと入ると、部屋一面が火の海と化していた。
朦朧とする意識の中、
「フィオレー!!」
と、今、出せる力を限界まで振り絞り、大声で叫ぶ。
「……マ」
すると、炎々と燃え盛る部屋の中、小さく、人の声のようなものが聞こえた。
ふと、耳を澄まし、音を拾うのに集中する。
「…ニシマ…」
その声は、微かにだが俺の名前を呼んでいるように聞こえる。
「フィオレ?フィオレなのか!?」
声を荒げ尋ねる。
「ソウ…ニシマ」
「そうか…良かった…ところで、お前、今どこにいるんだ?」
「……ナカ」
くぐもった小さな声で、どこにいるのかが聞き取れなかった。
「フィオレ!もう一回言ってくれ!!」
そう言って、音を拾うためにさらに深く集中していく。
「……ノナカ」
先ほど同様、言葉の一部しか耳には入って来なかったが、どこからの声なのかは多少なりとも掴めた。ベッドの方からだ。
(そして、くぐもった声で…聞き取りづらい…となると、ベッドの下ではない。)
「だと、すると…」
「クライ、クライノ。」
フィオレの声も鮮明になり始めていた。
(暗いとなると…!)
燃え広がる火の海の中、ベッド近くの倒れたロッカーをどかす。その後ろにもうひとつ別のロッカーが立っていたからだ。
「フィオレ!!」
声を上げ、ロッカーの戸を開ける。
「二島!!」
するとすぐに、ロッカーからフィオレが飛び出すと、勢いよく抱きついてきた。
「怖かったよ…」
むせび泣いている彼女の顔が、震えている彼女の身体、背中に回す彼女の手が自分の背中を強く握りしめている事から、想像できた。

「大丈夫だ…もう…」

「…うん。」

 少しの間、互いの体温を感じ、そして、お互い手を離し、顔を見つめ合った。
「…こっから早く脱出しよう。」
「そうだね。」
方針は、決まった。
二人で手を繋ぎ、救急室を跡にしようと思った…

ガダッ

 突然、壁を破って巨大な人の手首が現れる。
衝撃で、彼女と手を離してしまう。
そして、巨大な手首は目の前で振り落とされた。
「キャーー。」
「くっ…!」
俺達は、その余りにも強い衝撃で飛ばされ、遠く離された。
燃え盛る火の中、意識が朦朧として意識を失ってしまいそうになる…

「ハァ…ハァ…フィオレ…」

 目前に、炎々と燃え広がる炎の中に、フィオレの顔が写った。
「フィオレ…」
床に手をつき、意地でも立ち上がった。
そして、フィオレの元まで足を進めていた…その時である。

ドサッ

 天井から、焼け崩れた木片が振り落ちてきた。
「なっ!?」
かわそうと、身を反らそうとしたが、

クチャ

「えっ…?」
 突如、右足に力が入らなくなり、そのまま床へと身体を打ち付けた。
同時に右足に、頭の中に電流が走る程、重くつき刺さるかのような激痛が起こる。
「ぐッぁぁーー…あ、あ、ぐぐ…」
右足に、目を向けると、そこにあるはずの右足…膝から下の部位全てがなくなっていた。
その代わりに、大量の血が断面から溢れでている。
そして、遠くの方に自分の右足と、さっき落ちてきた木片を見つける。
木片の、落ちてきた側には鋭利な刃物みたいなものがついており、真っ赤に染まっていた。
(フィオレは!!)
「フッー…フッー…」
余りの激痛に、気を失ってしまいそうになるが、そんな場合ではない、フィオレは無事なのか…それだけが気になって仕方なかった。
「ッー…」
歯を食いしばり、床を這って、辺りを見渡す。
すると目の前に、白色のワンピースを着た人の足を見つける。
(フィオレ!!)
朦朧とする意識と、燃え盛る火の海の中で、人一人の安否を確かめるには、近くまでよらないと分からない…地面を這って進む…
(痛い…苦しい…助けてくれ…)
頭の中は、そんな気持ちばかりであった…
「フィ…オレ…」
ガタッ…ガタッ…
名前を呼んだ直後であった。
目の前を再び、焼け崩れた木片が降り注ぐ。
「フィオレー!!」
当然、目の前には、フィオレの身体があった。

だが、叫ぶのも空しく…

ドサドサドサ

「……ぁあーーー…」
 救えなかった。

陽加古さんに続けて、轟…そして、フィオレの事も救えなかった。

自分自身の意識も途切れ途切れになっていく…

 そのときであった。
目の前に、何やら書いてある一枚の紙を見つけた。
「…あ?」
手に取り、中身を見ると、

_________________
一人は、穴が開いて死んで
一人は、孤独に死ぬ
そして、また一人自害して
一人燃えて死ぬ
でね、裏切りものも死ぬの
最後に絶望して終わり;
_________________

(何だこれは…)

(大体、今日、俺達の身に起こったことじゃないか…もしかして…いや、裏切りもの…?)

「何が、何だか分からない…」

 ただただ今は身体中が寒く、これ以上何も考えることができない…

 辺りが静かになっていく。

 考えていたことは、
「ようやく…みんなと再開できる…」
ということのみであった。
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