裏腹少女

トランクス

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10.利子と利息

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「はい、持ってきたよ」

「ん。ありがと」

 病院のロビーで母親と対面する。持参してきたバッグを渡しながら。

「1人分で良かったの?」

「母さんは今日仕事終わったら帰るから。お父さんだけ泊まりになっちゃったのよ」

「ふ~ん。頑張るのもほどほどにって伝えておいて」

「はいはい」

 父親が泊まりがけで仕事をする事になったらしい。その為に必要な着替えの運び役としてこの場に訪問していた。

「家の様子はどう? ちゃんとご飯食べてる?」

「うん。華恋さんが作ってくれるから」

「そう。あの子に任せっきりにしないでアンタ達もいろいろ助けてあげてね」

「ほ~い」

 仕事に戻らなくてはならない為、母親と別れ病院を後に。用もないので真っ直ぐ自宅に帰る事にした。

「ほっ」

 駅にやって来て地元を目指す。下りだからか休日とは思えない程にガラガラの車両に揺られて。

「ふぁ~あ…」

 早起きしたものだから眠たい。つい大きな欠伸を出してしまった。

「どうしてるかな…」

 窓の外を見ながら自宅にいる2人の姿を思い浮かべる。元々は他人だった間柄の女の子達を。

「香織は寝てるだろうなぁ…」

 彼女は昔からそうだった。外出予定がある時でも寝坊。酷い時は昼過ぎになっても部屋から出てこない。それは共同生活を始めた頃からの習慣だった。

「……もうそんなに経つのか」

 時の流れは本当に早い。両親が再婚してから既に3年以上が経過。考え事をするように思い出を振り返る。意識を子供の頃へと飛ばした。

「ん…」

 小学生の頃はずっと孤独。引っ込み思案な性格が原因であまり友達もおらず、家でも学校でも1人きり。

 夕御飯中もいつも話し相手がいなかった。お腹が空いたら父親が作ってくれたおにぎりを口に入れてお終い。

 高学年になる頃にはインスタントラーメンを作ったり、コンビニやスーパーに買い出しに出掛けたり。1人暮らしの大学生のような生活を送っていた。

 家族と呼べる存在は父親だけ。両親は自分が物心つく前に離婚。だから母親と呼べる人はずっと存在していなかった。

 そして中学に入ると少しずつ周りの環境も変化。クラスに仲の良い友達ができ、放課後には彼らの家に遊びに行くようになった。

 その時に出会ったのが今も親しい2人。颯太は1年生の時で、智沙は更にその翌年の2年生になった時。

 男の颯太はともかく、女子の智沙と友達になれた事は何度思い返しても疑問でしかない。だが自分にとって最大の環境の変化と言えば父親の再婚だった。

「結婚!?」

 その報告を受けたのは買い出しの帰り道。ファミレスでの食事中だった。

「どうしていきなり…」

「実は前から付き合ってる人がいて」

「本当に結婚するの?」

「あぁ。すぐではないが入籍するつもりだ。いずれ一緒に住もうかとも考えている」

「えぇ…」

 相手は同じ職場で働いている2つ年上の女性。しかも事情を聞くと自分の1学年下に当たる子供までいるとか。何から何までが突拍子もなかった。



「ど、どうも」

「初めまして。アナタが雅人くん?」

「えっと、はい…」

 そして週末の日曜日に相手の女性と食事をする事に。お互いの顔合わせも兼ねて。

「……やっぱり似てるわね」

「え?」

「うぅん、何でもないの」

 小さく呟いた女性の第一印象は優しそうな人。その背後には隠れるように1人の女の子が存在していた。

「ほら、アナタも挨拶しなさい」

「んんっ…」

「香織!」

 おさげ髪が左右に揺れている。振り子のように何度も。

「は、はじめまして…」

「どうも…」

 そして彼女が口にしたのは名前を告げないシンプルな挨拶。羞恥心を押し殺して発した台詞だった。

 その後は4人で食事に。初顔合わせ自体は数時間で済んだが、それから2人と会う機会が頻繁に訪れた。

 初めはぎこちなかった会話も回を重ねる毎に少しずつスムーズに。同じ家に住むようになった頃には女性と顔を合わせてもほとんど緊張しなくなっていた。

「はぁ…」

 とはいえ思春期真っ只中の男子中学生。同じ家に同世代の女の子がいる状況は看過出来ずにはいられなかった。

 当時の香織と顔を合わせても会話はほとんど無し。声をかけられても当たり障りのない返事をするだけ。家にいるより学校や友達の家にいる方がよっぽど落ち着いたほどだ。

 彼女も同じように感じているらしく対応の差は歴然。自分に対する態度と両親に接する口調はまるで違っていた。

 なぜ自宅に帰って来る事を苦痛に感じなければならないのか。そう思い父親を恨んだ事もある。家出をしようとまでは考えなかったが、非行少年達の気持ちが少しだけ理解出来たような気がした。

 お互いに会話のない兄妹。そんな関係性を見かねて救いの手を差し伸べてくれたのは義理の母親だった。



「今度、みんなで遊園地に行きましょう」

「は?」

「ね、いいでしょ?」

「いやいや…」

 突発的な提案で県内のテーマパークへと遊びに行く事に。父親は仕事が入っていた為、メンバーは3人だけ。ただ正直あまり乗り気ではなかった。

 相手は元他人でもある女性とその娘。しかも中学生なので楽しみな場所という訳でもない。

 それでも無理やり引っ張られたものだから渋々付き合ってあげた。苦手なジェットコースターに乗ったり、コーヒーカップを回しすぎて気分が悪くなったり。散々な目に遭ったのをハッキリと覚えている。

 そして一番ハシャいでいたのは誰でもなく母さんだった。移動中も食事中もずっと笑顔。この日だけで何枚の写真を撮っていたか分からない。

 だがその成果なのか最初は無愛想だった自分と香織の距離も大接近。帰る頃には仲の良い友達へと近付いていた。



「どうだった、今日は?」

「ん? 楽しかったよ。ちょっと酔ったけど」

「そうか…」

 帰宅後は父親に遊園地での出来事を報告。楽しそうに聞いていた父さんから今度は母さん達の話を聞かされた。

「……てな感じだったらしい」

「へぇ、そうなんだ」

「どう思った?」

「なんていうか……ちょっと予想外」

 前の旦那さんとは子供が小学生の時に離婚してしまったという事。それからは女手一つで娘を育ててきたという事。どうやら香織も小学生時代は鍵っ子だったらしい。

 仕事が忙しく休みの日にどこかへと遊びにも連れて行ってやれない毎日。なので遊園地への外出は久しぶりに堪能出来た娘との時間だった。

「ん…」

 それは当時の自分にとってかなりショックを受ける情報だった。2人を見ているとそんな苦労を経験してきたようには感じなかったから。

 帰って来ても誰も出迎えてくれない家。そんな淋しさを知っているからこそ片親の大変さがよく分かった。



「お、おはよ」

「……はよ」

 その日を境に香織と積極的に交流をとる事に。けれど自分から声を話しかけるのは恥ずかしく、挨拶以外の会話は短い物だけ。だから質ではなく数を増やした。

 毎日ではないが2人で学校まで登校したり、リビングでテレビを見たり。一緒に暮らし始めて1年が経つ頃には他人の壁は取り除かれていた。

 香織が部活で知り合ったという智沙とは共通の知り合いに。いつの間に進学先まで同じという腐れ縁になっていた。



「あ…」

 電車が徐々にスピードを落としていく。そして下車する駅へと停止。

 考え事をしていたら地元に辿り着いたらしい。ホームに降りて帰路に就いた。

「ただいま~」

「おかえりなさい」

「あ、うん」

 玄関で靴を脱いでいるとリビングから出迎えの挨拶が飛んでくる。女の子の優しい声が。

「香織は?」

「まだ部屋で寝てるわよ」

「やっぱりか…」

 問い掛けに対して返ってきたのは予想通りの答え。時刻はまだ午前10時過ぎ。用事でもない限り彼女が起きている訳がなかった。

「アンタ、どこ行ってたの?」

「病院。父さんの着替え届けてきた」

「そう。お疲れ様」

「どうも…」

 会話中、華恋さんから不意を突く台詞が飛んでくる。労いの言葉が。

「ご飯は? 何かいる?」

「いや、出かける前にパン食べたから良いや。それより寝坊助を起こしてくる」

 照れくささを隠すように彼女の隣をすり抜けた。そのまま階段を駆け上がって二階へと移動。部屋へとやって来た後はノックもせずにドアノブを捻る。そこには豪快に布団を蹴っ飛ばして寝ている妹がいた。

「グガガガガッ!」

「相変わらず寝相の悪い娘じゃ」

 学習机に近付くとペン立てに手を伸ばす。太いマジックペンを掴んで装備した。

「うぉっと!?」

「……か~」

「まだ起きないし」

 顔に落書きしようとした瞬間にトラブルが発生した。部屋主がベッドの端から落ちそうになるアクシデントが。

「お~い、起きなって。朝だよ」

「……んん」

「今日、凄く良い天気。どこかに出掛けよう」

「すぅ…」

「ダメだこりゃ」

 肩を掴んで揺さぶる。しかしまるで覚醒する気配を見せない。失礼とは知りながらも脇腹に触れてみた。

「こちょこちょこちょ」

「……んんっ」

「お?」

 目の前の体がクネクネと動き出す。蛇のように。

「んっ……んんっ」

「ほらほら、起きなさい」

「んんーーっ!」

「いって!?」

 静かなる拷問を続けるも彼女の振り回した手が顔に直撃。予想外の反撃を喰らってしまった。

「……なに?」

「あ、起きた」

 頬を手で押さえていると声が聞こえてくる。自分の悲鳴が目覚まし時計の役割を果たした事で。

「どっか遊びに行こ。寝てたらもったいない」

「やだ」

「ちょっ…」

 言葉を交わすが彼女はすぐに寝返りを打ってしまった。顔を背けるように。

「いい加減起きなって。どう考えても寝過ぎ」

「やあぁあぁだぁ!」

「休日に引きこもりとか若者らしくないよ」

「別にお婆ちゃんで良いもん。早く出てけ」

「パンツが見えてるんだけど」

「……っ!」

 耳元に近付くと小声で囁く。セクハラにもとれる台詞を。

「やっと起きたか。さぁ出掛けよう」

「えっち、スケベ…」

「不可抗力じゃないか」

「む~…」

 どうやら体を動かしているうちにズレてしまった様子。ズボンの下から薄い水色の生地が露出していた。

「出掛けるってどこに?」

「それはまだ考えていない」

「ダメじゃん…」

「とりあえず着替えよう。ご飯食べながら決めればいいや」

「……はぁ、仕方ないなぁ」

「じゃあ先に下行ってるから。二度寝するんじゃないよ」

「分かった、分かった」

 釘を刺して一階へと下りる。しかし途中で段差を踏み外して転落。

「ぐわぁあぁぁっ!?」

 油断したせいで腰と背中を強打する羽目に。ダメージを負いながらもどうにかしてリビングへと移動した。

「いつつつ…」

「大丈夫?」

「へ、平気。それより今から出掛けようかと思ってるんだけど一緒に行く?」

「どこに?」

「ん~、それはまだ決めてないんだよね。とりあえずどこかの繁華街に行こうかと思ってるんだけど」

「繁華街…」

 3人目のメンバーに声をかける。ソファに腰掛けてテレビを見ていた華恋さんに。

「別に無理に付いて来なくても良いよ。家にいたかったらいれば良いし」

「そうですね。せっかく誘ってもらったとこ悪いですけど、私は遠慮しておきます」

「……そっか」

 この前の様子を見て声をかけてみたのだが。本人がこう言ってるなら仕方ないだろう。強引に誘っては悪いので大人しく引き下がった。


「華恋さんは一緒に行かないの?」

「はい。せっかくですからお2人で楽しんで来てください」

「えぇ、そんなぁ…」

「私の事は気にしなくても平気ですから」

 3人でリビングの椅子に座ると外出の話題で盛り上がる。熱々のフレンチトーストを頬張りながら。皿を空にした後は部屋に退散。身支度を整えて再び玄関に集まった。

「じゃあ行って来る。多分、帰って来るのは夕方かな」

「はい、行ってらっしゃいませ」

「仮に早く帰って来るとしても必ず連絡いれるから」

「あ、はい」

「母さんも夕方までは帰って来ないハズ。だから1人でのんびりしてて良いよ」

「は、はぁ…」

「行ってきま~す」

 これでもかというぐらいに念を押す。同居人に自由時間を作ってあげようと全力で支援した。

「華恋さん、本当に良かったのかなぁ…」

「良いんだって。僕達が家にいるとかえって気を遣わせちゃう事もあるでしょ」

「それもそっか……そうだね」

 家を出た後は2人で住宅街を歩く。朝にも通った道路を。

「で、どこ連れてってくれるの?」

「ん~、逆に聞くけどどこに行きたい?」

「宇宙!」

「数十年後に期待しようね」

 朝食を食べている間に話し合うつもりが終始華恋さんの話題で大盛り上がり。結果、目的地が定まらない状態で自宅を出発する羽目に。

「どこでも良いの?」

「まぁ予算と時間次第だよね。さすがに温泉旅行とか言われたら困る」

「あ、なら遊園地はダメ?」

「遊園地?」

「うん。昔、3人で行った時の事が夢に出てきてさ。久しぶりに行ってみたくなって」

「……へぇ」

 自分も先程その時の事を思い出していたというのに。怖いぐらい偶然が重なっていた。

「え~と、電車で1時間ってとこかな」

「今から行けば昼ぐらいには着くね」

「そうだなぁ…」

 時刻はまだ11時過ぎ。正午頃に到着するなら充分遊べるだろう。

「よし、なら行こっか」

「やった!」

 事前の計画無しにレジャー施設へと遊びに行く事が決定。駅から電車へ乗り込むと途中からいつもとは違う路線に進んだ。

「久しぶりだね~。いつ以来だろう」

「母さんと3人で行ったのが最後だから3年ぶりじゃない?」

「もうそんなに経つんだ。あれから一度も行ってないの?」

「行ってないよ」

「女の子とは?」

「くっ…」

 相方が肩を掴んで揺らしてくる。いやらしい笑みを浮かべながら。

「ねぇねぇ、教えてよ~」

「そうだなぁ。高校入ってから20回くらい行ったかな」

「あっそ」

「う、うぇえっ…」

 涙腺にダメージが発生。見栄を張ったのに軽くあしらわれてしまった。

 会話で盛り上がっている間も電車は順調に進む。目的の駅へ到着した後はバスに乗り替えてテーマパークへとやって来た。

「うわぁ、入場料高いね」

「こんなもんだよ。じゃあチケットまとめて買ってくるからお金を」

「え? 代わりに出してくれるんじゃないの?」

「……は?」

 入口に立つと隣に手を伸ばす。精算を一括で済ませる為に。

「優しい優し~いお兄様が私の分も出してくれるかと思ってたんだけど」

「それは嫌だ」

「ケチケチケチ」

「うん」

「あぁ、もうっ! 女の子に優しく出来ない男は嫌われるんだよ!」

 彼女が大声で文句を放出。続けて取り出した財布から叩き付けるように2枚のお札を差し出してきた。

「お釣りはちゃんと返してね」

「うい。背が小さいから子供料金でいってみる?」

「絶対やだ」

 渡されたお金を受け取る。とりあえず一旦仕舞おうと自分も財布を取り出しながら。

「あ、あれ?」

 しかし中身を見て違和感が発生。そこには1000円札が1枚だけしか入っていなかった。

「何故だ…」

 必死に意識の時間を遡る。1日前に中古の店でゲームを購入した時のやり取りを。どうしてもやりたかったソフトとその本体を買った事は記憶。ただしその代償として所持金をほとんど失ってしまっていた。

「ヤバい…」

 これは小銭を合わせてもチケット代にギリギリ届くか届かないかの金額。仮に入場料を払えたとしても無一文じゃ中で何も出来やしない。

「あ、あの……香織さん」

「なに?」

「やっぱり遊園地入るのやめませんか?」

「はぁ!? ここまで来て何言い出してんの」

 素直に自身が置かれた状況を打ち明ける。当たり前だが怒りのリアクションが返ってきた。

「というわけでお金がない」

「……ちょっと待って。金欠なのに遊びに行こうって言い出したの?」

「そ、そうなるよね」

「あ?」

「ひいいぃっ…」

 突き刺さるような視線が痛い。そこにあったのは暴力的な同居人を彷彿とさせる冷たい表情だった。

「はぁ、仕方ないなぁ…」

「ごめん。せっかくここまで来たっていうのに」

「私が2人分出しといてあげる。それで良いでしょ?」

「え?」

 怯えていると彼女が予想外の意見を掲げてくる。年下とは思えない提案を。

「そんなに持ってるの?」

「あるよ。誰かさんみたいに高いもの買ったりしないし」

「やった! 助かる。なら悪いけどお願い」

「言っとくけど奢りじゃないからね。ちゃんと後で返してよ?」

「……はぁい」

 人には出させようとしていたクセに。なんという似たり寄ったりの思考。だが今だけはそのありがたい申し出を受け入れる事にした。

 情けなさを感じながら妹に買ってもらったチケットで手に装備する。意気揚々とゲートをくぐった。

「人、多いなぁ。さすが日曜日だ」

「アトラクションとか並ばないと乗れないかもね」

「うわぁ……行列とか勘弁」

 目的地も決めずブラブラと歩く。どこに行っても騒がしい空間を。

「お腹空かない?」

「え? 朝、食べて来たのに?」

「パンだとどうしてもすぐに消化されちゃうんだよねぇ」

 なんやかんやで既に正午過ぎ。いつもなら昼食をとっている時間。匂いに誘われて一番近くにあった売店へとやって来た。

「香織はどれにする?」

「どれにするって、まーくんお金持ってんの?」

「い、いや…」

 持ってはいるが使うわけにはいかない。帰りの電車賃に充てる予定なので。

「……はぁ。何食べるの? 私が買ってきてあげるよ」

「ごめん。なら焼きそばとフランクフルトとたこ焼きと…」

「良いけどそれ後で全部返してもらうからね?」

「焼きそばだけにしておきます…」

 買い物は彼女に任せて自分は席の確保にまわる事に。なかなか空席が見つけられなかったが食べ終わった親子連れからテーブルを譲ってもらった。

「食べたらどこに行く? まーくんは何に乗りたい?」

「ん~、特にはないかなぁ。香織に任せる」

 冷めて味の落ちた麺をズルズルとすする。一緒に買ってきてもらった烏龍茶を口に含みながら。

「ならジェットコースター」

「却下」

「ならフリーフォール」

「却下」

「なら重力体感マシン」

「却下」

「どうして全部却下なの!? それじゃあ何にも乗れないじゃん」

「いや、だって絶叫系は苦手だし」

 昔からこの手のアトラクションは乗った事がない。三半規管が弱いので。何故わざわざお金を出して怖い思いをしなくてはいけないのか。とても理解に苦しむ行動だった。

「むぅ……じゃあどれなら良いの?」

「そうだなぁ。ゴーカートとかメリーゴーランドとかなら平気かな」

「メリーゴーランドって恥ずかしくない? 私達、高校生だよ」

「そう言われたらそうか。ならメリーゴーランドは香織1人で乗るって事で」

「やだよ…」

 とりあえず双方の合意の上でゴーカートに乗る事に。焼きそばを食べ終えると乗り場へと移動。行列が出来ていたが5分ほど並ぶだけで順番が回ってきた。

「いやぁ、楽しかった~」

「何度も壁にぶつかってたクセに」

「……耐久テストに耐えられるあのマシンは最高だ」

「壊したら弁償だよ。分かってるの?」

「ひぇっ…」

 1台いくらぐらいするのかが分からない。どこで販売しているかも不明なので。

 それから迷路やシューティングゲーム等、あまり激しくないアトラクションを巡った。比較的、子供が多い施設ばかりを。

「そろそろお金がヤバいかも…」

 しばらくすると財布担当がギブアップ宣言を出す。2人分を支払っているのだから当然だった。

「ならもう帰る?」

「ん~、最後に何かもう1つ乗って行こうよ」

「じゃあゲーセン行こう。ゲーセン」

「どうしてわざわざここまで来てゲームなのさ…」

「え? ダメ?」

 遊園地に来たら100円玉を握り締めて屋内で大暴れ。これは常識だと思っていたがどうやら違うらしい。性別が違うせいか思考にズレがあった。

「あっ! アレ乗ろ、アレ」

「ん?」

 彼女が指差す先を見る。ゆっくりと回転する巨大な円形の建造物を。

「観覧車か…」

 これならそんなに怖くない。むしろ景色を見渡せるから望む所だった。

 途中、自販機で飲み物を買いながら乗り場へとやって来る。入口には結構な数の人が並んでいた。

「どうしよう。20分待ちだってさ」

「どうしようって、せっかく来たんだから乗ろうよ」

「了解しました」

 お金を出してもらっているので逆らう訳にはいかない。従者のように妹の後ろを歩いた。

「もう少し観覧車の回転スピード上げてくれないかな」

「どうして?」

「そうすれば行列の待ち時間が減るじゃないか」

「だね。でもそうしたら私達が乗った時もすぐ終わっちゃうよ」

「その時はスピードを緩めてもらう」

 身勝手な持論を力説する。夏の太陽が空から照り付けていたので水分補給は怠らなかった。

「ねぇ~。私、疲れちゃったぁ」

「あとちょっとだって。もう少しの我慢」

「ぶ~、ぶ~」

 牛歩戦術のような領域に身を委ねているとすぐ目の前に並んでいたカップルがイチャつき始める。20代と思しきアフロ髪の彼氏と金髪の彼女が。

「もう足パンパン。おんぶしてぇ」

「え~、こんな場所で勘弁しろよ」

「やだやだ、おんぶ~」

 どうやら女性は立っている事に疲れたらしい。小さな子供を彷彿とさせるワガママを連発しだした。

「仕方ねぇ。ならちょっとだけな」

「やったーーっ!」

「やるんかいっ!!」

「え?」

「い、いや……なんでもないです」

 彼氏の言動に思わずツッコミを入れてしまう。周りの人間達の視線を集めてしまうボリュームで。

「ひぇ~」

 更に2人は抱き合いながら唇と唇を密着。刺激の強い光景に隣にいた純朴な妹が驚きの声をあげた。

 その後、気まずい空気のまま行列が進行。10分ほどの時間を費やして前のバカップルの次のゴンドラへと乗り込んだ。

「あぁ、長かった」

「やほほい」

「しっかし凄かったね~、前の2人」

「まぁね…」

 中は涼しい。冷房が完備されていたので。

「でもさ、恥ずかしくないのかな。人前であんな事して」

「本人達は気にしてないんだよ。見てる周りが照れくさいだけ」

「ふ~ん、そんなもんかなぁ…」

「気になるんだったら後ろからど突いてやれば良かったのに」

「そんな事したら係員の人に怒られちゃうよ」

 言葉を交わしていると視界に広がる景色が変化していく。普段、拝む機会のない世界へと。

「うわぁ、もうこんな高さまで来ちゃった」

「人がゴミのようだ」

「下にいる人が人形みたいに見えるね」

「こっから落ちたら助からないだろうね。グチャって」

「ねぇ、そういうこと言うのやめようよ…」

 怖さはあるがそれ以上にワクワク感が止まらない。遠くに見える街並みに大興奮した。

「昔はお母さんと3人で乗ったよね」

「……だね。懐かしいや」

 母親がいる場所の反対側に子供2人が着席。まだ彼女とはどぎまぎした関係だったから異様に照れくさかったのを覚えている。

「お母さんが無理やりまーくんの隣に座らせるんだもん」

「あれは恥ずかしかったなぁ」

「うん、私も。だから必死に抵抗してたよ。男の子の隣イヤーーって」

「まぁバランスのこと考えたら一番良い配置なんだけどね」

 それでもやはり思春期の男女が並んで座る事に抵抗はあった。肌と肌が触れ合うので余計に。

「今だから言うけどね。私、まーくんのことちょっとだけ好きだったんだよ」

「え?」

「好きって言ってもアレだよ? 年上に対する憧れみたいな」

「憧れ…」

 持っていたペットボトルを落としそうになる。中身は空だがこんな場所に捨てていくわけにはいかなかった。

「年上がやたら大人びて見えるヤツ? よくあるじゃん。同級生じゃなく先輩に興味を惹かれるって」

「え~と…」

「あとは1人っ子だったからお兄ちゃんが欲しかったってのもあるかなぁ」

「女の子はよく言うよね。年上の兄弟が欲しいって」

「そうそう。だからお母さんに再婚するって話を聞かされた時にどんな男の人なんだろうってワクワクしてた」

「そして会ってみたら期待外れだったと」

「ううん。優しそうな人ってのが私の第一印象」

「優しそう?」

 その言葉はあまり言われない。大抵の人間に下される評価は頼りないか情けないのみ。

「あと私と同じで人見知りするタイプだって思った」

「ははは…」

「話しかけてもちっとも返事してくれないしさ。もしかして私、嫌わてるのかなぁとか考えちゃって」

「別に嫌いだったとかそういう訳じゃないんだけどね」

「分かってる。ただ恥ずかしかっただけなんだよね? まーくんの性格考えると、女の子と一緒に住むなんて事になったら焦るに決まってるもん」

「確かに…」

 華恋さんがうちに住むと決まった時も1人だけ猛反発した小心者。嬉しいという気持ちよりも恥ずかしさの方が上回ってしまっていた。

「同時に女の子として意識されてるんだって気付いたらドキドキしちゃって…」

「……それで僕のこと好きに?」

「うん」

「なるほど…」

 恥ずかしい単語が平然と飛び交う。隔絶された狭い空間の中で。

「でもだんだん仲良くなっていくにつれ意地悪してきたりするしさぁ」

「そ、そうだっけ?」

「だよ~。教科書に落書きしたり、お風呂入ってる時に電気消したり」

「あぁ、思い出した。そんな事やったなぁ」

「そうしてるうちにだんだん、なんだコイツって思うようになってきちゃって」

「ししし」

「もう私の理想のお兄ちゃん像がまるくずれ。ぜ~んぶどこかに吹き飛んじゃった」

 過去のやり取りは悪行ばかり。それは親しくなったからこそ出来る行為だった。

「じゃあ今は僕のこと嫌いなの?」

「うん、嫌い。大っ嫌い」

「……えぇ」

「あはは、嘘ウソ」

「何さ…」

「……本当は好きだよ。今でも」

「はいはい…」

 彼女の言葉を適当に受け流す。窓の外に視線を逸らしながら。

「ん…」

 空気が微妙に気まずい。先程までと比べて明らかに互いのテンションは下がっていた。

「もうすぐ終わりかぁ」

「……そうだね」

 外からアトラクションの音楽が聞こえてくる。軽快なリズムのメロディーが。しばらくするとゴンドラが地上に到着。係員の指示に従って外に出た。

「またか…」

 空のペットボトルを捨てている最中、視界の中に見覚えのある男女が飛び込んでくる。腕を組んで歩いているカップルの姿が。

「……ねぇ」

「何?」

「手、繋いで良い?」

「えっ!?」

 そして隣からは驚きの台詞が飛んできた。有り得ない内容の提案が。

「……ん」

「え、えっと…」

「ダメ?」

「いや、あの…」

 言葉が出てこない。心の中から湧き上がってくる何かが邪魔をしてきて。

「今は汗かいてるからベトベトだし」

「……別に良いよ」

「あと爪切ってないから刺さっちゃうかも」

「別にいいってば…」

「え~と…」

 必死の抵抗を試みた。突き付けられた状況を拒むように。

「うぅ…」

 意味が分からない。発した言葉が嘘か本心かも判断がつかなかった。

「……もういい」

「え?」

 狼狽えていると彼女が歩き出す。暗いトーンの台詞を残して。

「ちょ、ちょっと!」

「む…」

「待ってくれよ。どこに行くつもりなのさ」

 呼びかけるがまるで反応してくれない。聞こえていないハズはないのに。

「う~ん…」

 もしかして怒らせてしまったのだろうか。いつまでも毅然とした態度を見せないから。

 騙されている事を大いに期待して追跡を続行する。しかしやって来たのは予想外の場所だった。

「……入場ゲート」

 先行者が迷わず突っ込んで行く。園内と園外を分ける場所に。

「あ……そういえばもうお金ないって言ってたもんね」

「はぁ…」

「次に来る時は家族みんなで…」

「……うっさい」

「え?」

 場の空気を和ませるように言葉を発信。だが彼女からは突き放すような暴言が飛んできた。

 動揺を隠せないままゲートをくぐって外へ。そのまま近くのバス停へと移動。まだ閉園には早い時間なので自分達以外の乗客はほとんどいなかった。

「さ~て、帰りますか」

「ん…」

「いやぁ、楽しかったなぁ」

「……ふんっ」

 ワザとらしく話題を振ってみるも応答なし。見事と言いたくなるぐらいの無反応。

 しばらくするとやって来たバスに2人で乗り込む。ただし座る席はバラバラだった。

「はぁ…」

 電車に乗る頃には話しかける事を断念する。無視される状況に精神が耐えられないので。

 うちに帰るまでずっとこんな調子。結局、観覧車の下からまともな会話のないまま帰宅してしまった。


「ただいま…」

「おかえり……ってどうしたの?」

「何でもないっす…」

 リビングで華恋さんに出迎えられる。二階に直行した妹の姿を見て彼女が異変を察知した。

「あ~あ…」

 ちょっと拗ねているだけ。しばらくしたら機嫌も治っているハズ。そう思っていたが険悪な関係は翌日もその翌日も継続する事に。消えたゲームデータのように再び他人のような間柄に戻ってしまっていた。
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