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23 迷い
しおりを挟む土蜘蛛はさっきから僕の攻撃をまったくよける気配がなかった。
きっとよける必要がないんだろうな、と頭の片隅で考えた。外皮が硬すぎて、さすがの三叉戟でも傷一つ付けることができないのだ。僕がどれだけ勢いを付け、渾身の力を込めて一撃をくらわしても、脚一つ落とすことができない。
土蜘蛛と戦っているあいだにも、他の化け物たちが飛び込んで攻撃をしてきた。中には見たこともないような、全身を毛に覆われた熊のような手を持つ女や、巨大な岩のような頭だけの化け物、顔のない巨大なミミズのような化け物までいた。けれどそいつらは、土蜘蛛と戦うついでのような攻撃でも余裕で倒すことができた。
問題は土蜘蛛だった。
土蜘蛛からの攻撃はさほどたいしたことない。
動きだけなら僕の方が早い。
ただ、こいつが、こいつが倒せない。倒せる気がしない。いったい何なんだこいつは!?
そんなことを考えつつ、僕は自分の中の雑念に気付いていた。
戦いに集中できない。
僕の中に二人の僕がいるようだ。
一人はこの戦いを楽しんでいる。前に街で鵺と戦ったみたいに、化け物を倒すこと、自分より強い相手と戦うことが楽しくて楽しくて仕方がない自分。今までにも強くなった自分が嬉しくて、化け物と戦うことを楽しむことはあった。けれどそんなものとは比べ物にならないくらい僕は戦いに自分を失っていた。
もう一人は、それを押さえようとする自分。怖いんだ。香奈子の顔を思い出す。香奈子を切りそうになった。剣を構え、香奈子の顔が目前に迫った。目が合った。あと0.1秒で香奈子の首を落とすところだった。その感触をすでに手の中に感じていた。肉に食い込み、骨を断ち、最後の薄皮一枚まで切り抜いてしまう感覚が。あの時の自分はいったいどんな顔をしていただろう。香奈子に見られただろうか。目の前にいる者すべてを切り殺し、目に映る景色を破壊しつくすことに底の見えない悦楽を覚えた。そこには正義の欠片もなかった。戦いに酔いしれる破壊神だった。あのまま誰も止めてくれなければ、僕は……、僕は……。
「ぬわあああああああ!!!!!」僕はその考えを振り払うように叫び声をあげ、地面すれすれを土蜘蛛の懐に飛び込み、その腹に三叉戟を突き立てた。
けれどやはり、駄目だ……。
やがて何やら体がねばねばして、動きが鈍っていることに気が付いた。
こいつ、いつの間にか僕の体に糸を巻き付けてやがる!
くそっ!
そうしている間にも、木々の間の暗闇から、見上げた空から、岩の間から、無数の化け物が手を伸ばしてきた。
そして気が付くと、また僕の胸の痣の辺りから黒い靄が出始めていた。
まるで痣から黒い手が伸びて、僕の体を飲み込もうとしているようだ。
駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ!!!
僕は自分の体を包もうとする黒い靄を必死に振り払った。
痣を手で覆い隠し、靄が出てくるのを防ごうとした。
それを隙と見たのか、土蜘蛛は今までに見せなかったほどの素早さで僕に飛び掛かってきた。まるでこの瞬間を待っていたかのように。僕は三叉戟を両手で前にかざして土蜘蛛の攻撃を防いだ。どこに隠していたのか、口に牛の角のような巨大な牙が見えた。
くそっ、くそっ、くそっ、たぶん、きっと、この黒い靄に包まれれば、僕は土蜘蛛に勝てるんだ。僕の中のもう一人の自分がそれを確信していた。けれど、けれど、その後僕はどうなる?
香奈子、芹那、じいちゃん、おじさん、佐藤、クラスのみんな、化け物だけでなく、目の前にいる人たち、この国の人を滅ぼし、この国を破壊し、この世界を、この世を無きものにしてしまうのではないか。僕は自分の奥底に眠る得体の知れない強さと本性に恐怖を感じた。
そうだ、そうだ、もしかしたら、あれが本来の僕の姿なのではないだろうか。
あの時僕は、何かを思いだしたような、懐かしいような気分にならなかったか?
怖い、怖い、怖い……。
やっぱり駄目だ。
勝てないとしても、このまま戦うんだ。
いつものように、この金色の靄に包まれた自分で。
くそっ、くそっ、くそっ、くそおおおおおおおおおおおお!!!
戦いは朝まで続いた。
辺りが明るくなり、視界が遮られるほどに朝靄が立ち込め、力が尽きて倒れた僕はまるで海の底を漂っているようだった。
もう駄目だ……。
やられる。
土蜘蛛の餌食になるんだ……。
そう確信した時、土蜘蛛は僕を残して朝靄の中をどこかに消えて行った。
同時に他の化け物たちもいなくなった。
そこで僕は東の空に太陽の存在を知った。
終わったのか……。
いや、終わったわけではない……。
勝つことも、負けることもできなかった。ただそれだけだ。
「おーーーい……、おーーーい……、須佐乃袁尊。大丈夫なのかあああい?」
「ダ、ダイダラ坊……」
「こっちから声がするねえ!? おーーーい……、おーーーい……、須佐乃袁尊!」
「こ、こ、こっちだ……」僕は疲れ果てて大きな声も出すことができなかった。意識を保っているだけでもやっとだ。
「ああ、ああ、いたねえ須佐乃袁尊。死ななかったねえ。やっぱり強いねえ。いま連れて行くよお」そう言ってダイダラ坊は、摘まみ上げるようにして僕を手のひらに乗せ、芹那たちのいる富士山の方に歩き出した。
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