裏腹少女

トランクス

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18.先攻と後攻

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「……う~ん」

 ベッドの上で瞼を擦る。窓から射し込む朝日を感じながら。起き上がろうとしたがすぐに断念。今日が休日だという事を思い出した。

「華恋…」

 小さく名前を呟く。夢の中に何度も登場した人物の名前を。

 昨日、公園で置いてけぼりにしてからの彼女の動向を知らない。母親からの晩御飯の呼び掛けすら断って部屋に籠城していた。

「……はぁ」

 何て顔をして会えば良いのか。話の途中で逃げ出したから怒っているかもしれない。

「へぶしっ!」

 天井を見つめていると豪快なクシャミが出る。耳鳴りが発生するレベルの自然現象が。

「お腹空いたぁ…」

 情緒不安定でも欲求は素直に動くらしい。とりあえず胃に何か入れようと部屋を出た。

「う、うわあぁあぁぁぁ!」

 しかし階段までやって来た所で足を滑らせ転落する。豪快に空中で3回転しながら床に着地した。

「いつつ……おはよ」

「おはよう。アンタ、昨夜何も食べなかったけど大丈夫なの?」

「あぁ、うん。でもお腹空いちゃったから何か作って」

「ちゃんと食べずに寝ちゃうからよ。パン焼いてあげるからそれで良いでしょ?」

「サンキュー」

 リビングにやって来ると出勤前の両親と遭遇する。食事中の2人と。

「雅人。あの子とは上手くやってるか?」

「あ、あの子って?」

「華恋ちゃんだよ」

「うっ…」

 椅子を引いた瞬間に父親が話しかけてきた。ケータイを弄りながら。

 誰の事を言っているのかは分かったが何故こんなタイミングで聞いてくるのか。関係性が微妙な時に。

「ま、まぁぼちぼちかな」

「なら良いが。雅人もちゃんと父さんみたいな紳士的な男にならないとダメだぞ」

「スーツにパンくずをポロポロこぼしてる男が何を言ってるのさ」

「アチチッ! コーヒーこぼしちゃった」

「ほっぺたにホウレン草ついてるよ」

 食べ終わると両親が出勤の為に玄関へと移動する。2人を見送った後は部屋には戻らずリビングでテレビ鑑賞を続けた。喧嘩相手と仲直りしておこうと思ったから。

「ん…」

 起きてきた華恋に声をかける、もしくは向こうから声をかけられるのをここで待っている。

 出来れば向こうから接触を図ってきてくれるのが理想的だ。テレビに夢中になっていると後ろから首を絞めてきたり。

 そのうち二階にいる寝坊助も起きてくるだろうからそれまでには済ませておきたい。揉め事に家族を巻き込みたくなかった。

「あ…」

 しばらくすると人の気配を感じる。階段を下りてくる音がしなかったからきっと華恋の方だろう。

 振り返らないように気をつけながらテレビの画面に意識を集中。緊張感のせいで内容はサッパリ頭に入っていなかった。

「……あれ?」

 現れた人物は無言のまま後ろを通過する。洗面所の方へと。もしかしたらここにいる事に気付いてもらえなかったのかもしれない。

「いやいや…」

 いくら何でもそれは有り得なかった。誰もいないのにテレビの電源がついているハズがないのだから。

「……えぇ」

 洗面所から戻ってきた足音は再び無言で廊下へと引き返していく。どうやらスルーされたらしい。ただ単に挨拶をするのが面倒くさかっただけとも考えられるが。

「違う…」

 彼女は怒っているんだ。昨日の出来事が原因で。

 解決する為には謝罪するしかないだろう。覚悟を決めてソファから立ち上がった。

「……よし!」

 客間の前までやって来ると小さく深呼吸する。胸元を小さく叩きながら。

「あの……入っても良い?」

 そのまま襖の向こう側に声をかけた。いきなり戸を開けるわけにはいかなので。

 しかし中からの返事が返ってこない。物音すらしない。

「どうしよう…」

 引き返してたい所だがそれは選んではいけない選択肢。着替えシーンに遭遇しない事を願いながらゆっくり戸を開けた。

「起きて……る?」

 恐る恐る中の様子を窺う。すると僅かに出来た隙間から壁にもたれかかってケータイを弄っている部屋主の姿を発見した。

「あ、おはよ。やっぱり起きてたか」

「はぁ…」

「着替え中じゃなくて良かった。覗き魔にはなりたくないから…」

「……何しに来たのよ」

「え、えっと…」

 呼び掛けた声に返ってきたのは低い声色。苦笑いすら止まってしまうほどの冷たい口調。昨日の出来事を根に持っている事が分かる反応だった。

「お腹空いてない? さっきトースト食べたんだけどさ」

「空いてない」

「あ、そう。ならテレビ見ない? 面白い番組やって…」

「見ない。つかアンタ何しに来たの?」

「え?」

 質問を質問で返される。険しい目付きと共に。

「わざわざそんなくだらない事言うために来たの? ならウザイだけだから出てってよ」

「いや、その…」

「ウザイって言ってんでしょ。出てけ!」

「……ごめん」

 ソッと襖を閉めた。高圧的な態度に耐えられなくて。

「えぇ…」

 逃げ出してきた廊下で立ち尽くす。宿題を忘れた小学生のように。

 昨日、確かに彼女に公園で言われたハズだった。好きという告白の台詞を。

 けれど今の態度はその真逆。嫌悪感を抱いている人間の行動そのものだった。


「おはよ~」

「……はよ」

「あれ? なんか元気なくない?」

「いや、いつも通りだよ…」

「嘘だぁ。普段はヨダレ垂らして踊りながらアニメ見てるクセに」

「……いつそんな事をしたというのさ」

 昼近くになると妹も起床。自分達の異変に感づかれないように平静を装った。どうやら今日はお出掛けの約束はしていないみたいで1日中家にいるつもりらしい。

「いなくなってほしい時に限って外出しないとか…」

 何の罪もない妹に文句を垂れても仕方がないので自室に戻る。椅子に座ってどうするかを考えた。

「う~ん…」

 予想を遥かに上回る怒り具合。まさか挨拶すら突っぱねてくるなんて。話し合いをするにしても香織が邪魔。無理やりどこかへ連れ出すにしても素直に要求には応じてくれないだろう。

「どうしよっかなぁ…」

 自然に元通りになるのを待つしかないのかもしれない。それが最も楽で理想的な展開ではあるのだけど。

「ん?」

 頭を抱えていると階下から玄関のドアを開ける音が反響。もしやと思いベランダから一階を見下ろした。

「……華恋」

 彼女が黒色のパーカーに手を突っ込んで出ていく。友達と遊びに行くのか買い物に出掛けるのかは不明だが。

 どちらにしろ好都合。上着を羽織ると追いかける為に自宅を飛び出した。

「よっ、と」

「……何よ」

 存在をアピールするように声をかける。やや前傾姿勢の背中に向かって。

「どこ行くの? バイト?」

「違うわよ。シフトは夕方からだし」

「なら誰かと遊びに行くとか」

「どうしてそれをいちいち言わなくちゃいけないわけ? アンタ、私の保護者?」

「ち、違うけどさ…」

 ある程度は覚悟していた。冷たくあしらわれると。だがいざその状況に立たされると怯んでしまった。

「化粧してないからお出掛けはないよね。なら散歩かな?」

「……ん」

「でも今日あんまり天気良くないからなぁ。外出には不向きだ」

 その後も返事をしてくれない対話相手にひたすら声をかけ続ける。虚しい気持ちと葛藤しながら。しばらくすると近所のコンビニに辿り着いた。

「何か買いに来たの?」

「ちっ…」

 問いかけを無視するように彼女が店内へと入って行く。真っ直ぐ奥に進んだ後はサンドイッチとジュースのパックを手に持ちレジへ。

 どうやら朝食を買いにきたらしい。精算を済ませている間は雑誌コーナーで時間を潰した。

「終わった?」

「む…」

 話しかけるがまたしても無言。持っていた雑誌を戻すと彼女の背中を追いかける形で外へと移動した。

「お腹空いてたんだ。僕も何か見てくれば良かったかな」

「……うっさい」

「今日はゆでたまご買わなかったの? いつも食べてるのに」

「うっさいなぁ、話しかけてこないでよ!」

「ご、ごめん…」

 嫌悪感むき出しの態度をぶつけられる。辺りに人がいたら注目されそうな大声を。

「アンタ、さっきから何がしたいの? 私のご機嫌でもとりたい訳?」

「それは…」

「だったら話しかけてくんな。アンタに喋りかけられるのが一番ムカつく」

「そ、そんな言い方ないじゃん。ただ普通に声かけてるだけなのに」

「はぁ? 私、なんか気に障ること言った?」

 黙って話を合わせようと思っていたのに。カッとなってつい反論してしまった。

「こっちは普通に会話しようとしてるだけじゃないか。なのにどうして喧嘩腰なの?」

「なに、逆ギレ? ウザッ!」

「逆ギレじゃなし、先にキレたのはそっちの方なんだから。そんな態度とられたら誰だって怒るさ」

「……そうかもね」

「喧嘩するのやめようよ。こんな言い争いをしにわざわざ追いかけて来たわけじゃないんだってば」

 すぐ側をトラックが通過していく。大きなエンジン音を立てながら。

「……じゃあアンタは何しにここまで来たの?」

「それは…」

 一言『仲直りしたい』と言えば済む話。ただそれだけ。しかしその簡単な言葉が喉の奥に詰まって出てこない。

「私がどうして怒ってるか分かる?」

「……昨日、公園から逃げ出したからでしょ。華恋を1人残して」

「そうね。確かにそれはショックだったわ」

「ごめん…」

「でもね、私が怒ってるのはそういう事じゃないの」

「え?」

 躊躇っていると彼女が先に言葉を発信。そこには感情を窺えない冷たい眼差しがあった。

「アンタが……昨日の事を無かった事にしようとしてるのがムカつくのよ」

「……あ」

 言葉を紡ぐ唇が震えている。袋を持つ右手も。

「アンタが私を…」

「あ、あの…」

「……何の為に、ずっと」

「ちょっ…」

「そんなの、そんなの……うぐっ」

「悪かったから泣かないでくれ」

 何かを喋ろうとしていた。片言な口調で。

「あっ!」

 だが言い終わる前に逃げ出す。彼女は体の向きを反対側に変えると一目散に走り去ってしまった。

「……ごめん」

 追いかけて捕まえる事は容易い。でもそれが出来ない。昨日の告白に対する返事を問われても答える覚悟が無かったから。

「はぁ…」

 1人淋しくトボトボ歩く。自宅からコンビニまでの短い道のりを。和解しに来たのに計画は失敗。むしろ悪化させていた。


「……あれ?」

 しかし帰って来た自宅である異変に気付く。一足先に帰路に就いたハズの華恋の靴がどこにも見あたらない点に。

 廊下を歩きリビングへと移動。そこにはソファに寝転がってスナック菓子を食べている妹がいた。

「1人?」

「そだよ。出掛けてたんだ。どこに行ってたの?」

「コンビニ。結局なんにも買わずに帰って来ちゃったけど」

「立ち読み? ならついでにお菓子でも買って来てくれたら良かったのに、ボリボリ」

「君が今食べているそれは何だい?」

 どうやら帰って来ていないらしい。その事実に一安心。

「よっと」

 部屋に戻って来るとベッドに寝転がる。仰向けの体勢で。ポケットからケータイを取り出し素早く操作。貯まったスタミナを消費するようにゲームをやり始めた。

「む…」

 本当にこのままで良いのだろうか。何もせずただ黙って時間が過ぎていくのを待っているだけで。彼女が家にいない事を喜んだ心境に情けなさすら感じる。

「……涙」

 もしまともな男性だったら泣かせてしまった女性を見捨てたりなんかしない。ましてや後を追いかけないなんて有り得なかった。

「ははは…」

 昨日は自分が逃げ出して、今日は華恋が逃走。2人して一体何をやっているんだか。まるで鬼ごっこをしているみたいでおかしくなってきた。

「ん~…」

 自分が逃げ出したのは恥ずかしさが原因だ。告白の言葉を聞いていられなくなったから。

 でも華恋が逃げ出したのは違う。なぜ彼女は走り去ったのだろう。

「華恋…」

 口を利きたくないから。それとも泣いている表情を見られたくないから。単純に昨日の仕返しという事も考えられた。

 近付いてくる行為に腹が立つと言っていたのも嘘じゃない。公園で告げようとした台詞も。つまり彼女が泣き出した原因は全て自分にあった。

「あ~あ…」

 そんな事は最初から分かりきっている。ただその事実を認めるのが怖かっただけ。

 揉め事に家族を巻き込みたくないなんて詭弁でしかない。周りの人間達に責任転嫁しているだけだった。

「……よし」

 決意を固めると立ち上がる。やりかけのアプリを中断して。

 今度はどんな罵声を浴びせられても逃げない。最後まで話を聞いてあげようと決めた。

「出ないか…」

 電話をかけるが繋がらない。数回チャレンジしてみたが全てスルー。とりあえず会いたかったら自力で見つけ出せという事らしい。希望を捨てずに1件のメッセージを送ってみた。

「さて、捜しに行きますかな」

 見つけ出せる自信はない。どこにいるか見当もつかない。ただひたすら街を駆けずり回ってやろうという気持ちだけは満ち溢れていた。

「また出掛けてくる」

「ん? どこに?」

「え~と、適当にブラブラ」

「なら帰りにコンビニでお菓子買ってきて、ボリボリ」

「……豚になっても知らないからね」

 遊びに行って来るとだけ妹に伝えて家を出る。自転車を使い、本日二度目となる外出を決行。

「よいしょっと」

 こういう場合は大抵思い出の場所にいるのが通例だ。初めて出逢った場所や昔よく通っていたスポットに。そして日が暮れる頃に偶然発見。

 華恋と初めて出逢ったのは電車の中だった。知り合ったのは最近だから思い出の場所なんてない。最初からそんな漫画みたいな展開は期待してないのだけれども。

 とりあえず昨日の公園に向かって走った。見当がつく場所は手当たり次第に潰してみようという作戦で。

「ひいっ、ひいっ…」

 息を切らしながら足を動かす。向かい風なので歩くよりしんどい。

「あぁ、もう…」

 華恋と知り合ってから疲れさせられる展開ばかり。色々な事に無理やり付き合わされてたまらないが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。

 それはきっと家族だから。いつの間に嫌いな人間は守ってあげたい身内へと変わっていた。

「……えぇ」

 目的の公園へとやって来ると自転車を停める。そこで捜していたターゲットの姿を発見。候補には入れてみたものの、まさか本当にいるなんて。目を疑わずにはいられなかった。

「まぁ、いいか…」

 経過はともかく早期に発見出来たのは嬉しい誤算。サドルから下りると彼女が座っているベンチへと歩み寄った。

「わぁっ!」

「ひゃあっ!?」

 気配を消して背後に回り込む。肩を押すのと同時に大きな声を出した。

「こんな場所で食べなくても良いのに。外回り中のサラリーマンですか」

「ア、アンタか…」

 振り返った彼女と目が合う。その隣には食べかけのサンドイッチが存在。

「何しに来たのよ。嫌がらせ?」

「ち、違うって。話をしに来たの」

「話?」

「ほら、昨日は逃げ出しちゃったじゃん? だから今日はちゃんと最後まで聞こうと思って」

「……別に良いわよ。無理して聞いてくれなくても」

「だからそういうつもりじゃないんだってば」

「私は……もうアンタにする話はない」

 空気が悪い。対話相手は不機嫌な様子でベンチに置かれていたコンビニ袋に手を伸ばした。

「ま、待って! なら今度は僕の話を聞いてくれないかな」

「……アンタの話?」

「そう。僕も華恋に言いたい事があるから」

「えぇ…」

「逃げ出さずに聞いてくれる? 途中でどこかに行ったりしないで」

 立ち去ろうとしたので咄嗟に掴む。華奢で弱々しく感じる腕を。

「……何よ、私に話って」

「えっと……どうやって言えば良いのかな」

「ちょっと、ここに来る前に考えてこなかったの?」

「わ、悪い。何も考えずに家を飛び出してきちゃったから」

「はぁ…」

 引き留めには成功したが上手く言葉が出てこない。幸先の悪いスタートだった。

「とりあえず昨日は逃げ出したりして悪かったよ。ごめん」

「……ん」

「話の内容がどうあれ、あの行動は僕が悪いと思う。せめてちゃんと最後まで聞いてから立ち去るべきだった」

「はいはい…」

「それと、さっきも泣かせたりしちゃってごめん。本当は責めるつもりなんか無かったのに…」

「アレは……私が勝手に泣いただけだから別にアンタ悪くないし」

「いや、元を辿っていけば自分に原因があるわけだから。やっぱり謝らないと」

 少し照れくさかったが頭を下げた。謝罪の言葉と共に。

「私も……逃げ出したりしてゴメン」

「ど、ども」

 続けて彼女からも同様の反応が返ってくる。今日、初めてまともに会話をした瞬間だった。

「あのさ、昨日言ってくれたでしょ? 僕の事が、その……好きって」

「……うん」

「正直、華恋に対してあんまり良い印象は持ってなかったんだよ。最初のうちは」

「くっ…」

「すぐ暴力振るってくるし、脅してくるし、人使い荒いし。同じ家に住んでなかったら怒鳴り散らしてたと思う」

「……ごめんなさい」

「でも結構良い所もあるし、いろいろ助けてくれたりするからさ。今はもう嫌いなんて考えてないよ」

「それは前にも聞いた…」

「うん。だから今日はちゃんと答えようと思うんだ。昨日の質問に」

 少し離れた場所では子供達が遊んでいる。持ち寄ったゲーム機で。

「聞いてくれる? 僕の返事」

「私は……聞きたくない」

「え? 何でさ」

 緊張感と葛藤していると予期せぬ答えが返ってきた。拒否を示した台詞が。

「だって…」

「そっちから聞いてきといてそれはないでしょ。せっかく覚悟を決めて来たのに」

「もういいよ。アンタの気持ちは分かったから…」

「へ?」

「本当は聞かなくても分かってたから。ただ、もしかしたらって思って言ってみただけで…」

 彼女の喋る声がかすれてきている。テンションの降下具合を表すように。

「だからもう良いんだってば。変なこと言い出してゴメン…」

「なんで…」

「昨日の事は忘れて。頭がどうかしてたみたい」

「ち、違うって」

「私の事が嫌いじゃないって言ってくれただけで嬉しいからさ…」

「違うっ!!」

 思わず声を張り上げた。嫌な流れを断ち切ろうと。

「1人で話を進めないで。僕は自分の気持ちを伝えに来たんだよ」

「だ、だからそれは…」

「僕も好きだよ。華恋の事が」

「……え?」

「それを言いに来たんだってば。勝手に終わらせようとしないで」

 心臓が普段の何倍もの速さで鼓動している。意識出来てしまう時点で異常だと理解出来た。

「……今、なんて言ったの?」

「え、え~と…」

「冗談? 嘘?」

「そうじゃないってば。どっちも違うよ」

「じゃあ…」

「疑うのやめてくれ。今の言葉は本当なんだってば」

 彼女が何度も質問を飛ばしてくる。間違い探しでもするかのように。

「……絶対?」

「絶対に」

「からかったりしてない?」

「してないよ。今この状況でそんな事したらシャレにならないじゃん」

「確かに…」

 ギスギスした空気がキツい。前日同様に逃げ出したい衝動に駆られた。

「……うっ」

「げっ」

「うぁ、あぁあっ…」

「ど、どうして泣くのさ。こんな場所で」

「だって、だって…」

 歪な声が場に響き渡る。苦しそうな嗚咽が。

「見るな、見るな…」

 更にすぐ近くにいた子供達もこちらに注目。威圧をかけたがまるで効果を表さなかった。


「もう泣きやんだ?」

「……ごめん」

 宥めるように背中をさする。覇気の無い丸まった体を。

「急に取り乱すからビックリしたよ。さっきも泣かせちゃったばかりなのに」

「だって雅人がいきなり変なこと言い出すから…」

「変って言わなくても。せっかく頑張って打ち明けたのに」

「そうね……うん。アンタ、頑張った」

「どうして上から目線なのさ」

「悪いか?」

「悪かない。そういう所も含めて好きになったんだから」

 2人並んでベンチに着席。険悪な雰囲気はどこかへと消え去っていた。

「ハ、ハッキリ言わないでよ。恥ずかしくなるじゃん」

「自分から先に始めたクセに」

「まぁ……でもまさか好かれてるとは思わなくてビックリ」

「そう?」

「うん。あんまり女の子として見られてる自覚なかったし…」

「実は昨日まで男だと思ってたんだよ」

 場を和ませようと冗談を投下する。その直後に彼女の手がこちらの顔に伸びてきた。

「イテテテテッ!?」

「あの……さ、いつから好きだったの? 私の事」

「へ?」

「だから、いつからそういう気持ちでいてくれたのかって聞いてるのっ!」

「いつから…」

 つねられた頬を押さえながら記憶の糸を手繰り寄せてみた。隣にいる人物と知り合ってから今日までに起きた出来事を。

「わかんないや」

「なんでよ? 自分の事でしょ。分からないハズないじゃない」

「そんな事言われてもなぁ。気付いたら好きだったんだからさ」

「はあぁ…」

 深い溜め息が聞こえてくる。落胆の意思を露骨に表した台詞が。

「う~ん、強いていうなら初めて会った時かな」

「……うっそ」

「最初に華恋を見た時に、よく分からないけど不思議な気持ちになったんだ」

「うん…」

「それが一目惚れかどうかは分からない。ただ近寄りがたい印象はあったかな」

 今思い返せば運命の出逢いだったのかもしれない。学校帰りの電車の中での遭遇は。

「でも本性知ってからガッカリした。うわっ、何だコイツって」

「おい」

「だってあからさまに態度変えるんだもん。他の人には優しく接してるのにさ」

「しょ、しょうがないじゃん。皆には嫌われたくなかったんだし」

「ちょ……それだと僕には嫌われても大丈夫みたいな言い方じゃないか」

「あはは…」

 ごまかすような薄ら笑いを向けられた。左右に揺れ動いている瞳と共に。

「くそっ、じゃあこっちも華恋の事嫌いになってやろうかな」

「……やだ」

「ちょっ…」

 不満をブチまけていると彼女が腕にもたれかかってくる。頭を肩に添えながら。

「アンタに避けられたら私もう生きていけない」

「それはいくらなんでも言い過ぎじゃ…」

「ううん、そんな事ないよ。もし突き放されたら死んじゃうかも」

「なんかウサギみたいだね。淋しくて死んじゃう感じ」

「ウサギじゃないって。今はアンタの……彼女かな」

「え?」

 そしてそのまま小さな呟きを発声。それは思わず立ち上がらずにはいられない強烈なメッセージだった。

「か、彼女ってどういう事!?」

「どういう事ってそのまんまの意味じゃない。アンタの彼女」

「だからどうしてそうなるのさ。僕は気持ちを告げただけだし」

「はぁ!?」

 遅れて相方も立ち上がる。2人して正面から向かい合った。

「ちょっと待ってよ! さっき私のこと好きって言ってくれたじゃない」

「言ったよ? でも付き合うとは一言も言ってないじゃないか」

「け、けど…」

「なに1人で勝手に勘違いしてるのさ。早とちりしすぎ」

 告白は決行。気持ちを素直に打ち明けた。しかし自分が行ったのはそこまで。

「ふざけんなっ! どうして好きなのに付き合う事にならないのよ」

「だってそういうの面倒くさそうなんだもん」

「めんどっ…」

「好きイコール恋人って事にはならないでしょ? ただお互いの気持ちに正直になっただけじゃないか」

「……くっ」

 彼女に好意を持たれていた事はもちろん嬉しい。思わぬ幸運。だからといってそういう関係になりたいとはこれっぽっちも考えていなかった。

「ムキーーッ!!」

 甲高い声が響き渡る。野生動物の雄叫びのような台詞が。

「なんでよ! 両想いなんだから付き合っても良いじゃない」

「嫌です。お断りします」

「うぅ…」

「お互いに好きってだけで僕は良いと思う。それじゃあ不満?」

「不満、超不満」

「ハッキリ言い切ったね…」

「じゃあ聞くけど、もし私がアンタ以外の誰かを好きになって付き合う事になったらどう思う?」

「う~ん…」

 忠告のような言葉にあるイメージを作成。颯太と華恋が手を繋いで歩いている光景を想像してみた。

「……あぁ、なんか嫌だ」

「でしょ? だったら私と付き合いなさいよ」

「付き合いなさいよって、それ告白じゃなくて脅迫じゃないの?」

「うっさい。アンタが駄々こねるのが悪い」

「これは駄々こねてるって言うのかな…」

 どちらが子供なのかが分からない。互いに利己的な主張を連発。

「ハッキリしない奴ねぇ。大人しくハイって言えば良いのよ」

「ハイ」

「え? じゃ、じゃあOKなの? 付き合ってくれるの?」

「それは嫌だ」

「……おい」

 質問に対し即座に反応する。無機質な視線を向けられてしまった。

「あっ、そういえばメール見てくれた?」

「メール?」

「ここに来る前に送ったんだけど…」

 空気を変えるように別の話題を持ち出す。自宅にいる時に送信したメッセージの存在を。

 この様子から察するにまだ確認していないのだろう。彼女がポケットからケータイを取り出した。

「ひっ!」

「あ~あ、見ちゃったか」

「な、なにコレ…」

「何でしょうね。ははは」

 画面を見ながら驚きの声をあげる。歪んだ表情も付け加えて。

「どんだけバカ丸出しの文章なのよ」

「そこまで言わなくても。華恋の事が心配で家に戻って来てもらえるよう一生懸命考えたのに」

「だからってコレは恥ずかしすぎ。私が前に貰ったラブレターのが100倍マシよ」

「そ、そんなに変だったかな…」

「昭和からタイムスリップでもしてきたのかってぐらいのセンス」

 一時の気の迷いというのは本当に恐ろしい。思ってもみなかった事を言葉に表してしまったりするから。

「とりあえずコレは無かったという事で」

「よし、消さないように保存しといてやる」

「や、やめてぇーーっ!」

「うふふ、コレでアンタの弱味がまた1つ増えたわ」

「あぁ……やっぱりそんなメール送るんじゃなかった」

 肩をガックリと落としながら落胆。すぐ横で不敵な笑みを浮かべている華恋を横目に。

 その後は自転車を押して仲良く帰宅。今朝の険悪な雰囲気が嘘のように2人で笑いあった。
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