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芹那の話 其の玖
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朝になると小りんちゃんは目を覚まし、まるで初めて見るもののように細めた目を輝かせながら太陽を見上げた。はしゃいで外を駆けまわるその姿に、いったいどれくらいの間眠り続け、陽の光を避けて生きていたのだろうと考えた。
ヤエさんと鈴鹿御前は、戦いの汚れを流すために、小りんちゃんを連れて近くの川に水浴びに出かけた。
私は機嫌が良かった。大嶽丸を倒し、小りんちゃんの呪いが解けたことももちろん嬉しかったが、何より正人がヤエさんを守ってくれたことが嬉しかったのだ。
それにしても昨日の夜に見た八岐大蛇は、私の知っているものとはずいぶん違っていた。きっと正人が加わって八匹になったせいだろう。その大きさは伊吹山で戦っていた大蛇がそのまま八匹になったような巨大さだ。一匹でも大地を割ってしまうほどの力があったと言うのに、八匹ともなるとその力はいったいどれほど強大なものなのだろう。それに見た目も、あれはもう蛇と言うより龍に近い。鱗はごつごつと岩のように分厚くなり、赤く見開いた目は中で何かが燃えているようにも見えた。顔は獣のように前に伸び、裂けた口に見える牙も肉食獣のように太く鋭いものだった。あれなら、本当に天逆毎を倒してくれそうだ……、そう思いながら、私はふと隣で眠る和也の顔を見た。
和也は……、須佐之男命は、かつてあの八岐大蛇を倒したのだ。和也はその力をもってしても、天逆毎を倒せなかった。そんな天逆毎を、正人はいったいどうやって倒すつもりなのだろうか。
「なに考えてんだ?」
「え、起きてたの?」
「いけねえのかよ」
「ううん、そんなんじゃないよ。あの、昨日はありがとう」
「何がだよ」
「ヤエさんのこと、助けてくれて」
「なんでお前が礼を言うんだ?」
「え、まあ、そうだね、変だよね。でもなんだか、嬉しかったから」
「守る、っつったもんは守る。それにあいつは、香奈子の先祖だろ。あいつが死んじゃあ、香奈子が生まれてこないことになる」
「あああ! そっかあ! そのこと考えたことなかった!」
「バカじゃね?」
「ちょっと正人、いくらなんでも年上に言う言葉?」
「知らねえよ」
「それにしてもじゃあ、ヤエさんはそのうち子供産むってこと? どんな人と結婚するんだろうね」
「さあな。あいつのことだから、自分より強い奴とじゃねえか?」
「なるほどね。でもそんな人、現れるのかな。ヤエさんより強くて、守ってくれる人。見てみたいなあ」
「知らね」
「誠にお世話になりました。旅のご無事をお祈り申し上げます」そう言って鈴鹿御前は手をつき、頭を下げた。小りんは鈴鹿御前の子とは思えぬほど人見知りで、常にその足元に身を隠すようにしながら顔を覗かせた。
「ほら、ちゃんとあなたもお礼を言うのです」そう言われて小りんは、恐る恐る前に出ると、笑みを浮かべて頭を下げた。
「鈴鹿御前さんも、お元気で。小りんちゃんも、いっぱい食べて大きくなるのよ?」
小りんちゃんはやはり鈴鹿御前の後ろに隠れてしまったが、そっと私たちを見る顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、さっき言ったこと頼んだぜ」正人が言った。
「ええ。ヤエ殿、お待ち申しております」
「私を? なんのことだ」
「いいからいいから、さ、行くぜ」正人に背中を押されるようにして、私たちは外に出た。
「さ、じゃあ俺たちはここでお別れだ」
京都の手前まで来て、正人はそう言った。ここから私と和也はそのまま出雲を目指して西へ、正人とヤエさんは平城京を目指して南へ下ることになる。
「ほんとに、あなたたち二人で天逆毎と戦うのね?」
「ああ。そう言うこった」
「勝てるの?」
「いや、負ける」
「冗談はよして」
「冗談じゃねえよ。いま行けば負けるってことだ」
「あなたいつもそう言うけど、どう言うことなの?」
「俺の予想でしかねえ。だがこの先確実に、天逆毎が力を落とす瞬間がある。そこを狙うんだ。まあ任せとけよ」
「わかったわよ。どうせこの中で一番強いのはあなただし、私たちがどうこう言ったところでどうしようもないわ」
「そう言うこった。和也のこと、頼んだぜ」
「はあ、この先和也を背負って出雲まで行くわけね。気が遠くなるわ」
「ま、そう言うな。和也が目を覚ました時だけ歩いて、眠ればお前さんも休めばいい。そんなに急ぎやしないよ。一週間もありゃあ着くだろう」
「簡単に言ってくれるわね!」
「俺たちがしようとしてることに、何一つ簡単なことなんてありゃしねえよ」
「その通りね……。悔しいけど、全部あなたの言う通りだわ。ヤエさんも、無茶だけはしないでね」
「わかっている。また生きて会おう」
「え、ええ。そうね。会いましょう」
「じゃあな」そう言って正人とヤエさんは、道を分かれて歩いて行った。
それにしても、ちょっと意外だった。ヤエさんの口から、「また生きて会おう」なんて言葉が聞けるなんて。いつも死と隣り合わせに化け物と戦い、明日の命なんて望みもしない生き方をしていると思っていたからだ。それになんだか最近のヤエさんは、ふとした瞬間にどこか気を抜いたような優し気な表情を見せることがあった。まるで……、まるでそう、香奈子が和也に見せていたような。……えっ、まさか!? 私はそう思って立ち止まり、もう一度遠のく二人の背中を見た。正人とヤエさん、もしかして……。
ヤエさんと鈴鹿御前は、戦いの汚れを流すために、小りんちゃんを連れて近くの川に水浴びに出かけた。
私は機嫌が良かった。大嶽丸を倒し、小りんちゃんの呪いが解けたことももちろん嬉しかったが、何より正人がヤエさんを守ってくれたことが嬉しかったのだ。
それにしても昨日の夜に見た八岐大蛇は、私の知っているものとはずいぶん違っていた。きっと正人が加わって八匹になったせいだろう。その大きさは伊吹山で戦っていた大蛇がそのまま八匹になったような巨大さだ。一匹でも大地を割ってしまうほどの力があったと言うのに、八匹ともなるとその力はいったいどれほど強大なものなのだろう。それに見た目も、あれはもう蛇と言うより龍に近い。鱗はごつごつと岩のように分厚くなり、赤く見開いた目は中で何かが燃えているようにも見えた。顔は獣のように前に伸び、裂けた口に見える牙も肉食獣のように太く鋭いものだった。あれなら、本当に天逆毎を倒してくれそうだ……、そう思いながら、私はふと隣で眠る和也の顔を見た。
和也は……、須佐之男命は、かつてあの八岐大蛇を倒したのだ。和也はその力をもってしても、天逆毎を倒せなかった。そんな天逆毎を、正人はいったいどうやって倒すつもりなのだろうか。
「なに考えてんだ?」
「え、起きてたの?」
「いけねえのかよ」
「ううん、そんなんじゃないよ。あの、昨日はありがとう」
「何がだよ」
「ヤエさんのこと、助けてくれて」
「なんでお前が礼を言うんだ?」
「え、まあ、そうだね、変だよね。でもなんだか、嬉しかったから」
「守る、っつったもんは守る。それにあいつは、香奈子の先祖だろ。あいつが死んじゃあ、香奈子が生まれてこないことになる」
「あああ! そっかあ! そのこと考えたことなかった!」
「バカじゃね?」
「ちょっと正人、いくらなんでも年上に言う言葉?」
「知らねえよ」
「それにしてもじゃあ、ヤエさんはそのうち子供産むってこと? どんな人と結婚するんだろうね」
「さあな。あいつのことだから、自分より強い奴とじゃねえか?」
「なるほどね。でもそんな人、現れるのかな。ヤエさんより強くて、守ってくれる人。見てみたいなあ」
「知らね」
「誠にお世話になりました。旅のご無事をお祈り申し上げます」そう言って鈴鹿御前は手をつき、頭を下げた。小りんは鈴鹿御前の子とは思えぬほど人見知りで、常にその足元に身を隠すようにしながら顔を覗かせた。
「ほら、ちゃんとあなたもお礼を言うのです」そう言われて小りんは、恐る恐る前に出ると、笑みを浮かべて頭を下げた。
「鈴鹿御前さんも、お元気で。小りんちゃんも、いっぱい食べて大きくなるのよ?」
小りんちゃんはやはり鈴鹿御前の後ろに隠れてしまったが、そっと私たちを見る顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「じゃあ、さっき言ったこと頼んだぜ」正人が言った。
「ええ。ヤエ殿、お待ち申しております」
「私を? なんのことだ」
「いいからいいから、さ、行くぜ」正人に背中を押されるようにして、私たちは外に出た。
「さ、じゃあ俺たちはここでお別れだ」
京都の手前まで来て、正人はそう言った。ここから私と和也はそのまま出雲を目指して西へ、正人とヤエさんは平城京を目指して南へ下ることになる。
「ほんとに、あなたたち二人で天逆毎と戦うのね?」
「ああ。そう言うこった」
「勝てるの?」
「いや、負ける」
「冗談はよして」
「冗談じゃねえよ。いま行けば負けるってことだ」
「あなたいつもそう言うけど、どう言うことなの?」
「俺の予想でしかねえ。だがこの先確実に、天逆毎が力を落とす瞬間がある。そこを狙うんだ。まあ任せとけよ」
「わかったわよ。どうせこの中で一番強いのはあなただし、私たちがどうこう言ったところでどうしようもないわ」
「そう言うこった。和也のこと、頼んだぜ」
「はあ、この先和也を背負って出雲まで行くわけね。気が遠くなるわ」
「ま、そう言うな。和也が目を覚ました時だけ歩いて、眠ればお前さんも休めばいい。そんなに急ぎやしないよ。一週間もありゃあ着くだろう」
「簡単に言ってくれるわね!」
「俺たちがしようとしてることに、何一つ簡単なことなんてありゃしねえよ」
「その通りね……。悔しいけど、全部あなたの言う通りだわ。ヤエさんも、無茶だけはしないでね」
「わかっている。また生きて会おう」
「え、ええ。そうね。会いましょう」
「じゃあな」そう言って正人とヤエさんは、道を分かれて歩いて行った。
それにしても、ちょっと意外だった。ヤエさんの口から、「また生きて会おう」なんて言葉が聞けるなんて。いつも死と隣り合わせに化け物と戦い、明日の命なんて望みもしない生き方をしていると思っていたからだ。それになんだか最近のヤエさんは、ふとした瞬間にどこか気を抜いたような優し気な表情を見せることがあった。まるで……、まるでそう、香奈子が和也に見せていたような。……えっ、まさか!? 私はそう思って立ち止まり、もう一度遠のく二人の背中を見た。正人とヤエさん、もしかして……。
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