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第六話

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 「奴隷商店へようこそ。本日はどのような奴隷をお求めでしょうか?」

 奴隷が売っているお店は、大通りを抜けて一本裏の道を行くとすぐに見つかった。黒く塗装された外壁に紫の字で奴隷販売店と書かれてある建物がデーンと構えてあったからだ。ちょっと……いや、かなり入りにくかった。けれど勇気を振り絞って正面の扉から店の中に入った。
 すると小太りなおじさんが現れて、ニコニコ笑顔で話しかけられた。

 「え~と、強くて魔法が使える人はいますか」
 「護衛目的でございますね。ご予算はいかほどでしょうか?」

 え、予算?どうしよう、そんなの相場がわからないから何て応えたらいいか分かんないよ!
 何も言えずにあたふたしていると、おじさんは笑顔で細かく説明をしてくれた。

 「まず、借金奴隷か犯罪奴隷かによって金額が変わってまいります。護衛に使える奴隷は需要がありますので、労働奴隷や家事奴隷よりも金額は高い傾向にあります。剣が使えて魔法も使えるとなりますと、戦闘奴隷としても利用できますのでおおよそですが大金貨十枚にはなるかと」

 大金貨十枚ってことは、円にすると一千万か……。安いんだか高いんだかよく分からないけど、払えない金額ではない。

 「実際に見ていただくのが一番ですから、ご案内いたしましょう」

 こちらです、と言って案内されたところは地下だった。そこには檻に入れられた奴隷たちがたくさんいて、虚な目でどこか遠くを見ている人ばかりだった。そして、おじさんは一つの檻の前で止まった。

 「こちらの奴隷は魔力値は三百と低いですが、剣術の腕が立ちますのでお求めに近い商品かと。逆にあちらにいるのは魔力値は九百と高いのですが、剣術は素人レベルになります」

 う~ん、なかなか上手くいかないものね。それにしても、どっちの奴隷も目が死んでいるというか、バイタリティーが皆無に見える。さっきも思ったけど、誰も好んで奴隷になる人なんていないわけだから、やっぱり自尊心をへし折る必要があるんだろうなぁ。……なんだか帰りたくなってきた。

 そんなことを考えていると、私の帰りたいオーラを感じ取ったのか、慌てた様子でもう一人紹介できる奴隷がいると言って案内された。そうして連れて来られたのは、一番奥に置かれた檻の前だった。そこにはボロボロの、かつて服だったと思われる布を身にまとった一人の男が地べたに座っていた。

 奴隷商のおじさんが燭台の灯りを近づけると、閉じていた目がカッと開いて赤い目がこちらを見た。咄嗟にヒュッと息を呑む。髪も髭もボーボーで顔がよく見えないしガリガリだけど、まるで鋭い鉤爪と鋭い牙で襲い掛からんとするような気迫に押されて、私は後方にたたらを踏んだ。
 す、すごい!!すごいとしか言いようがないんですけどこの人!!

 「あの、どうしてこの人は廃棄寸前なんですか?」
 「コレは少々訳ありでして、奴隷としての自覚が足らず、ぬしに反抗的なため買われてもすぐに戻ってきてしまうんですよ」

 確かに、この人の目は他の奴隷たちと違って死んでいない。

 「私に見せるってことは、この人に護衛としての素質があると?」
 「ええ、その通りでございます。これの魔力値は千を超えておりますし、剣術も抜きん出て優れております」

 その証拠に、護衛としての功績には目を見張るものがあった。でもさ、今この人ガリガリだよね?輝かしい過去をお持ちのようだけど、それ一体何年前の話ですか。
 年齢を尋ねたけれど、不詳だと返ってきた。う~ん、上手くやっていけるかな……。迷っている私に奴隷商のおじさんが追い打ちをかけてくる。

 「そんなわけで廃棄寸前ですので、お値段は安くさせていただきますよ」

 と言って提示されたのは、大金貨三枚という破格の金額だった。

 「……すみません、少しの間で構いませんので二人だけで話をさせていただけますか?」

 それを聞いた奴隷商のおじさんは微妙な顔をしたけれど、数分だったらと条件で私に燭台を渡すと先に地下から出て行った。ゆっくりと近寄って身をかがめると、私は被っていたフードを取った。すると彼の片眉が一瞬ピクリと動いた。けれど顔は無表情で、ジッと私を見つめている。

 「初めまして、由美といいます。こんな見た目のせいでいろいろ困ってます。護衛を探しているんですけど引き受けてくれますか」
 「…………」

 彼からの返事はなかった。ただ先ほど見せた殺気だった様子はもう見られない。

 「奴隷と言っても期限は一年。一年もあれば私も自立の目処が立つと思うので、そのタイミングであなたを解放すると約束します」
 「…………」
 「あの、聞こえてます?」
 「……いいだろう」

 渋いハスキーな声だった。耳元で囁かれたら腰が砕けてしまうような声である。私はふるふると震えながらフードを被ると、地下を出ておじさんに購入する旨を伝えた。


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