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椎名

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死を呼ぶ輝き

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 翌日、新しくできたモール型ショッピングセンターに寄ろう、と粘着系彼女の如くしつこく誘ってくる佐竹を撒いて、今度こそ遅刻しないよう心持ち早めに校門を出た帰り、青空公園にて気になる彼女の後ろ姿を見付けた。
 二つに結ばれた髪。昨日とは違う白のロングワンピースに、子供らしい黄色のポシェット。そして。


(――ギプス?)


 幼い体躯に不釣り合いな、首から大きく提げられた三角巾が、少女の姿に違和感を持たせていた。
 まさかまた怪我をしてしまったのだろうか。それも、あんな大きな怪我を。


「ひかるちゃん!」


 居ても立っても居られず、今日もひとりぽつねんと佇む少女の元へ駆け寄る。


「あ、昨日のおにいちゃん」

「どうしたの? その怪我」


 そっと彼女の目線まで身を屈めると、改めてギプスの存在を確認した。


「えへへ、階段から落ちちゃった。ドンッて」


 困ったよう笑う少女に、どうしようもない苛立ちが僕を襲う。

 なんでそんなに笑ってられるんだ。もっと怒っていい。泣けばいいじゃないか。年相応に。
 痛みに『慣れ』なんて、ある筈がない。それはきっと、麻痺してしまっているだけなんだ。


(……そんなの、哀しすぎる)


 唇を噛み締めて俯く僕に、そっと柔い手が重なった。


「だいじょうぶ? おにいちゃん」

「……うん」


 無垢な優しさが、尚更苦しかった。
 彼女の手を握り返して、出来る限りの笑みを作る。


「ひかるちゃんこそ、大変だったね。ドンッて……ん?」


 ドンッ・・・――?

 階段を落ちる表現にこの擬音はおかしくないか? まるで、誰かに――


「うん。押されちゃった」


 僕の心を読んだかのように言葉を引き継いだ少女は、やっぱり笑った。
 ゾッと鳥肌が立つ。


「だ、誰に!?」

「わかんない。落ちたあと上見ても誰もいなかったもん。でもたしかにドンッてされたんだよ?」


 ムッと唇を尖らせ真実を主張するだけの反応に、そうじゃないだろう! と当たりたい衝動を抑える。

 少年が話していたサッカーゴールの話や昨日の車の件で薄々とは感じていたが、彼女の状態は想像以上に危険だ。どう考えても不幸や悪戯では済まされない。本気の殺意が幼い少女に襲い掛かっているのだ。
 悠長に構えている暇はない。直ぐにでも“彼”に相談しなければ。完全にとはいかなくとも、きっと彼ならば少しは緩和できるすべを知っている筈。――怪奇のスペシャリストである、『土御門時政』ならば。


「ねえ、ひかるちゃん。あのね、お兄ちゃんの知り合いに“そういうの”に詳しい人がいるんだけど、良かったら会ってみない?」


 しっかりと目を合わせて伺う。


「でも、お母さんが知らない場所は行っちゃだめって」


 その言葉に、思わず舌を打ちたくなった。
 それもそうか。今この場でこの子を連れ出したりしたならば、どう見ても僕が不審者だ。
 どうしたものか、とうんうん唸っていると。


「あのね、おにいちゃん。ひーちゃん、大丈夫だよ? だってね、――お守りがあるもん」


 そう言って輝が見せてくれたのは、ポシェットに吊られていた赤色の御守り。輝が動くたび左右に揺れるそれは、黄色と赤という色合いも相俟ってよく目に付いていた。


「お母さんがね、ひーちゃんが生まれたときに作ってくれたんだって。だからね、ひーちゃんいつも持ってるの」


 ニコニコと心底嬉しそうに頬を綻ばせる輝に、母親との堅い絆が見えて胸がほっこりと温かくなる。

 御守りを手作りだなんて、すごいなあ。布選びから始めたのかな? 大変だったろうに。だから少し解れたりして……ん?

 間近から眺めたそれに、ふと違和感を覚えた。

 汚れや解れは仕方無い事だろう。長い時間空気中に晒していれば物はいずれ風化する。――しかし、それにしてもこの鈴の汚れ具合は如何なものか。錆び付いたというより、何かが付着してこびり付いたような……。それに、汚れだけではない。なにか、何かがおかしいのだ。一見見た限りではただの御守りなのだが。


「おにいちゃん?」

「あ、ううん。ジロジロ見てごめんね」


 あまりに凝視しすぎた為か、頭上から降ってきた輝の不安げな声に、慌ててそれを放した。
 御守りは、重力に引かれ曲線を画きながら元の位置へと戻っていく。


「そっか。よかったね。でもちゃんと用心するんだよ。ひかるちゃんに何かあったら、お母さんが悲しむんだからね。あ、勿論僕だって」


 大きな真ん丸の瞳をきょとりと瞬かせる少女に、まだ難しいかな、なんて思いながら頭を撫でる。

 ――やっぱり、ちゃんと相談しよう。時政さんに。
 もしかしたらまた借金増額になるかも知れないけれど、この子の命には変えられない。事態は一刻を争うのだ。
 その為には――


 ――今日も遅刻な事を全力で謝らなきゃね!
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