66 / 158
神のいない山
参
しおりを挟む「ちょっ、いいんですか!? 美岬館に泊まってるとか言っちゃって! ライバル館なのに!」
「ライバルだからだよ。お互い憎む程嫌悪してたら何かしらアクションを起こしてくれるだろ」
ま、違ったみたいだが。
そう言って難しい顔をしながら何か考え込む時政に、本当に抜け目のない人だなあ、なんて改めて思う。
いや、わかってたけどさ。
――その時、ふと視界を紫の何かが掠めた。
は、な?
「時政さん時政さん。あれ」
「あ? あれは……」
それは神奉山の麓にポツリと、青みがかった紫の花弁を淋しげに揺らしながら咲いていた。見る限り神奉山に同種の花が咲いている様子はない。
その何処か奇妙な光景は、山とのアンバランス感を醸し出していて、不安定さがより危うくも妖しい禁忌のような美しさを魅せていた。
「なんでしょう、これ。なんでここだけ……」
「――――スカビオサ」
「……え?」
タタッと花の元へ駆け寄り、そっと花弁に触れようと手を伸ばすと、時政の静かな声がまたも僕の意識を捕えていった。
「それはスカビオサつってな、日本では確か松虫草だったか。派手じゃない楚々とした様子が昔から日本人に好まれているらしい」
淡々と此方へ歩みを進めながら説明する時政の言葉に、僕は花に触れる事すら忘れて呆けた。
この人、花の事まで詳しいのか……!
本当にどうなってるんだ。時政さんの頭の中の情報量って。
ぼけっとしゃがみ込んでいる間にも、時政は僕の側までやってくると、僕同様、花――スカビオサへと手を伸ばした。
「――花言葉は……」
そこで言葉を切ると、くるりと僕の方へ向き直り。
「お前、今、あのガイドブック持ってるか?」
「…………」
――いや、続きは!?
「なんでそこで切るんですか! 気になるじゃないですかっ!」
「あーあーうっせぇな。いいから黙って出せよ」
「カツアゲかッ!」
全く何も知らない他人が聞けば、顔を蒼くし足早に去っていったであろう時政のドスの効いた声にも、怯む事なくぶーぶーと文句を垂らしながら青いリュックを開く。
「もう。後で教えてくださいよ? はい」
「おー」
明らかに人の話を聞いていない相槌で、ペラペラとページを捲る時政。
その目が捕らえたのは(目、自体は見えてないけど)昨日電車の中で僕が読んでいた美岬館と清海野の特集ページだった。
「やっぱりな。ほら、ここ見てみろ」
時政が指したのは清海野の館が写った小さな写真。
そこには、色は様々だが目の前で咲いているスカビオサによく似た花が、庭から覗いていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
25
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる