最果ての僕等 【ハイエナ】

コハナ

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放課後、吏都が1人で喫茶店に立ち寄った。


「いらっしゃいませ。ご無沙汰してます。」
「こんにちは。‥あの時はご迷惑お掛けしてすいませんでした。」
「いえ、お元気になられて良かったです。」
「ありがとうございます。」
「こちらへどうぞ。」
「はい。」


店主に案内されテーブル席へ座った。メニューを手渡されると「お決まりになりましたらお呼びください。」と店主はカウンターへ戻っていった。吏都がメニューを眺めていると、店のドアが開き、「吏都!」と尋那が入ってきた。吏都が尋那に手を振ると尋那は店主に会釈をしてから吏都の席へ向かった。


「ごめん、待った?」
「ううん、今来たところ。」
「そっか。何にするか決めた?」
「ウインナー珈琲。」
「へぇ、本当に甘党になっちゃったんだね。」
「自分でもビックリしてる。」
「じゃあ私はブラックにしようかな。すみません!」


尋那が手を上げて店主を呼び注文を済ませた。


「学校は慣れた?」
「うん。初めは周りに気を遣わせちゃったけど、今では受け入れてもらえてるかな。吏都って呼んでくれるようになったし。」
「そうなんだ。」
「大学はどう?楽しい?」
「うん。授業が日によって午前中からの時と午後からの時とあるから慣れるまで大変だったよ。でも地方から来てる子と仲良くなってGWはその子の地元に遊びに行く予定立てたりしてるんだ。」
「そうなんだ!楽しんできてね!」
「吏都は?卒業してからの事考えてるの?」
「うーん。‥まだ分からないかな。」
「まぁ卒業まで時間あるし進路はゆっくり考えたらいいね。今はやりたいことして最後の高校生活楽しんで。」
「うん、そうする。」
「今年はお客さんとして文化祭行くからもてなしてよね。」
「えぇー!緊張しちゃうな。」


2人で世間話をしていると注文した品を店主が運んできた。それとは別に2種類のケーキをテーブルの真ん中に置いた。


「あれ?これは頼んでませんけど‥」
「いいの。これは私からの退院祝い。」
「え?」
「これね今月の新作ケーキ。店長にお願いしてとっておいてもらったの。新作が出たら食べにこようって約束してたでしょ?」
「ありがとう!尋那、店長さん!」
「喜んで頂けて光栄です。」
「甘夏と蜂蜜のタルトか苺と新茶のオペラ、どっちがいい?」
「えっ!どうしよう、悩むな。」
「半分こして食べようか?」
「うん。」
「ごゆっくりお召し上がりください。」


店主は会釈をしてからカウンターに戻った。「すっかり元気になったね。」とカウンターに座る志治に話しかけた。新聞に顔を突っ込背中を丸めて吏都に見つからないようこっそりと座っている志治が「ああ。」と店主に静かに返事をした。2人の笑い声が聞こえてくると、志治は吏都の方をちらりと見た。吏都が尋那とケーキを食べたりお喋りしたりと以前と変わらない明るい吏都の姿に志治は胸を撫で下ろし表情が緩んだ。


「声かけなくていいの?」
「おっさんが声掛けたら雰囲気壊すだろ?」
「それもそうだね。」
「自然体の吏都ちゃんを見れて良かった。大丈夫そうだな。」
「そうだね。」
「さて、邪魔者は退散しようかな。」
「今日も張り込み?」
「いや、今日は帰るよ。」
「それなら、渉と明日香さんに今月の新作ケーキ1つずつ持って帰ってやれよ。」
「おう、頼む。」 


ケーキを箱に詰めてもらうと、吏都に見つからないように志治はこっそりと店を出た。家に着くと渉はリビングで宿題をし、明日香はキッチンで夕食の支度をしていた。


「ただいま。」
「お父さん!お帰り、早かったね。」
「たまにはな。」
「ゆき君お帰り。気づかなくてごめんなさい。」
「いや、忙しい時間に帰ってきて驚かせたな。渉!これ土産だ。」
「何?開けていい?」
「ああ。」
「ケーキだ!美味しそう。」
「今日、喫茶店に吏都ちゃんが友達とお茶していたよ。元気そうに‥」
「ゆき君、やめて。‥ケーキありがとう。渉、夕飯食べたら頂こうか。」
「うん。」


渉はケーキの箱を閉じると再び宿題に手をつけ始めた。明日香はケーキを冷蔵庫にしまうと夕飯の支度の続きを始める。祐が亡くなってから渉は今まで以上に志治と明日香の顔色を伺い、いい子になろうと無理をしているように見える。明日香は祐が亡くなった数日は泣き崩れる事しか出来ずにいたが、葬儀を終えた辺りから感情を失ったかのように虚ろな表情で家事や育児、仕事をこなす日々を過ごしている。まだ現実を受け入れるには時間がた足りないのか、祐と吏都の話題を出すと明日香はピシャリと会話を終わらせてしまう。渉は暗黙の了解のように祐と吏都の話題を出そうとしない。どこか冷えきって空回りしている家族にどう向き合ったらいいのか志治は頭を悩ませていた。


吏都は尋那とお茶を済ませると喫茶店で別れて家路に着いた。自分の部屋に向かおうとリビングを通り過ぎると麻奈美が吏都に気づいた。


「お帰り。尋那ちゃん元気だった?」
「うん。大学大変そうだけど楽しんでるみたいだったよ。」
「そう、良かったわね。今週定期検診だから忘れないでね。」
「分かった。」


自分の部屋に籠ると祐の好きだった音楽をイヤホンで聞きながらブックシェルフに飾ってある幼稚園の頃に祐からもらったクマのぬいぐるみを眺めると祐を思い出し涙が滲む。祐を思い出せば志治達の事も思いだす。志治はハッキリと言わなかったが、吏都の胸の奥にある心臓は祐の物なのだろう。吏都が退院してからも明日香は吏都に会おうとしない。渉は何処と無く他人行儀で以前祐の家でお菓子作りをした記憶が嘘のように、今では挨拶を交わす程度の簡素な間柄になってしまった。吏都が志治達に踏み込んでいけば、更に傷をえぐるような辛い思いをさせてしまうかもしれない。しかし何か自分に出来ないだろうかと左胸に手を当てながら考える。「どうしたらいいかな?たす君。」と左胸に問いかけるように祐の名前を呼べば存在を知らせるかのようにドクンと脈を打った。すると吏都は何か思い付いたかのように慌ててスマートフォンで電話を掛け始めた。


数週間後、志治の家のインターフォンが鳴り、明日香が画面を覗くと祐の担当医をしていた桐山が映っていた。


「先生?どうしたんですか?」
「突然すいません。ちょっと頼まれ事をされてしまいまして。お話出来ますか?」
「‥お待ちください。」


しばらくして明日香が玄関のドアを開けると大きな段ボールを抱えた桐山が立っていた。「どうぞ」と明日香が家の中へ桐山を入れると「お邪魔します。」と家に上がった。リビングには志治と渉もいて、2人は不思議そうな顔で桐山を出迎えた。


「先生、ご無沙汰してます。」
「こんにちは。」
「お父さん、ご無沙汰してます。こんにちは、渉君!背が伸びたね!」
「あの、先生‥今日はどのようなご用件でしょうか?」
「あっ!ある人から届け物を頼まれまして。」
「私達に?」
「開けてみてください。」


桐山がリビングのテーブルに大きな段ボールを置いた。志治と明日香が顔を見合わせていると渉が段ボールの口に貼り付けられたガムテープを剥がしていく。


「おい、渉!」
「‥何これ?」
「え?ぬいぐるみ?」


段ボールの中には抱っこするには丁度いいサイズのクマのぬいぐるみが入っていた。渉が取り出して抱っこしていると、桐山が「胸を押してごらん。」とぬいぐるみの胸を指差した。渉が不思議そうに手で胸を押すと「ドクン、ドクン、ドクン」と音が聞こえた。その音が明日香の耳に届くと「え?まさか‥」と声が漏れて勝手に涙が溢れた。渉が「お母さん?」と心配そうに明日香を見つめると、志治も顔をくしゃくしゃにして涙を堪えている。両親が泣いている姿が理解できず渉はおろおろしている。


「その音はね、祐君の心臓の音なんだ。」
「え?」
「祐君は今も元気に生きてるんだよ。」
「兄ちゃん‥」


桐山が教えると渉は音が止まったぬいぐるみの胸を再び押す。すると「ドクン、ドクン」と元気に脈を打つ祐の音が聞こえ始めた。ぬいぐるみを抱く渉を明日香と志治が抱き締める。明日香がクマのぬいぐるみの足に触れると、指先にざらりとした感触の何かが当たった。ぬいぐるみの足の裏を見てみると右足の裏には祐の名前と誕生日が刺繍で縫われていた。左足の裏には一緒に生きていきますとメッセージが刺繍で綴られていた。明日香が涙を拭い、まじまじとぬいぐるみを見るとどこか見覚えがある。


「このクマのぬいぐるみ、祐が幼稚園の頃入院する時に1人で寝るのが怖くないように私があげた物だわ。」
「ん?退院する時には持ってなかっただろう?」
「もう1人で寝るのは怖くないから、僕より可愛がってくれる子にあげたって‥あの頃、吏都ちゃん毎日のように祐の所へ面会に来てくれたのよ!‥そう。吏都ちゃんと一緒に居るのね。」
「祐、元気に生きてるな!」
「そうね!」
「兄ちゃんクマになったみたいだね!」
「そうだな!クマになって帰ってきたな!」


3人でクマのぬいぐるみを抱き締めて祐の帰りを涙を流しながら喜んだ。


                  終
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