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30 探し物
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家に帰って食事を済ませると、僕と芹那は豊玉姫の様子を見るため部屋にこもった。
なんだか昔テレビで観た、馬の出産に立ち会うような気分だった。けれど僕はそれを芹那には言わなかった。と言うより、豊玉姫に聞かれちゃまずいと思ったのだ。
空には昨日芹那が言った通り、巨大な満月が昇っていた。
豊玉姫の石像は、月の光を浴びると、昨日にもまして透明になり、金色に輝きだした。
「うわっ!」
「すごいね! 眩しい……」
それはまるで、目の前に小さな太陽が浮かんでいるかのようだった。
やがて光の中で、豊玉姫の長い黒髪がゆらゆらと動き始めた。そして指や瞼が微かに動き、呼吸を始めたのか、規則正しく胸が上下し始めた。
「息、してるよね……」
「うん」
さらに時間が経ち、月が芹那に引き寄せられるかのように間近に迫り、窓を覆い隠すほどになった。
豊玉姫の体を包んでいた石の殻は、もう完全に消えていた。
艶のある黒髪は、まるで水の中にいるようにゆらめき、透けそうなほどに白い肌は、生まれたばかりの赤ん坊のようだった。
やがてうっすらと目を開けた。
唇が微かに動き、何か言葉を形作ろうとしているように見えた。
そしてまた目を閉じ、深く息を吸い、顔を上げ、徐々に頬に赤みがさしてきた。
「もう少しよ、頑張って」芹那が優しく声をかけた。
その声に反応するように、豊玉姫がついに目を開けた。
目が慣れるのを待つように、ゆっくりと瞬きを繰り返し、豊玉姫は僕と芹那の方を見た。と、何かから解き放たれたように体から力が抜け、そのまま倒れそうになる。
芹那が慌てて豊玉姫の体を受け止めた。
「大丈夫? そのまま座っていられる?」
「大丈夫です……」豊玉姫は、そう言いながらもやはり自分で座ることができないらしく、芹那に抱き上げられ、ベッドの上に横になった。
豊玉姫は、まだ小さな女の子だった。人間の年で言えば、十歳かそれくらいだろう。髪の毛は足のつま先に届くほど長い。瞳は見る角度によって黒にも深い青にも見えた。肌は透き通り、触れるだけでも傷つけてしまいそうなほどに繊細に見える。それにしても、本物の神様とは、これほどまでに美しいものなのかと思った。同じ部屋にいるだけで、まるで空気までもが生まれ変わったように軽い。
「あなたは……、月読尊ですね」
「そうよ。本当によかった」
「そしてあなたは……、須佐乃袁尊ですね。私をセミと呼んだ」
「え、いや、あの、すみませんでした!」き、聞かれてた!?
「かまいません。生きとし生けるもの、すべての物に同等の尊い命があります。その一つに例えられたこと、快く思います。それにしても、セミですか……」どう見ても、豊玉姫は「かまいません」とか「快く」などと言うような顔はしていなかった。
芹那はそれを見ておもわず吹き出していた。
「月読尊、感謝いたします。わらわをあの祠から救い出し、月の光にて命を蘇らせてくれた。まさしくセミのように」
ね、根に持ってる。意外と扱いづらそうだぞ、このお姫様……。僕はそう思った。
「何か恩返しをせねばなりません。わらわにできること、何かないでしょうか」豊玉姫は芹那をじっと見つめながらそう尋ねた。芹那もまた、豊玉姫のあまりの美しさに目が眩んでいるようだった。
「いや、そんな、恩返しだなんて」
そんな芹那をじっと見つめ、何かを察したかのように豊玉姫は言った。「あなた方は、探し物をしていますね、海の中に」
「探し物?」
「海の中に?」
僕と芹那はそう言って顔を見合わせた。
「海はわらわの領分です。必ずやお役に立ちましょう」
「あっ、もしかして!」芹那がそう言って声をあげた。
「え、なに?」
「天叢雲剣、壇ノ浦の海の中に沈んでいるかもって」
「あ、そうか!」
「お待ちください。そう言って豊玉姫は目を閉じ、まるで眠りに落ちるように呼吸を緩やかにした」
その間、空に見える月は、まるで役目を終えたかのように徐々に小さく、いつもの大きさに戻っていた。そして空の輝きを星たちに譲るように、いつの間にか窓に見える風景から消えていた。
「ありました。これですね……」豊玉姫がそう言うと、僕は意識を吸い取られるようにどこか遠い場所まで連れて行かれ、その景色を見た。
それは暗い海の中だった。
見上げると、水面に何かの光が揺らめいているのが見えた。
目を緑色に光らせるサメが数匹さまよっている。
水中で、波に揺られながら砂に突き刺さる何かを見つけた。
まるで眠りにつくように、それは鈍く黒い光を反射していた。
「こ、これだ!」僕は思わずそう叫んだ。
「これ? 天叢雲剣なの?」姿は見えないが、すぐ横に芹那の存在を感じる。
「そうだよ、これだ! でも、どうやってここから」
「心配ご無用です。海の中であれば、わらわにできぬことなどありません」そう豊玉姫の声が聞こえた。そして気が付くと、僕と芹那はまた部屋に戻っていた。
「あの、あの剣を、なんとか海から引き上げることは……」芹那が聞いた。
「心配ありません。もうすでに、遣いの者が海に向かっておりまする」
「え、ええ? すでに? どうやって?」僕の質問には、豊玉姫は答えてはくれなかった。やはりセミのせいだろうか……。
「わらわは少し、眠らせていただきます。じきに迎えの者が来ますゆえ……」そう言うが早いか、豊玉姫は静かに寝息を立て始めた。
「迎えの者?」
僕は肩をすくめた。
「それにしても、こんなにあっさり天叢雲剣が見つかるなんて」
これまでのことを考えれば、僕にはそうあっさり見つけたようにも思えなかったけれど、自力で海の中を探すことを考えれば芹那の言う通りかもしれない。
なんだか昔テレビで観た、馬の出産に立ち会うような気分だった。けれど僕はそれを芹那には言わなかった。と言うより、豊玉姫に聞かれちゃまずいと思ったのだ。
空には昨日芹那が言った通り、巨大な満月が昇っていた。
豊玉姫の石像は、月の光を浴びると、昨日にもまして透明になり、金色に輝きだした。
「うわっ!」
「すごいね! 眩しい……」
それはまるで、目の前に小さな太陽が浮かんでいるかのようだった。
やがて光の中で、豊玉姫の長い黒髪がゆらゆらと動き始めた。そして指や瞼が微かに動き、呼吸を始めたのか、規則正しく胸が上下し始めた。
「息、してるよね……」
「うん」
さらに時間が経ち、月が芹那に引き寄せられるかのように間近に迫り、窓を覆い隠すほどになった。
豊玉姫の体を包んでいた石の殻は、もう完全に消えていた。
艶のある黒髪は、まるで水の中にいるようにゆらめき、透けそうなほどに白い肌は、生まれたばかりの赤ん坊のようだった。
やがてうっすらと目を開けた。
唇が微かに動き、何か言葉を形作ろうとしているように見えた。
そしてまた目を閉じ、深く息を吸い、顔を上げ、徐々に頬に赤みがさしてきた。
「もう少しよ、頑張って」芹那が優しく声をかけた。
その声に反応するように、豊玉姫がついに目を開けた。
目が慣れるのを待つように、ゆっくりと瞬きを繰り返し、豊玉姫は僕と芹那の方を見た。と、何かから解き放たれたように体から力が抜け、そのまま倒れそうになる。
芹那が慌てて豊玉姫の体を受け止めた。
「大丈夫? そのまま座っていられる?」
「大丈夫です……」豊玉姫は、そう言いながらもやはり自分で座ることができないらしく、芹那に抱き上げられ、ベッドの上に横になった。
豊玉姫は、まだ小さな女の子だった。人間の年で言えば、十歳かそれくらいだろう。髪の毛は足のつま先に届くほど長い。瞳は見る角度によって黒にも深い青にも見えた。肌は透き通り、触れるだけでも傷つけてしまいそうなほどに繊細に見える。それにしても、本物の神様とは、これほどまでに美しいものなのかと思った。同じ部屋にいるだけで、まるで空気までもが生まれ変わったように軽い。
「あなたは……、月読尊ですね」
「そうよ。本当によかった」
「そしてあなたは……、須佐乃袁尊ですね。私をセミと呼んだ」
「え、いや、あの、すみませんでした!」き、聞かれてた!?
「かまいません。生きとし生けるもの、すべての物に同等の尊い命があります。その一つに例えられたこと、快く思います。それにしても、セミですか……」どう見ても、豊玉姫は「かまいません」とか「快く」などと言うような顔はしていなかった。
芹那はそれを見ておもわず吹き出していた。
「月読尊、感謝いたします。わらわをあの祠から救い出し、月の光にて命を蘇らせてくれた。まさしくセミのように」
ね、根に持ってる。意外と扱いづらそうだぞ、このお姫様……。僕はそう思った。
「何か恩返しをせねばなりません。わらわにできること、何かないでしょうか」豊玉姫は芹那をじっと見つめながらそう尋ねた。芹那もまた、豊玉姫のあまりの美しさに目が眩んでいるようだった。
「いや、そんな、恩返しだなんて」
そんな芹那をじっと見つめ、何かを察したかのように豊玉姫は言った。「あなた方は、探し物をしていますね、海の中に」
「探し物?」
「海の中に?」
僕と芹那はそう言って顔を見合わせた。
「海はわらわの領分です。必ずやお役に立ちましょう」
「あっ、もしかして!」芹那がそう言って声をあげた。
「え、なに?」
「天叢雲剣、壇ノ浦の海の中に沈んでいるかもって」
「あ、そうか!」
「お待ちください。そう言って豊玉姫は目を閉じ、まるで眠りに落ちるように呼吸を緩やかにした」
その間、空に見える月は、まるで役目を終えたかのように徐々に小さく、いつもの大きさに戻っていた。そして空の輝きを星たちに譲るように、いつの間にか窓に見える風景から消えていた。
「ありました。これですね……」豊玉姫がそう言うと、僕は意識を吸い取られるようにどこか遠い場所まで連れて行かれ、その景色を見た。
それは暗い海の中だった。
見上げると、水面に何かの光が揺らめいているのが見えた。
目を緑色に光らせるサメが数匹さまよっている。
水中で、波に揺られながら砂に突き刺さる何かを見つけた。
まるで眠りにつくように、それは鈍く黒い光を反射していた。
「こ、これだ!」僕は思わずそう叫んだ。
「これ? 天叢雲剣なの?」姿は見えないが、すぐ横に芹那の存在を感じる。
「そうだよ、これだ! でも、どうやってここから」
「心配ご無用です。海の中であれば、わらわにできぬことなどありません」そう豊玉姫の声が聞こえた。そして気が付くと、僕と芹那はまた部屋に戻っていた。
「あの、あの剣を、なんとか海から引き上げることは……」芹那が聞いた。
「心配ありません。もうすでに、遣いの者が海に向かっておりまする」
「え、ええ? すでに? どうやって?」僕の質問には、豊玉姫は答えてはくれなかった。やはりセミのせいだろうか……。
「わらわは少し、眠らせていただきます。じきに迎えの者が来ますゆえ……」そう言うが早いか、豊玉姫は静かに寝息を立て始めた。
「迎えの者?」
僕は肩をすくめた。
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