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第六章 出張編

出張編50話 わびさびあるのは銀閣寺

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また異世界の夢を見た。

カナタは言葉巧みにシジマ博士とやらを調略し、実戦に投入される事によって研究所を脱出したようだ。

出来の悪い息子だと思っていたが、私に見る目がなかっただけだったか。

いいぞ、その狂った世界で生き抜く為には悪辣ぐらいで丁度いい。

問題はカナタが配属されるのが精鋭部隊だという事だな。同盟最強のアスラ部隊、か。

夢の続きをもっと見たかったが、目覚めの時が近い事がわかる。

何度も夢を見るうちに、そういう感覚も身につけてきたようだ。




私はソファーの上で目を覚ます。

すぐに夢の内容をメモに書き記す。見た物、聞いた事、覚えている限りの全てを。

ソファーに座って見落としがないか考えているうちに、大きな見落としをしている事に気付いた。

見落としとは夢の内容ではない。

異世界の夢を見るのはソファーで眠った時ばかりだという事に、ようやく気が付いたのだ!

この………大間抜けめ!そんな事に今まで気付かなかったのか!

出来が悪いと見限ったカナタの方がよっぽど抜け目がないぞ!

自分をぶん殴りたくなるほど後悔したが、時計の針は巻き戻らない。

ソファーで眠った時にだけ夢を見る、ならば必ず理由があるはずだ。

考えろ、ソファーに、リビングルームにあって寝室にないもの…………

そうか!たぶん、いや間違くそうだ!

私はソファーの傍にあるキャビネットの引き出しを開ける。

引き出しの中には息子の遺品が入っている、この中に手掛かりがあるはずだ!

財布、手帳、スマホ、………そして勾玉! 親父から贈られ、息子が肌身離さず身につけていた勾玉だ!

………親父は異世界からの異邦人、その親父が息子に贈った勾玉、これに違いないだろう。

この勾玉こそが、異世界へと繋がる鍵なのだ。





「なるほどねえ。言われてみれば、確かに神秘的な輝きを放つ勾玉ね。」

朝食を作りにリビングに降りてきた風美代に、事情を話した。

「まったく自分の馬鹿さ加減に嫌気がさすよ。なんだってもっと早くに気が付かなかったんだ。」

そうすれば、もっと多くの異世界の情報を入手出来ていたというのに!

「後悔先に立たずよ。前向きに考えましょう、手掛かりを掴めたんだってね。」

勾玉をテーブルの上に置き、フレンチトーストを作り始めた風美代の言葉に同意する。

「ああ、前向きに考えよう。キーパーツを手に入れたんだと。」

そう、今は後悔の時間ではなく、行動の時間だ。

「それでな、権藤と一緒に親父の親友だった物部さんを訪ねに京都へ行ってみようと思う。何か知っている可能性があるからね。」

「いつ立つの?」

「朝食を終えたらすぐにだ。駅で権藤が待ってる。」

「あらあら、だったらアイリを起こして準備させなきゃ!」

「キミも来る気か!?」

風美代はフレンチトーストをフライパンから皿に盛り付けながら澄まし顔で答えた。

「行っちゃダメな理由はないでしょう? アイリが銀閣寺を見たがってるし。」

「来るのは構わないが、観光旅行じゃないんだぞ。」

………金閣寺ではなく銀閣寺を見たいとは。いい趣味をしているな。

「じゃあアイリを起こしてくるわね。先に食べてて。」

そう言って風美代は私に何も言わせず、エプロンを外して二階へ上がっていった。

………母は強しというが、強くなりすぎだろう。

いつの間にか主導権を奪われている事に気付いた私は、仏頂面でフレンチトーストを食べる事になった。





「おやおや、取材のはずが観光旅行になったみたいだな。」

東京駅のホームで待っていた権藤はニヤニヤ笑っている。この男、明らかに私の窮状を面白がっているな!

「………言うと思ったよ。物部さんを訪ねるのは私と権藤だけでいいだろう。その間に風美代とアイリは京都観光さ。なんの問題もあるまい。」

「敏腕官僚と評判だった天掛も主婦と子供の前では無力らしいな。実に結構だ。」

なにが結構なんだ。まあ家に置いておくより安全かもしれん。全てを失った苫米地は娑婆にいるのだ。

「権藤のおじさん!私ね、銀閣寺が見たいの!」

リュックサックを背負ったアイリはご機嫌のようだ。

「ほう、銀閣寺とは渋い趣味だね。銀閣寺のどこがいいんだい?」

「パパが言ってたの!通は金閣寺より銀閣寺が好きなんだって!わびさびがあるのは銀閣寺、そう言ってたよ!」

父親の影響か。………思えば本当に私は息子になにもしてやらなかったな。

与えたのは金だけ、………まるで銀閣寺のように侘(わび)わびしくさびしい親子関係だった事に気付きもしなかった。

「光平さん、また悪い方に考えを持っていってるわね? 大方、今まで息子になにもしてやらなかった、とか考えてるんでしょう?」

やれやれ、母は強し、か。強くなるだけにしてもらいたいものだ。強い上に鋭いとか始末に負えんぞ。

「そんなところだ。そんなに私は分かりやすい顔をしていたかい?」

「とても分かりやすい顔だったわ。でもね、なにもしてこなかったなら、これからすればいいのよ。それだけ。」

「ご説ごもっとも。さあ、行こうか。」

私達は新幹線に乗り込み、京都を目指した。




京都駅で風美代達と別れ、権藤と共にタクシーで物部さんの住む四条烏丸町に向かう。

「権藤、あの二人に護衛をつけずに大丈夫かな?」

「苫米地は自宅から動けんよ。新聞や週刊誌の記者が張り付いているからな。動くとすれば、ほとぼりが冷めてからだろう。実際、苫米地はどうなりそうなんだ?」

「米国の司法当局次第だが、少年を強姦したならともかく、金を払って合意の上での買春だからな。不起訴になる可能性が高い。」

常習的とはいえ初犯だ、外交関係的にも事を荒立てはすまい。

「だが社会的には死んだだろう。同性愛ならセーフだろうが、児童性愛を許容する社会はない。この日本ではなおさらな。」

「だから用心が必要なんだ。未来を絶たれた自由の身、復讐ぐらいしかする事もなかろうからな。」

私を狙ってくるなら構わん。返り討ちにしてやるまでだが、苫米地のような青びょうたんは女子供を狙ってくるかもしれん。

「騒ぎが収束しだしたら、しばらく天掛家の居候をさせてもらおう。俺か天掛、どっちかは家にいたほうがいい。」

「そうしてくれると助かる。」

そんな会話をしている間に目的地についたようだ。




「物部さんは神社にお住まいではないのか?」

「数年前に宮司を引退されて、今はマンションに一人住まいだそうだ。」

私と権藤は物部さんの住むマンション「バードハイツ烏丸」にやって来ていた。

権藤の調べでは物部さんの住むのは505号室らしい、普通に考えれば5階にあるはずだ。

私と権藤はエレベーターに乗り、5階に上がる。

「505号室、ここだな。」

権藤がインターフォンを鳴らすと、しばらくして老人の声がした。

「誰かね?」

「産業流通新聞の記者、権藤と申します。天掛翔平さんの事でお伺いしたい事がありまして。翔平さんの息子さんの天掛光平氏も一緒です。」

ガチャリと音がしてドアが開かれ、厳めしい顔付きの老人が顔を出した。

この老人は何度か家に来た事がある。顔見知り程度の関係でしかないが。

「………お上がりなさい。茶でも出そう。」

私達は小綺麗な客室に案内され、応接椅子に腰掛けるよう促される。

キッチンに向かったらしい物部さんは、しばらくして湯飲みを載せたトレイを持って帰ってきた。

「これはあいすみません。遠慮なくいただきます。」

遠慮という言葉とは縁遠い権藤はさっそく茶を啜り始める。

「ワシの好みで昆布茶しかないがの。光平くんも飲み給え。」

実は昆布茶は苦手なのだが、ここは飲むしかなさそうだ。

この老人にヘソを曲げられたら無駄足になる。

「ほっほ、光平くんは昆布茶が苦手じゃったか。無理して飲まずともええ。」

「………物部さん、ご無沙汰をしております。」

「息子さんは残念じゃった。お悔やみを申し上げる。葬儀に顔も出さんですまんかったの。」

「いえ、お気持ちだけで………!!!」

この老人!なぜ波平が死んだと知っている!知らせを出したのは数少ない近親者だけだ!

「ほう、物部さんは波平くんの事をご存じでしたか。なかなか耳がお早いようですな?」

権藤も同じ事に気付いたらしい。目付きが鋭くなっている。

「まあの。その件で来たのではないのかね?」

「そうなのです。なにかご存じの事がおありでしたら教えて頂きたい。」

私は深く頭を下げた。息子の事は交渉によって聞き出すよりも、私の正直な心情を分かってもらって聞かせて欲しい。

「………翔平から聞いた人となりとはずいぶん違うのう。人がお変わりになったか。変わらぬよりは良い事じゃて。」

「なにかご存じなのですね?」

「知っておるような知らぬような。ワシは翔平から頼み事をされて、その通りに実行したまでじゃよ。」

「その頼み事を教えてください!」

「秘密を守ってもらえるかの? ご法に触れる部分もあるのでな。」

「もちろんです。」 「名こそ三流新聞ですが、守秘義務厳守は一流がウリでね。」

頷いた物部老人は厳かに話し始めた。



少しづつだが、彼方の世界へと近づいている。歩みを止めなければ必ず行き着くはずだ。




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