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9.喉元で光る石《4》
しおりを挟む翌月曜の昼休み、その子が教室へわたしを訪ねてきたのでヘナヘナと力が抜けた。もう逃げも隠れも出来ない気がしたのだ。そっとしといてくれればいいのに、何でわざわざ会いに来るんだろう。彼女は呆然とするわたしに向かってひたすら頭を下げた。
「あの……昨日はありがとうございました。私、一年のクマシロマユっていいます」
背はわたしよりちょっと高いが、体重は倍ぐらいありそうだった。目が小さくて、まばたきするとしょぼしょぼして見える。ここへ押しかけてくるほど行動力があるわりには、態度は遠慮がちで、声も小さくて優しかった。
「あの……昨日、これが落ちてて……」
クマシロさんは制服のスカートのポケットから青いピンを出した。たしかに昨日わたしがつけていたものだ。乱闘の最中に落ちたんだろうか。なくしたことにも気付いてなかった。
「あ、どうも……ありがとう。それにしても、どうしてわたしってわかったの? っていうか、どうしてわたしのこと知ってるの?」
「私、入学してすぐ先輩のこと覚えました。こんな人がいるんだって」
「……こんな人」
「すごくいい匂いがするし……。この匂い何だろうって思って探したら先輩がいて、それで知りました」
どう受け止めたらいいものか。それは誰の話ですか? と確認したくなったが、こちらの予想を上回る返答をされても困る。生徒が校内でつける名札を見ると「神代」とあった。
「あれ? カミシロさんだっけ」
「クマシロって読むんです」
「変わった名前だね」
「そうですね、こういう読みかたあんまりしないから……一度で読めた人はいないです」
「マユはどう書くの?」
「真面目の真に結ぶです。――先輩って柔道とかされてるんですか?」
「?」
「昨日、ものすごく強かったから。全然そんなふうに見えないのに。走るのも速かったし」
「ああ、あれ……! あれは……その……誰にも言わないでくれる?」
「言いません」
「わたし、何ていうか……要するに武道の達人なの!」
「やっぱり」
「でもそんなふうに思われたくないの。わかるでしょ?」
「わかります」
クマシロさんは真剣に頷いている。懸命に言い訳するわたしを不審な目で見たり小バカにしたりする様子はなく、言い分を全面的に信じている。心から善良な人のようだ。小さな目の奥は澄んでいて、お母さんのように優しそうだった。
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