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日ノ本妖魔裂傷戦線
船に揺られて
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クラリスは約束通り、三日後にルナを連れ出した。
オーギュストの運転するトラックのコンテナには、携帯ゲームに夢中になっているクラリスと、棺桶に押し込められたルナが乗っている。
「……クラリス」
「どうしたの?」
「これ、密航する気あるの」
「むしろそのつもりしかないけど」
「こんなの絶対バレるけど」
「どうかしらね」
一体どこの誰が、何の疑いもなく棺桶など運ぶのだろうか。
中身を調べられれば、その場でルナは逮捕され、護送の途中で日光に当たればそれまでだろう。
不安だらけのルナだが、発案者のクラリスは平然としている。
「クラリスぅぅぅ……謝るからやめてぇぇぇ……」
棺桶の中から響く情けない声に、クラリスはクスクスと笑う。
「あなたが行きたいと言ったのでしょう?観念して、棺桶の中でイビキでもかいてなさい」
「そんなぁぁぁ……」
棺桶は特別製で、呼吸のための空気穴を内側から開けられるようになっており、そこから日光が当たらなければ彼女の生死に影響はない。
だがこの旅路は、あまりにも過酷すぎる。
「大体あなた、どうやって城まで運ばれたか分かってないでしょ」
「……えぇ?」
言われてみると初めて気付く。
確かにルナは、自身がどのようにして城まで運ばれたのか全く知らない。
気にしたこともなかったが、改めてそう言われると見当もつかない事柄である。
「あなた、今と全く同じ状態で城まで運ばれたのよ。気付かなかった?瀕死……というか、まだ死体だったあなたを棺桶に放り込んで、貿易会社の荷物として運び込んだ。……もう一度この状態になることが出来たこと自体が、この状態でも問題なく渡航できるって証明よ。安心できてよかったわね」
「安心……は、まだできないんだけど……」
そうこうしているうちに、トラックはどこかで停車する。
そしてコンテナの扉が開き、クラリスと扉を開いた何者かが言葉を交わしているのが耳に届く。
相手もクラリスも、話している言葉は英語、ルナにはほとんど理解できていないが、友好的な関係であることは理解できた。
「あれ、クラリスのねーさん、また旅行っすか?」
突然聞こえてきた日本語の主は女性、クラリスやオーギュストのような、極めて日本人に近い発音だった。
否、どこかで聞いたような訛りのある彼女は、姿を見ずとも日本人であるとルナは断定できた。
「あら、今日もお仕事だったのね。ちょっとだけ、あの子のために日本に行きたいの。……また、よろしく頼むわ」
「りょーかいっすー」
軽い調子で答えた誰かの気配はすぐに消え、クラリスと後からやってきたオーギュストによって棺桶が持ち上げられ、運ばれていく。
ここまでの動きで、ルナは船とクラリスたちとの関係性についてある程度理解していた。
この船の持ち主、貿易業の事業者、全体像として捉えた場合にどの程度の人間が繋がっているのかは分からないが、吸血鬼や怪異についてある程度の理解があるということだ。
少なくとも、この船で貿易を行っている乗組員たちのほとんどがそうなのだろう。
時刻としてはそろそろ夕刻になろうかというところで、棺桶の蓋が開けられた。
長時間積み込まれた状態だったルナは、待ってましたと言わんばかりに体を伸ばす。
固まってしまった体は、動かすたびにギシギシと音が響きそうなくらいだ。
「おはよう、ルナ。貨物室の中なら、自由に動き回っても問題なさそうよ」
木箱の上に座って見下ろすクラリスの他に、周りには何人か人が居る。
いずれも初めて見る顔ぶれだが、ルナをそれほど珍しいとも思っていないようで、それぞれの仕事に従事しているらしい。
「よーこそ、ムーンライト海運株式会社へー」
「おわぁっ!?」
突然背後から声をかけられ、ルナは悲鳴を上げて振り返る。
そこには金髪を団子にまとめた日本人の女性がおり、気だるげな眼でルナを見ていた。
「えー、そんなに驚きますー?せっかく蓋を開けたのに」
「あ、ご、ごめんなさい……。と、ところであなた達は……?」
周囲を見渡しながら、その女性に問いかける。
貨物類には、彼女が名乗ったムーンライト海運のものと思われるロゴマークが入っているものも珍しくない。
「あーしらは、この海運業者の末端っすね。あーしの名前はユカリ、細かい素性は――」
ユカリと名乗った女性は口元を指で開き、ルナに見せつける。
「これでいいっすか?」
彼女には、ルナと同じ程度の大きさだが確かに、吸血鬼の牙が生えていた。
ルナは驚愕のあまり、表情が硬直する。
「あなたも……吸血鬼……?」
「そっすねー。ってか、この会社の人間は三割くらい、何かしらの怪異っすよ。で、クラリスねーさんはうちらの、まぁなんていうか、お偉いさん、みたいな?」
「……一応、創始者なんだけどね」
ユカリとクラリスの話によると、この会社は行き場のない怪異たちへの救済措置として、クラリスが設立した運送業者だという。
経営者としての活動は別の人間が全て行っているらしく、彼女が経営者として何かをすることはないが、自分の都合次第で今のように手足のように使っているのだそうだ。
だが、社員全員が怪異というわけでも、理解があるというわけでもないので、社員間であっても互いの素性を明かすのは、クラリスやオーギュストなどが認めなければ不可能なのだという。
「世界規模にまで発展させられそうな人間を見つけるのが一番大変だったわ。でもそのおかげで、かなり自由に行動ができるのよね」
「でもとーぜん、トップがクラリスねーさんってこととか、バケモノだらけってことは公にはできないっす。だから、ルナちゃんも人には喋っちゃダメっすよ。……そもそも、この船にだってそんなことを知らない奴が乗ってる……というか、そっちの方が多いンすからね」
「搬入と搬出以外、ただの人間を貨物室に出入りはさせてないから、ここにいる間は問題ないけれどね」
思いのほか、穏やかに進んでいく日本への旅路に、ひとまずルナは安堵する。
そして、同じような存在が決して恐怖の対象ばかりでない事にも、自分ばかりでもないことにも。
「ところで、オーギュストさんはどちらに?姿が見えないようですが……」
貨物室内部に、彼の姿は見当たらない。
ルナを運び込むときは確かに居たはずなのにだ。
「オーギュストは、別のルートで日本に向かったわ。先回りしておいてくれた方が、到着後に動きがとりやすいし」
「へぇ……すごく考えて動いてくれてるんですね、私のために……」
「こうでもしないと、生き延びるのも簡単じゃないのよ、私たちは」
船に揺られながら、一行は歓談を交えながら到着を待つ。
暇を持て余しているのか、時折別の従業員が話に混ざり、そして分かれていく。
そんな中で、ユカリがクラリスを貨物の陰へと誘い出し、二人は歓談の輪から離れていった。
「何か重要なお話?」
ユカリは貨物の隙間に落ちていた新聞を拾い上げ、クラリスへと渡す。
その新聞は数日前に発行されたもので、一面にはとある事件の情報が掲載されていた。
「正直言って……今はちょっと、やめた方がいいっすよ?いくらなんでも、コイツはヤバいっす」
「何を言っているの?こういうのを叩き、余計な勢力の介入や怪異の存在の露呈、同胞の庇護に手を尽くすのも私の役目よ」
クラリスは新聞をユカリに還し、歓談の輪の中に戻ろうとする。
去り際に見えたクラリスの表情は、獲物を見つけた肉食獣を連想させる恐ろしい笑顔であり、ユカリは思わずその場に座り込んでしまうほどであった。
「流石っすわ、ねーさん。元ヤンのあーしなんかじゃ、追いつけねーっすわ……」
一抹の不安を抱えたまま、船は日本へと進んでいく。
何も知らない、か弱い吸血鬼を乗せて。
オーギュストの運転するトラックのコンテナには、携帯ゲームに夢中になっているクラリスと、棺桶に押し込められたルナが乗っている。
「……クラリス」
「どうしたの?」
「これ、密航する気あるの」
「むしろそのつもりしかないけど」
「こんなの絶対バレるけど」
「どうかしらね」
一体どこの誰が、何の疑いもなく棺桶など運ぶのだろうか。
中身を調べられれば、その場でルナは逮捕され、護送の途中で日光に当たればそれまでだろう。
不安だらけのルナだが、発案者のクラリスは平然としている。
「クラリスぅぅぅ……謝るからやめてぇぇぇ……」
棺桶の中から響く情けない声に、クラリスはクスクスと笑う。
「あなたが行きたいと言ったのでしょう?観念して、棺桶の中でイビキでもかいてなさい」
「そんなぁぁぁ……」
棺桶は特別製で、呼吸のための空気穴を内側から開けられるようになっており、そこから日光が当たらなければ彼女の生死に影響はない。
だがこの旅路は、あまりにも過酷すぎる。
「大体あなた、どうやって城まで運ばれたか分かってないでしょ」
「……えぇ?」
言われてみると初めて気付く。
確かにルナは、自身がどのようにして城まで運ばれたのか全く知らない。
気にしたこともなかったが、改めてそう言われると見当もつかない事柄である。
「あなた、今と全く同じ状態で城まで運ばれたのよ。気付かなかった?瀕死……というか、まだ死体だったあなたを棺桶に放り込んで、貿易会社の荷物として運び込んだ。……もう一度この状態になることが出来たこと自体が、この状態でも問題なく渡航できるって証明よ。安心できてよかったわね」
「安心……は、まだできないんだけど……」
そうこうしているうちに、トラックはどこかで停車する。
そしてコンテナの扉が開き、クラリスと扉を開いた何者かが言葉を交わしているのが耳に届く。
相手もクラリスも、話している言葉は英語、ルナにはほとんど理解できていないが、友好的な関係であることは理解できた。
「あれ、クラリスのねーさん、また旅行っすか?」
突然聞こえてきた日本語の主は女性、クラリスやオーギュストのような、極めて日本人に近い発音だった。
否、どこかで聞いたような訛りのある彼女は、姿を見ずとも日本人であるとルナは断定できた。
「あら、今日もお仕事だったのね。ちょっとだけ、あの子のために日本に行きたいの。……また、よろしく頼むわ」
「りょーかいっすー」
軽い調子で答えた誰かの気配はすぐに消え、クラリスと後からやってきたオーギュストによって棺桶が持ち上げられ、運ばれていく。
ここまでの動きで、ルナは船とクラリスたちとの関係性についてある程度理解していた。
この船の持ち主、貿易業の事業者、全体像として捉えた場合にどの程度の人間が繋がっているのかは分からないが、吸血鬼や怪異についてある程度の理解があるということだ。
少なくとも、この船で貿易を行っている乗組員たちのほとんどがそうなのだろう。
時刻としてはそろそろ夕刻になろうかというところで、棺桶の蓋が開けられた。
長時間積み込まれた状態だったルナは、待ってましたと言わんばかりに体を伸ばす。
固まってしまった体は、動かすたびにギシギシと音が響きそうなくらいだ。
「おはよう、ルナ。貨物室の中なら、自由に動き回っても問題なさそうよ」
木箱の上に座って見下ろすクラリスの他に、周りには何人か人が居る。
いずれも初めて見る顔ぶれだが、ルナをそれほど珍しいとも思っていないようで、それぞれの仕事に従事しているらしい。
「よーこそ、ムーンライト海運株式会社へー」
「おわぁっ!?」
突然背後から声をかけられ、ルナは悲鳴を上げて振り返る。
そこには金髪を団子にまとめた日本人の女性がおり、気だるげな眼でルナを見ていた。
「えー、そんなに驚きますー?せっかく蓋を開けたのに」
「あ、ご、ごめんなさい……。と、ところであなた達は……?」
周囲を見渡しながら、その女性に問いかける。
貨物類には、彼女が名乗ったムーンライト海運のものと思われるロゴマークが入っているものも珍しくない。
「あーしらは、この海運業者の末端っすね。あーしの名前はユカリ、細かい素性は――」
ユカリと名乗った女性は口元を指で開き、ルナに見せつける。
「これでいいっすか?」
彼女には、ルナと同じ程度の大きさだが確かに、吸血鬼の牙が生えていた。
ルナは驚愕のあまり、表情が硬直する。
「あなたも……吸血鬼……?」
「そっすねー。ってか、この会社の人間は三割くらい、何かしらの怪異っすよ。で、クラリスねーさんはうちらの、まぁなんていうか、お偉いさん、みたいな?」
「……一応、創始者なんだけどね」
ユカリとクラリスの話によると、この会社は行き場のない怪異たちへの救済措置として、クラリスが設立した運送業者だという。
経営者としての活動は別の人間が全て行っているらしく、彼女が経営者として何かをすることはないが、自分の都合次第で今のように手足のように使っているのだそうだ。
だが、社員全員が怪異というわけでも、理解があるというわけでもないので、社員間であっても互いの素性を明かすのは、クラリスやオーギュストなどが認めなければ不可能なのだという。
「世界規模にまで発展させられそうな人間を見つけるのが一番大変だったわ。でもそのおかげで、かなり自由に行動ができるのよね」
「でもとーぜん、トップがクラリスねーさんってこととか、バケモノだらけってことは公にはできないっす。だから、ルナちゃんも人には喋っちゃダメっすよ。……そもそも、この船にだってそんなことを知らない奴が乗ってる……というか、そっちの方が多いンすからね」
「搬入と搬出以外、ただの人間を貨物室に出入りはさせてないから、ここにいる間は問題ないけれどね」
思いのほか、穏やかに進んでいく日本への旅路に、ひとまずルナは安堵する。
そして、同じような存在が決して恐怖の対象ばかりでない事にも、自分ばかりでもないことにも。
「ところで、オーギュストさんはどちらに?姿が見えないようですが……」
貨物室内部に、彼の姿は見当たらない。
ルナを運び込むときは確かに居たはずなのにだ。
「オーギュストは、別のルートで日本に向かったわ。先回りしておいてくれた方が、到着後に動きがとりやすいし」
「へぇ……すごく考えて動いてくれてるんですね、私のために……」
「こうでもしないと、生き延びるのも簡単じゃないのよ、私たちは」
船に揺られながら、一行は歓談を交えながら到着を待つ。
暇を持て余しているのか、時折別の従業員が話に混ざり、そして分かれていく。
そんな中で、ユカリがクラリスを貨物の陰へと誘い出し、二人は歓談の輪から離れていった。
「何か重要なお話?」
ユカリは貨物の隙間に落ちていた新聞を拾い上げ、クラリスへと渡す。
その新聞は数日前に発行されたもので、一面にはとある事件の情報が掲載されていた。
「正直言って……今はちょっと、やめた方がいいっすよ?いくらなんでも、コイツはヤバいっす」
「何を言っているの?こういうのを叩き、余計な勢力の介入や怪異の存在の露呈、同胞の庇護に手を尽くすのも私の役目よ」
クラリスは新聞をユカリに還し、歓談の輪の中に戻ろうとする。
去り際に見えたクラリスの表情は、獲物を見つけた肉食獣を連想させる恐ろしい笑顔であり、ユカリは思わずその場に座り込んでしまうほどであった。
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