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大会編

FIGHT WITH THE DREAM

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 ルチャリブレとルタリーブリ。
 前者はスペイン語、後者はポルトガル語でともに“自由な戦い”を意味する言葉である。しかし、両者の性質は正反対だ。ルチャリブレが大衆娯楽のプロレスであるのに対し、ルタリーブリは実践向き格闘技なのだ。

『そして、ルタリーブリのヒカル選手とルチャリブレのリコ選手は、生前の名をヒカル選手がヒカルド、リコ選手がリカルド……ともに語源を同じくする名前なのです!』

 リングの中央で対峙するリコとヒカル。

「名前が似てるっつーだけで比較されちまうのか。オレ自身も、オレのファイトスタイルも」

 ヒカルは先端が二又に分かれた舌を出し入れしながら言う。

「じゃあ、僕が君より…そして、ルチャリブレがルタリーブリよりも上だという事を証明してやるよ」

 リコは笑みを含んだ表情で返す。

「あぁ?寝言は寝てから言いやがれ、タコス野郎!!」

 ヒカルは構える。

「寝るのは君だぜ、シュラスコ野郎!」

 リコも顔から笑みを消し、 構えた。

「開始《はじめ》ぇ!!」



 観客席の最前列、テルはリコとヒカルの闘いを見守る。このパントドンという異世界に飛ばされ、初めて会った地球人であり同じプロレスを生業とする友であるリコ。故に彼を応援し、決勝で相見《あいまみ》えたいと願っている。だが、

(ヒカルは強い。それに……)

 テルは生前、ヒカルのようなブラジル出身の格闘家達とは幾度となく闘った。 彼らの強さは嫌というほど味わっている。
 だが、総合格闘技ブーム全盛期でもルチャドールが格闘技のリングに上がった事は殆どない。テルの知る限りでは、"覆面貴族2世”と呼ばれたマスクマンが数度試合をしたくらいである。しかもその内何試合かは本職の格闘家を負かしている。しかし、覆面貴族2世は元から身長2メートル近い恵まれた体躯と、アマレスで五輪メキシコ代表という素質を持っていたのだ。ルチャが、というより個人が強かったという見方も出来る話ではないか。
 ルチャドールがプロレス以外のリングで戦えるか?それは統計するサンプルすら不充分な疑問である。

(リコはアサヒに、大相撲の横綱にだって勝ってるんだ。ヒカルにも勝つに決まってる!)

 テルは立ち上がり、大きく息を吸い込み……

Vamosバモース!Super Limpioスペル・リンピオ!!」

 力一杯、友へのエールを口にした。



 ゴングが鳴ると同時に、ヒカルはリコの足を取ろうと高速のタックルを仕掛ける。しかしリコはそれを跳躍でかわした。そして、そのまま両足でヒカルの背中を踏みつけようとする。

『ダイビング・フットスタンプ!ルチャでの名を“パタラス・エネル・ペチョ!!』

「ぐっ!?」

 背中を踏まれたヒカルは思わず声を漏らすが、ダメージはそれほどでもない。
 リコはヒカルの背を蹴った勢いで前方に跳ぶと、空中で前方へ回転し、距離を取りながら着地。その動きに観客たちは拍手と声援を送る。

「ふざけやがって……」

 歯噛みながらリコを睨むヒカル。リコによる一連のムーブと、それにより場内の雰囲気を「プロレスの色」に変えられようとしている事に対する怒りである。

『ヒカル選手、やりにくそうですねぇ』

『たぶん、初めて闘うタイプの相手なんだろうね。リコみたいなのは。口ではプロレスを所詮はショーだ何だと馬鹿にしてたけど、“プロレスそのもの”を相手にした事は無いんだよ』

 ヒナコの推察は当たっていた。ブラジルの路上格闘家、ヒカルド・マエダ・シウバは真剣勝負《ガチンコ》でしか闘った事がない。プロレスラーと闘った事は何度かある。だが、相手はプロレスではなく“ガチ”を仕掛けてくるのだから、自分もガチで勝負をすればいいのだから。


「リコはメキシコ…いや、世界一のスペル・エストレージャだ。一流のプロレスラーはな、“プロレスをする”事が一番の武器なんだぜ!」

 テル、いやアトラス星野はそれに気付くのが20年遅かった。格闘家に合わせて格闘技をやるから、プロレスラーは格闘家に負けるのだ。
 場を、流れを、空気を、全てプロレスで塗り替え、格闘家にプロレスをさせてしまえばいいのだ。それに気付いていれば彼は一流のプロレスラーとなり、シングルのベルトなどとっくに巻けていただろう。


 ヒカルには焦りが出始めていた。打撃は受け流され、締めや関節技は入る隙を与えられず、仕合の主導権をリコに握られてしまったのだ。
 拙い。このままでは何もかもが相手の思う壺。あれだけ嫌悪していたショーに負けるわけにはいかない。
 ならば、どうするか。ヒカルの見出した答えはただ一つだった……
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