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復活編

BUSHI-DO

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 GMLL無差別級選手権2本目は熾烈な攻防の末、リンピオがテンプラリオのテンドン・ ディナミタをカサドーラで切り返して3カウントを奪った。残る1本を制した方がこの選手権《カンペオナート》の勝者となる。だが二人にとって、もはや勝ち負けなど、どうでも良かった。ベルトを得るも失うも、マスク を剥がされようとも、そんな事は些末に思えるほど、この相手との試合はのだ。
 スペル・リンピオことリカルド・ムニョス・ゴンザレスが15歳からルチャドールとして試合をしてきた十数年の、如何なる相手よりも手が合うのだ。初めて試合をするはずなのに、以前から知っている親友《アミーゴ》の様な感覚が、エル・テンプラリオという男にはあった。
 何発チョップとキックを打ち合い、何度関節技ジャベを掛け合い、何回ロープから飛んだだろう。

「(打撃と関節技はともかく、跳び技は俺の専門外だっつうの)」

 先に疲労が見えたのはテンプラリオであった。

「エス・エル・フィン!(終わりだ!)」

 テンプラリオがそう叫ぶとともに大振りのラリアットを放つ。覆面の奥にある瞳をかっと見開いたリンピオは、テンプラリオの右腕を屈んで潜り避け、背後に回るとティヘラの要領でテンプラリオの首に飛びつく。そして頭部を両足で挟むと水平方向へプロペラの如く回転。所謂《いわゆる》「人工衛星ヘッドシザース」と呼ばれる動きである。3回転ほどした後、リンピオは地に足を着く事なくテンプラリオの左腕と左肩を掴み、前へと倒す。そしてそのまま脇固めの形に極める。

『ついに出た!スペル・リンピオの必殺技“ラ・ミスティカ”だーーー!!!』

 ラ・ミスティカを受けたテンプラリオは、たまらず右手でリングのマットを数回叩く。タップアウト、つまりは降参の合図だ。

『激闘を制したのは我らがヒーロー、スペル・リンピオだ!しかし、テンプラリオもルードらしからぬクリーンファイトでリンピオにあと一歩まで迫ったぞー!!それでは、マスカラ・コントラ・マスカラの掟に従って、この男の正体を暴く時だー!!』

 テンプラリオはマスクの後部で編んである紐を解いてゆく。紐が緩んだマスクの頭頂部を掴み、一気に引っ張って脱ぐと、星野輝臣の素顔が顕れる。

「久しぶりだな、リコ!」

 笑顔でそう言う星野に対してリンピオは

「¿Quién eres?(誰だ、君は?)」

 と、首を傾げる。それもそのはず、リンピオがリコとして出会ったテルはネズミの耳を生やした少女の姿である。髭を生やした大男とは初対面なのだから。

『何と、テンプラリオの正体は日本人《ハポネス》だった!しかも、この男はレスリング金メダリストのテルオミ・ホシノじゃないかーー!!!』

 因みに実況は予めテンプラリオの正体を知っていた上で、大袈裟に驚いた様な演技をしている。

「テルオミ……テル!テルなのか!?」
「やっと、思い出したみてえだな!」

 リンピオの記憶に酉の干支乱勢リコとしての記憶が蘇る。

「Mucho tiempo sin verlo,amigo久し振りだな!アミーゴ!!!」

「はははっ!スペイン語はよく解んねえけど、またこうやって会えて嬉しいぜ!!」

 リング上で抱き合う二人は互いの健闘を称え合う様に見える事だろう。転生と復活を経て培われた魂の友情を知るのは、本人達のみである。
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