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波瀾万丈の王都生活

絶望の黒き肉壁

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    階下で待ち受けていたのは、50を超えるケガレモノと、その中央からこちらを睨み付ける、偽王の姿だった。
他のケガレモノが本性である、醜悪極まりない姿を晒しているにもかかわらず、あの偽王は人間と変わらぬ姿に戻っている。


「君たちはよくも、僕たちの同胞を殺してくれたねぇ。素直に死ねばよかったと思えるほどの絶望、苦痛、後悔、全部与えよう」


「能書きはいい。いつまでも我が王の姿をするな、穢れた化け物め」


    快男児の眼に怒りが灯る。
忠誠を誓っていた王が既に殺され、偽物が我が物顔で住み着いていたとなれば、怒りも当然だろう。


「くくく……その反応も分かるよ、グレン大臣。クーデターの時に、真っ先に助けに来てくれたのは君だったねぇ」


    この国では、確かにクーデターが起こっていた。
それはごく小規模かつ優馬の存在と関わりのないもので、ほとんど武力行使はなされない、正確にはクーデターと言えるものではなかった。
だがそのどさくさに紛れ、この男は王を殺めた。
王を食らった。


「何かがおかしいと思っていた。確かに我が王は優しかった、非情になれなかった。だが、各種敵対勢力に対する最近の対応は、優しさではなく、ただの怠惰、怠慢に思えていた。……まさか、こういうことだとは思わなかったが」


    怒りに呼応するかのように、グレンの剣が燃え上がる。


「ふっ……。何も知らぬまま、畑で勝手に朽ちていればよかったんだ、君みたいな暑苦しく、声のデカいだけのおと――」


    王の首が舞う。
陽光がごとき輝きと、鋼鉄すら熔断するであろう熱。
彼の心情そのものを現した一閃に、その場の誰も反応一つ出来なかった。


「……やれやれ、無駄だと言うのに」


    穢れの王が言葉を口にする。
するとどうであろう、断面よりまるで寄生虫、あるいは頭足類の触手のようなものが複数本飛び出した。


「うわ、きっっっも!?」


「首トンでんだろ……なんでまだ生きて――」


    若き二人の言葉が終わるより先に、胴も頭も更に切り刻まれる。
今、この男は剣を振るう以外に、意思の疎通の手段を持たない。
怒りの感情を叩きつける他に、他者へ何かを伝えることなど彼にはできない。


「バカな奴らめ!ガルコ様がこの程度で死ぬと思ったか?」


「我らが王たるガルコ様が、その程度で――」


    口々に嘲笑うケガレモノ達が一瞬にして静まりかえる。
異状を感じた優馬とエルがよく見ると、彼らの体にはいくつもの触手が突き刺さっていた。


「彼らの王たる私が、この程度で死ぬと?……ッはははは!これだから君たちは愚かなんだ!我々の食事として増え、食事として減ればよかったものを!」


    この男は、いくつもの肉片に切り刻まれたにも関わらず、仲間の命をまとめて刈り取った。
全ては、己の力を増すために。


「気を付けてください、ユーマくん。戦隊モノの合体ロボのようにくっつき合うみたいです」


「ロボの方がよっぽどマシだったぜ。少なくとも、こんなにキモいデザインは撮影前に弾かれるからな」


「残念ですよね。これはお蔵入りにはなってくれないみたいです」


    たった今殺した50の同胞、城中で散った数多の同胞、そして先ほどのスライム。
それら全てを吸収していくソレは、ただ目にしただけで吐き気を催すほどに醜悪であった。


「やれやれ。法務担当の君が全滅させてくれていれば、同胞を手にかける必要もなかったのに。理性を失い、食欲と防衛本能だけの汚物と成り果てる辺り、君には素養と言うものがなかったらしい」


「……なぁ、エル。もしかして、さっきのスライムって」


「多分、ユーマくんに槍向けたおっさんですよ」


「マジかよ。槍の礼も済んでないうちに殺っちまったのか」


    元より異形の姿は、更に醜く歪んでいく。
吸収により膨張した体は時おり激しく凝縮され、その時に飛び出す黒い体液は強烈な酸性を帯びている。
変質し、肉体を固定させる足であった部位は、大地に根を張る巨大な菌類を思わせる。
まるで行く先を多い尽くすかのように広げた無数の触手は周囲の物体を見境無く破壊し、彼は狂ったように笑う。


「ヰェッヒャハハハハハァッ!!アぁ、ナンと言う高ヨウ感……理性とブノも、うなずく、アァアアぃヱェエエァアアあっ!!」


    その姿は、まるで壁。
触手と漆黒の、死の壁。
壁の中央で笑い続ける巨大な顔は既に王とは似ても似つかぬ形相だ。
そも、ソレは人の顔では無くなっているのだが。


「おうおうおう、どんな整形手術を受けたらそんなに顔面が散らかるってんだ?眼の間に歯並びウンコなでっけぇ口が鎮座するとか、どこのどー言うセンスの外科医が手を出したらそうなるんだ?」


    優馬はその怪物を指差し、笑い、挑発する。
勝てる見込みがあるのかも分からない、もしかしたらここで死ぬのかもしれない。
だが彼の口は笑っていても、膝はもう笑わない。


「あいか、ワラズキミお前アなタテめぇ……無礼……ブレぶ、ぶぶ……」


「無礼結構!どーせお前との縁もこれまでだ、あの槍大臣みたいにぶっ殺してやる!」


   グレンが改めて睨み付け、優馬も剣に炎を纏わせる。
エルは相変わらず構えもせず、天井スレスレまで浮上して高みの見物、それはつまり――


「かかってこいよ全身顔面野郎!この勝負、俺達に敗けはない!」


――優馬に、確かな勝ち筋が保証されていることを意味している。
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