僕らが吐いた息がいつか世界の風になるように

綾瀬雲母

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妄想殺人

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妄想で人を殺したことがある?
彼女は僕にそう聞いた
あるよね誰だって、わたしもある。何度だってやってる。殺してる。現実でやっちゃダメなこと、禁止されることのほとんどは多分みんな頭んなかで何回も!予習済みなんだ。そういう汚い部分というか凄い剥き出しの部分においては、人間ってやっぱり何故か勤勉性を発揮するよね。
そう言って彼女は読んでいた本を閉じ目を細めた。
長い睫毛、憂いを帯びた瞳、濡れた唇
僕は思う。
こんなに美しいものがこの世界にはあったのかと
男なら誰もが恋い焦がれるだろうし
女なら誰もが羨んでそれから世界の不条理を憎んだりするんじゃないか。
そんな彼女ですら人生においていえば歯痒さや怒りや突発的な殺意とか悩みを感じているのだ。頭の中で誰かの偶像を殺してしまうほどに
それなら僕のような者が彼女とは住む世界も吸う空気も違うような奴がその行為をして来なかったはずはないんだ。
非道な行為で愚かで無意味かもしれないが自分を社会という盤上でその社会性に縛り付けておく上では、きっと誰しもがやっている誰も咎められない行為だ。
妄想殺人とでも呼べばいいのだろうか
実際には殺人を働いているわけではない以上
妄想殺人未遂としたほうがいいのかも知れないが
それでは随分と締まらない
物心ついた頃今まで深く意識して来なかった特定の他者に対する怒りを明確に意識するようになった。
その怒りは事あるごとに増幅しながら歪曲し、いつしか殺意が芽生えた。それでも特定の誰かに向かう殺意とか憎しみを一生持続するよりも僕の心は段々とそれを忘却することで楽になる道を選んでいた。
怒りという感情は憎しみという感情は、なにより自分自身をすり減らしてしまう。
ならいっそのこと投げてしまおう。わざわざ嫌いなものを意識する熱意なんて僕には要らない。必要ない。そして最後に残ったものを大切にすれば良い。そんなことを考えていた。
彼女のその誰かに向かう殺意は一体どこに彼女を向かわせるのだろうか。美しい容姿、その憂いに満ちた世界と一線を画すような輝きはその鋭さから来るのかもしれないと僕はその時わずかに思ったのだ。

 あれからもう随分と長い年月が経つ。
あの時僕に問うた彼女はもういない。
時間だけが刻々と過ぎている。
その間も今もこの世界には殺人のイメージ妄想殺人は確かに在り続けている。

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