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001 『王子様は割と不幸』
しおりを挟む「心の一部が腐って行きそうなんだよね?」
初めて会った我が国の第一王子が言った台詞は、非常にストレートで飾りっ気のない言葉だったように思う。
取り繕うのを止めたのか?
取り繕う相手でもなかったのか?
生きる事に疲れたのか?
色々、事情はあるのだろうと思う。
何と言っても、生まれながらに重責を伴う立場だ。
勉強量半端なし。
マナーや教養半端なし。
馬術や武術まで仕込まれて、秒単位で生活していらっしゃる。
息切れしちゃったのかな?
我が国の王子様はどうやら心が腐りそうなのだそうです。
もちろん、物理的に腐っていくという意味ではない。
メンタルが腐りそう? ということだろう。
「これ、見てくれる?」
左腕を捲り上げたその先には、変色した肘が在った。
………。
意外にも物理の方だったか?
「まあ、所謂一つの毒殺未遂っていうやつ?」
王子は捲った腕を視線の高さに翳した。
「一ヶ月前に毒を盛られた。ちなみに公には隣国に遊学中となっている。だが、その実、毒を盛られて死にかけていたって訳」
なるほど。なるほど。
アリシアはやっと合点がいった。
こんな辺境の、しかも一般庶民の、どこにでもいるような一介の教師に、破格の金銭が提示された仕事というのはこういうことだったのか。
ぶっちゃけ口止め料ですね。
分かります。
アリシアは子沢山の伯爵家で家庭教師をしていた。
突然伯爵に呼び出されたかと思ったら、何も言わずに引き受けて欲しい仕事がある。なんと報酬金貨百枚だ。と言われたのだ。
ええ。
もう一度言います。
金貨百枚。
大切な事なので二度言いました。
庶民が一生暮らしていける額ですよね?
何も聞かずに引き受けましたとも。
お金大事ですから。
お金には無限の可能性がある。
美味しいものが食べられる。
暖かいお家が買える。
薬が買える。
魔道具が買える。
そこには夢がある。
辺境伯の先妻の妹の夫の従姉妹は確か王宮で女官をしていたかしら?
とんでもなく遠い縁だけれども、遠くなければ身は隠せない。
縁が遠く、血の繋がりがなく、信用の置ける者。
王か王妃かが辺境伯を信頼している?
という事だろうか。
アリシアは王都に行ったことがない。
第一王子といえば、絵でしか見たことがないというのが実情だ。
だが意外にも絵と似ているではないか。
淡い金髪にラベンダー色の瞳。
ああいうのは百割増しで美化されると思い込んでいただけに驚きだ。
しかしー
絵の中の第一王子といえば、キラキラとした笑みと、慈愛に満ちた瞳をしていた。
なんだろうね? このアンニュイな感じの王子。
毒殺されかけて面相変わった?
そうゆうこと?
アリシアは青黒く変色した左手を見遣る。
毒が完全に抜けていないんだ。
一ヶ月かけてここまで抜けたのだろう。
体調が安定してから辺境まで馬車で来たとしても、危ない行為だ。
危ない行為を実行したということは、それ程に切羽詰まっていたいうこと。
確かに。
王子業は難儀そうだ。
庶民万歳。
「おい、お前」
「何でしょう?」
「今、失礼なこと考えただろ」
「まさか。王子様とは素晴らしいお立場ですねと思いました」
「成る程。王子とは厄介な立場だと思ったんだな」
「………」
何この王子?
頭良いじゃない。
王国安泰。
第一王子ルシア殿下万歳。
「さすが我が国の第一王子様で在らせられる。素晴らしい推察と判断ですわ」
「身分と有能の因果関係は? 王子でなくても俺は優秀だ。辺境で領地を治める伯爵に有能さを買われて教師になるくらいには有能だと思うが」
「我が王子、あなたは私よりも数倍有能ですわ」
アリシアはニッコリと微笑むと、エプロンドレスを持ち上げてカーテシーを取った。
色々言いたいことを飲み込んでみました。
大人ってそういうものだよね。
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