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ダレソカレ
十弐
しおりを挟む「世界は一つじゃない。この世は鏡と同じなんだ。視えない裏側が幾つもある。そして、それは極稀に繋がる事がある。お前は今回それに偶然居合わせちまったんだろう」
「…………、」
ああ、だめだ。わけがわからない。
只普通に、平凡に生きてきただけなのに、何故こんな不可思議な事に巻き込まれているのだろう。
(……覚悟、していた筈なのに)
「なんで、気付かれなかったんでしょう、僕……」
「さぁな。俯いてめそめそ歩いてたからじゃねぇの?」
「な……っ!」
俯いてはいたけどめそめそなんかしてない! そう反論しようとしたところでふと気付く。
……あ、いや、待てよ? ……そっか! 僕俯いて三角座りしてたから……!
あの体勢じゃ顔なんて見えない……!
「っわかりました! 時政さん! 僕、座り込んでたから、だから……!」
「ほおー。じゃあ本当に偶然に偶然が重なっただけなんだな。道が繋がる事自体中々ねぇんだぜ? ―― 一歩間違えれば取り返しのつかない事になってる」
「っ!」
そうだ。浮かれている場合じゃない。危なかったんだ。本当に。
……でも。
「……なんか、信じられないです。いや、時政さんが嘘を吐いてるとかそんなこと思ってるわけじゃないですよっ!? ただ、こんなことに関わった事がないから……本当に平々凡々に生きてきたから、だから、なんか、壮大すぎて……」
だってそうだろう? そりゃ昔は色々あったけどさ、
今は本当に普通で、クラスメイトとくだらない事で笑ったり、テスト前に必死で勉強したり、たまに先生に怒られたり。そんなごく普通の、平和な生活を送ってきていたというのに、急に妖怪やらアヤカシやら、己の知らない世界の話をされても、そう簡単に信じられる訳がない。
(幽霊だって、命ちゃんの事がなければ信じなかった、ていうのに……)
確かに、時政の元で働くと決めた時に、こういった所謂オカルト、と呼ばれる物に巻き込まれるだろう事もわかっていた。覚悟もしていた。
けれど、こんな突然……!
「……まあ、それが普通の反応だよな。悪い。急にこんな事言われてもわかんねぇよな。――でも、これも事実だ。ここで、俺の傍で働く、てのはそういう事なんだ。……怪奇、てのはな、人間が忘れ気付かないだけで、本当にすぐ傍にある。どこで縁が結ばれちまうかわからねえ。隣り合わせなんだよ。……特に『俺達』のような人間にとってはな」
消え入るように呟いた時政は、自嘲的な笑みを浮かべていた。
「……あ、」
嗚呼、傷付けた――――
「時政さ……」
「悪かったな。怖ぇなら辞めていいから。俺の側にいたらこれからもこういった事が起こる。だから……」
「時政さんっ!!」
これ以上そんな顔をさせたくなくて、怒鳴るように大声を上げてしまった。
「違うんです! ごめんなさい! そんなつもりじゃなくて、ただ混乱していただけというか……っだからそんな事言わないでくださいっ!」
きっと時政はその体質で沢山苦労をしてきたのだろう。
そんな事、誰でもわかるのに。……わかっていた、筈なのに。
ああ、だめだ。僕が泣いてしまいそうだ。
「無理しなくていい。こんなの、怖くて当たり前なんだ。俺は慣れていたから、『異質』が日常だったから、今さら変われない。お前の気持ち、考えられなくて悪かった」
「そんな……違います! 僕、ちゃんと解ってたんです! ここで働く、て決めた時から、覚悟もしてたんです! ただあまりに急だったから、びっくりしただけで……、ッだから辞めたくありません!」
挑むように時政を見つめる。
だめだ。逃げちゃだめだ。
きっとここで逃げ出したら、それこそ取り返しのつかない事になる。
もう二度と、この人の瞳に映してもらえなくなる。
……ッそんなの嫌だっ!
「……お前、意味わかってんのか? 今回はただ運が良かっただけだ。これから先はもっと危険な目に遭うかも知れない。遊びや好奇心じゃ済まねぇんだぞ?」
「……はい。それでも、決めましたから」
貴方の傍に居たいと思った。
貴方の視る世界を、共に見たいと思ったから――――――
「貴方の傍に、居させてもらえませんか?」
「…………はっ、ばかだな。お前。佐竹といい勝負なんじゃねぇの?」
「時政さんのそばにいられるなら、馬鹿でもいいです」
「……恥ずかしい奴」
俯いた時政の耳は、ほんのりと赤く染まっていた。
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