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第5話 お疲れ聖女はお休みを貰う

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「……と言う訳で、キミがこれまで請け負っていた聖女業務は当分休みだ。キミの体調が良くなるまで…とは一応なっているが、…別に祈りだって儀式だってそう頻繁にやらなければならないものでもないんだ。形式的なものなら代役にでもやらせておけばいいしな」

 そんな風に告げられたのは、私がここ…乙女ゲームの世界にある国である"バーナファレナ"で目覚め、幼馴染であり王子様でもある攻略対象キャラの一人アロルドに自分の想いを吐露してしまってから数日後だった。
 あの後、私は館にいるメイドや執事たちに、この場所が国から聖女に与えられた邸宅であることだったり、この国のこと、私が聖女として行っていた仕事のことなど、様々なことを質問して過ごしていた。
 彼らにとって今の私は『長いこと意識が戻らなかったせいで、まだ記憶が混濁していて一部記憶が抜け落ちているようだから…』ということになっているらしい。
 あるものは「お労しい」と言う感情を、またあるものは「聖女様がこんな様子では不安だ」とでも言いたげな顔をしていたけれど私は素知らぬ顔をしていた。
 これが私の夢や妄想であれ、何かの間違いでゲームの世界に入り込んでしまった…みたいなことであれ、今私はこの世界で生きている。
 私は、現実世界では出来なかった"自分の為にやりたいことをやる"をやってやろうと決意したのだ。
 そしてその為に、この世界のこと、自分のことをもっと知っておきたいし、情報収集は大切だ。
 誰かの目なんていちいち気にしてはいられない。
 長い事床に臥せっていたと言うこの体は、すっかり筋力が衰えてしまったらしく、立ち上がって歩き回ろうとするとわりとフラフラしてしまうし、体力も落ちていてすぐに疲れてしまうようだった。
 身体が思うようにならなくては好き勝手なんて出来やしない。私は、無理はしないでと懇願してくるメイドたちを適当に受け流し、邸宅内や色とりどりの花が咲き乱れる広い庭園を散歩して体力と筋力を取り戻そうとした。
 二度目のアロルドの訪問を受けたのもこの頃で、彼は手に王家の印の刻まれた筒を持って現れた。
 そして、私に聖女としての仕事のお休みが正式に決まったと告げたのだ。
 これは非常に僥倖で、私にとってはとても都合が良い。
 あの時はつい感情を爆発させて色々アロルドに言ってしまったことを少しばかり後悔もしていたけれど、そのかいもあって彼は私の為に聖女業のお休みという前代未聞の休暇を勝ち取って来てくれたのだ…!

「…とは言え、この場所では仕事を忘れるなんて言うのも難しいだろう?気分転換も兼ねて、滞在場所として僕の別荘に招待しようと思うんだけどどうかな?」

「別荘?」

 ゲームではそんな設定は出てこなかった気がして、私は目をぱちくりとさせてしまう。

「僕自身も最近はあまり行けていないのだけれど、近くに川や森もあって、静かで景色や空気も良いし、のんびり過ごすには悪くない場所だよ。身の回りの世話役も、必要なだけ用意させよう」

 そう何処か得意げに胸を張るアロルド。幼い頃から当然のように他人から世話を焼かれる立場だった彼にとって、使用人は多ければ多いほど良いもの…と言う思いがあるようだ。
 彼にとっては善意100%の、でも今の私にとってはあまり望んでいない提案もしてくる。

「…ありがとう。…でも…使用人は最低限の人数の方が良いかな…。……まだ……あまり人と接したくはないから…放っておいてくれるタイプの人の方が嬉しい」

「……ユラ……」

 アロルドの表情は心配げだ。目を離したらまた私が自ら命を絶とうとしやしないかと言う不安もあるのかも知れない。
 彼が私を大事にするのは、幼い頃からの慕情だけじゃない。王子として、この国にとって必要な"聖女"を失わないように努めていると言うのもあるんだと思う。
 けれど、それでも彼は、私が「苦しい」と伝えた時に抱きしめてくれた。そして自分を責めていた。
 言葉だけでもなく、私の為に休暇まで手配してくれたのだ。
 国のシンボルですらある聖女の仕事に休暇なんてものは本来存在しない。王族関係者や貴族議会の連中を納得させるのには恐らく相当苦労したことだろう。もしかしたら…いや、恐らくはかなり強引に話を決めてきたに違いない。

(…自分だって、お堅い貴族連中や王様であるお父さんに悪印象を与えるのは嫌なはずなのに…頑張ってくれたんだよね…)

 この世界では自分勝手に生きると決意したはずなのに、こんな風に"自分の為"に動いてくれる人がいると、ついつい今までの自分が顔を出してしまいそうになる。
 こんな良い人に、辛い顔や悲しい顔をさせたくない。それならば私が我慢をした方が良いんじゃないか…そんな気持ちが沸いてきてしまう。

(…ダメダメ…!ここでは自分の為に生きるって決めたんだから、自分を殺したりなんてしない)

「そんな顔をしないで?もう死のうとしたりしないから。…それに……アロルドも、たまには様子を見に来てくれるんでしょ?」

「…!…当然だ!公務の間に出来るだけ行くようにするよ。土産も持って行く。キミが退屈しないように必要なものがあれば、必ず用意する。いつでもなんでも連絡して欲しい。…あ、勿論使用人たちに言いつけても良いが」

「……王子の仕事だって忙しいのだから、そんなに頻繁に来ちゃ駄目でしょ?」

 ぱぁっと嬉しそうに笑顔になったアロルドに私がぴしゃりとそう言うと、今度はあからさまにしゅんとした顔へと変わる。
 そのくるくると変わる表情に、何だか微笑ましいようなくすぐったい様な気持ちになって、私は少し笑ってしまった。
 
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