悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第三部

Hiroko

文字の大きさ
29 / 31

7 手を焼きそうね

しおりを挟む
 空がこれほどに明るく輝く夜を僕は知らなかった。月は視界に収まりきらないほどの大きさにまで迫り、そのあまりの眩しさに直視できないほどだった。
 僕は不思議な思いでしばらく外でその月を眺めた。あまりに静かで、静かなのに、なんだか誰かに話しかけられているような気がしたのだ。
 神社の中では、ずっと芹那が目を閉じたヤエさんに手をかざしていた。芹那の両手から発せられる金色の光はヤエさんを包み込み、まるでそこにもう一つの月が生まれたように見えた。
 昼になり、太陽が昇っても芹那はそのまま動くことはなかった。外に出て空を見ると、月はまだそこにあり、まるでヤエさんに手をあてる芹那のように、まったく動く様子がなかった。太陽は月の向こうにあるようだったが、その光は月に遮られ、まったくその熱を感じることはできなかった。太陽よりも月が眩しいなんて……。
 正人もまた、ヤエさんのすぐそばに寝かされていた。が、腹に負った傷は深く、ヤエさんと同様目を開けることはなかった。傷がふさがることはなく、流れ続ける血のせいで、眠らされる布団がぬらぬらと赤く染まっていた。
 一日経つと、明らかにヤエさんのお腹が膨らんでいることに気が付いた。ヤエさんの呼吸はあまりに小さく静かで、まるでもう息を引き取っているのではないかと思うほどだった。
 正人は傷が痛むのか、あるいは何か嫌な記憶に苛まれるのか、時々唸り声をあげ体をのけぞらせたが、意識が戻ることはなかった。
 
 二日目の夜、「もうこれくらいで大丈夫ね」そう言って芹那はヤエさんの横に倒れ込むようにしてかざした手を離した。それと同時に放っていた金色の光も消えた。
「すまなかったな」いつの間にか目を覚ましていた正人が言った。
「別にあなたのためじゃないわよ」
「俺のこと、怒らないのか?」正人は芹那に尋ねた。
「怒るって、何を怒るの?」芹那は静かに言った。
「ヤエを守ることができなかった」
「ええ。約束を守れない男なんて最低ね。でも、それで一番傷ついているのはあなたでしょ」
 正人は何も答えなかった。
「本当はあの時みたいに、私に感情をむき出しにして怒られたかったのね」
「なぜそう思う」
「自分を許せないから、誰かに責めて欲しいんじゃないかって思ったの」
「俺はそんな善人じゃねえよ」
「けれど、ヤエさんを大切に思う気持ちは伝わるわ」
 ふんっ、と正人は鼻を鳴らし、芹那から目を逸らした。
「それより、傷は大丈夫なの?」
「ああ、俺は平気さ」そう言いながらも、正人はまだ身動き一つできないようすだった。
「仕方ないわね」そう言うと芹那は起き上がり、今度は正人の傷のふさがらないお腹に手をかざし、その傷を治そうとした。
「ありがたいが、やめてくれ」
「どうして?」
「女々しいと思われるかもしれねえが、少しでもヤエの痛みをわかってやりてえ」
「そう。まあ、そんな傷で死ぬようなあなたじゃないでしょうから、好きにさせてあげるわ。それより、強がりを言う余裕があるなら、ヤエさんのお腹に触ってあげてね」
「腹に?」そう言って正人は痛みに顔を歪ませながら起き上がり、恐る恐る膨らんだヤエさんのお腹に触れた。
「どう? わかる?」
「これってまさか……、ああ、ああ、動いてやがる。なんて……、なんてこった……」そう言いながら、正人はこれまで見せたことも無いほどの優しい表情になり、涙を流した。
「こ、ここはどこだ……」自分のお腹に触れる正人の手の感触に気付いたのか、ヤエさんが目を覚まして言った。
「ああ、ヤエ。目を覚ましたんだな。ここは海の近くの白兎神社と言うとこだ。芹那や和也もいる。お前を助けてもらったんだ」
「そ、そうか……。私は天逆毎の首を取り損なって……」
「そんなことはいいんだ。もう忘れろ」
「正人殿、どうしてそのような悲し気な顔をしている」ヤエは何とかと言う感じで首を横に向け、うっすら開けた目で正人を見ると言った。
「いや、なんでもねえ。気のせいだ……」
「わかっている。私はもうすぐ死ぬのだろう」
「ヤエ、お前、なぜそれを……」
「夢で見た。何度もな。天逆毎の手が私の首を締め付け、呪いをかけた。逃れることのできぬ死の呪いを」
「すまねえ、俺が……」
「何を謝る? どのみち私はあそこを死に場所だと考えていた。それがこうやって生きているだけでも……」ヤエさんはそう言いながら、自分のお腹をゆっくりと撫でながら言った。「これは……」
「あなたのお腹の中に、新しい命が育っているの。大丈夫、もうすぐ生まれるわ」
「この子は、この子は、助かると言うのか?」
「ええそうよ。なにがあっても、必ず私がその子を守ってみせる」
 うっ、とヤエさんは一瞬痛みに顔を歪ませた。「い、いま、この子が私のお腹を蹴ったぞ」
「あら、ヤエさんよりも強い子になるのかもね」
「そんなことが……」と言いながらまたヤエさんは、うっ、と言ってなだめるように優しくお腹を撫でた。
「あら、手を焼きそうね」そう言って芹那は笑った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...