世界を救った魔王と囚われの五人の女神

紅き鮮血に染まりし肛門

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序章「魔王デュノス」

1話 「スライムの陳情書」

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「デュノス様」
 「ウム、どうした、セアル」
 「地方に派遣しているスライム達から陳情書が届いております」

  天空に浮かぶ禍々しい城。これまた禍々しい装飾が施された玉座に座る、これまたこれまた禍々しい衣装を身に纏った、赤い長髪の男。鋭い眼光はこの男が只者でないことを物語っている。

 「それは由々しき事態だ。それで、内容は?」
 「はい、『初級冒険者に倒され、小額のお金とたまに、やくそうや木の棒を落とすのが我々の仕事だが、最近、悪意ある冒険者に非道な行為をされる仲間がいる。どうにかならないか』とのことです」

  セアルは書類を読み上げ、書類に髪がかからないよう、二本の角を生やした長い黒髪を片手でかきあげている。如何にも悪魔とも言うべき露出度の高い格好で、大きな胸元が異様に強調されている。

 「……なるほど、して、その非道な行為とはなんだ」
 「この書類には書いてありませんね」
 「……フム」
 「デュノス様、スライム労働組合の代表が城に来ているので、もしよろしければ、お会いになられますか?」
  デュノスは、少し考えるように腕を組むと「よかろう、通せ」とセアルに命じる。

  セアルは「かしこまりました」そう言って礼をして――パンッ、パンッ――と手を叩く。するとすぐに、玉座から伸びる長い赤絨毯の先にある大きな扉が、重々しい音を立てて開かれた。
  そこから、人の二倍はあろうかという巨躯のミノタウロスが、自分の身体ほどの斧を手に現れた。
 「何か御用でしょうか」ミノタウロスは大きな身体をくの字に曲げながら言う。
 「スライム労働組合の者をこちらへ」遠く離れた、玉座の置かれた壇上からセアルが言う。
 「――はっ」と言うと、ミノタウロスはすぐに扉から出て行く。

 「……しかし、最近、陳情が多いな」
  デュノスが困り顔を作っている。
 「そうですね、この間はリップム協会から『風呂に入っていなさそうな、不潔な冒険者を舐めたくない。病気になりそう』でしたね。その前はがんめんじゅから『世界樹の葉は経費で落とせないのか』でしたか」
  セアルは手に持った書類を捲りながら言う。
 「ウム、リップムには『舐めた結果病気になったという医師の診断書があれば、医療費を魔王が全額負担』。がんめんじゅは『月に二枚まで支給、それ以上は自費』ということで手を打たせたが……」デュノスは腕組みをしたまま、苦い顔をしている。

 「最近、少しモンスター達がデュノス様の下で働けるという、名誉を忘れているように思います」
 「まあ、それも仕方なかろう」
 「あまりに行き過ぎた場合は、私が直々に処罰を――」
 「――よい」
  眉を寄せ、怒りを露にするセアルの言葉をデュノスが遮る。
 「部下達の働きによって、〝この世界の平和〟は保たれているのだ」
 「……全く、〝魔王らしくない〟お言葉ですね」
  セアルは呆れた顔をしながら、やれやれと笑っている。
 「フッ、放っておけ」
  デュノスも自嘲気味に笑う。

  ドンドン、というノックにしては粗暴な音の後、扉が開かれる。先ほどのミノタウロスだ。
 「お連れしました」
  数歩前に出て、深々と頭を下げながら言う。
 「――魔王様ぁー!」
  ミノタウロスの足元から、スライムが勢いよく飛び跳ねながら、デュノスの元へ駆け寄る。玉座がある階段の下までやってくると、グニャリと音を立てながら、お辞儀をする。
 「よく参った、日々、ご苦労であるな」
  デュノスがスライムに労いの言葉をかける。
 「もったいないお言葉! 身に余る光栄でございます」
  スライムは、小さく青い身体から可愛らしい声を出しながら恐縮している。
 「それで、今日は何やら、余に言いたいことがあるとか」
 「申し訳ございません! 魔王様が我々のことを考えてくださっているのは重々承知なのですが……」
 「よい、申せ」

 「ははっ、魔王様より賜った我々の使命、中には笑う者もいますが、我々スライム一同、誇りを持って日々、仕事に励んでおります」
 「ウム、承知しておる。辛い役目ではあるが、よく頑張ってくれているな」
 「辛くは御座いません! 魔王様のお役に立てるのであれば、どんな仕事でも構わないのですが……」
  スライムは悲しそうな表情をして続ける。
 「最近、我々を倒すのではなく、スライムたちに非道な行為をする冒険者が増えまして……」
 「ほう、具体的にはどんな行為だ」
 「はい、石を投げつけるや追い掛け回すなんてことは可愛いもので、酷い冒険者になると、うまのふんを投げつける者、仲間のスライムを生け捕りにし、非道な実験に使う者まで現れる始末で」
  スライムの声は震えていて、悔しさが滲み出している。
 「実験というのは?」
  セアルが尋ねる。
 「その場を見た者の話によりますと、『切り刻んでも元に戻るのか』とか『火で温めると沸騰するのか』など、他にも色々と……」
 「……酷いですね」
  セアルが沈痛な面持ちで呟く。
 「なるほど、それは早急に対処が必要だな。お前たちは余の大切な部下だ。いくら世間的には『悪』という立場であっても、その様な非道な行いを許すことはできぬ」
  ディノスは淡々というが、顔と声には怒りが雑じっている。
 「魔王様……」
 「わかった、スライムよ。至急、余が対策を講じる故、一度組合に帰り、皆に伝えよ」

 「魔王様……ありがたきお言葉にございます……私……」
  スライムの瞳から涙が溢れ出す。デュノスは玉座から立ち上がり、階段を下りて膝を付くと、涙を流すスライムに手を添える。
 「よい、魔王として当然の勤めだ。だから泣くな、スライムよ」
 「うう……申し訳ございません。この様な姿を魔王様の前で……」
 「気にするな。他のスライム達も不安がっているだろう。早く帰って伝えてやるがよい」
  デュノスは、魔王らしくない優しい声でスライムに語りかけ、スライムの涙を拭う。
 「……かしこまりました。ありがとうございます、これからも魔王様のため、命をかけて働きます」
 「ウム、よろしく頼むぞ」
  そう言って、スライムは扉から出て行った。

 「お優しいですね、〝魔王様〟」
  セアルはフフッと微笑みながら、玉座に戻ってきたデュノスに言う。
 「茶化すな、それより余はスライムと約束したのだ。至急対策を講じねば」
 「そうですね……、その悪質な冒険者を見つけ出し、血祭りして晒し首にしましょうか」
  セアルはニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
 「実に〝魔王らしい〟行いではあるが、できれば血を流させたくはない」
 「しかし、スライムへの非道な行い、許すことはできません」
  セアルは怒りの篭った口調で抗議する。
 「余とて気持ちは同じだ。大切な部下を面白半分で弄ばれたのだ。それなりの報復はさせてもらう……魔王としてな」
  デュノスが言う。

 「〝ヤツら〟を呼べ」
 「〝ヤツら〟ですか、ここが騒々しくなってしまいますね……」
  セアルが心底、面倒そうな表情をしている。
 「仕方あるまい、〝ヤツら〟が必要だ」
  渋るセアルを、デュノスがなだめる。
 「……はぁ、億劫ですが……」とため息をつきながらも「仕方ない」と言って右手を挙げる。
 「では、呼びますね」セアルの確認にデュノスは黙って頷く。

  セアルは挙げた右手の親指と中指をあわせる。と、そこから黒い光が発せられる。
  パチンッ。という音が玉座の間に響き渡った瞬間。

 「うわぁ!」
 「あら?」
 「ふぇぇ……」
 「…………」
 「へっ?]
  と、それぞれ違う反応、体勢の〝五人の女〟が階段の下に突然現れる。

 「よく来たな」
  デュノスが玉座に座ったまま言う。
 「――何がよく来たよ! いつも突然魔法で呼び出して、普通に呼びなさいよ!」
  赤い髪揺らしながら、赤いドレスを身にまとった女がデュノスに突っかかる。
 「元気そうで何よりだ、火の女神アナトよ」
 「えらそーに、玉座にふんぞり返って、上からモノ言ってんじゃないわよ!」
  アナトは怒りが収まらない、とさらにまくし立てている。
 「相変わらず、アナトはうるさいわねぇ、胸が小さいと気も小さくなるのかしら」
  黒く長い髪を整えながら、大きな胸の強調された黒いドレスを着た女が、アナトを馬鹿にするように言う。
 「――はぁ!? 何言ってんのよ、ケンカ売ってるの!? オバサン」
 「オバッ!? ア、アンタ、死にたいようね……いいわ、殺してあげる」
 「望むところよ、表にでなさい!」

 「……はぁ……」セアルの深いため息。
 「二人ともケンカはやめよ、今はそれどころではない」
  デュノスは扉に向って歩く二人を止める。
 「うるさいわね、ほっときなさいよ!」
 「……はぁい、デュノス様がそうおっしゃるなら、こんな〝ペチャパイ〟どうでもよろしいですわぁ」
  反発するアナトとは対照的に、黒いドレスの女は艶かしい声を出しながら、デュノスに従う。
 「相変わらずだな、闇の女神ネヴァン」デュノスが言う。
 「私、デュノス様の命令ならなんでも聞きますわよ、な・ん・で・も」と、ネヴァンは誘うような表情でデュノスに言う。

 「……ぺちゃぱい……」
  先ほどまで怒鳴り散らしていたアナトが落ち込み、うな垂れている。
 「……アナトさん、元気出してください」
  肩ほどまである黄緑の髪、緑のドレスを着た女が、落ち込むアナトに手を沿え励ます。
 「キュベレ、アンタに慰められてもむしろ落ち込むだけよ……アンタ、この中で一番巨乳じゃない」と言いながら慰めてくれている緑のドレスの女の胸を、鷲づかみにし揉みしだく。
 「ふぇぇぇぇ、や、やめてくださいぃぃぃ」と弱々しく抵抗する。
 「何よ! この胸は! 同じ女神なのに、どうしてここまで違うのよ! 何食べてんの!」
 「ふぇぇぇぇ、知りません~」
 「薄情しなさい!」
 「やめよ、キュベレが嫌がっておるではないか」デュノスが止める。
 「そうですよ、今更何を食べたところでアナトさんの胸は〝ペチャパイ〟のままですから」セアルが無表情のまま言う。
 「……ま、また……ヒドイ……この悪魔……」
  アナトはセアルの言葉にダメージをうけ、またうな垂れる。
 「悪魔で結構、事実ですから」
  セアルは気にせず、さらっと返す。

 「あ、ありがとうございます、魔王さん」
  キュベレは崩れたドレスを直すと、デュノスに礼を言う。
 「いつも大変だな、自然の女神キュベレ」
 「ふ、ふぇぇ」とキュベレは涙目になっている。

 「……胸なんてどうでもいい」
  編みこみのある水色の髪、青のドレスを着た、五人の中で一番背の低い女が呟く。
 「どうでもよくはないんじゃない? 女にとって胸は武器であり、ファッションでもあるんだしー」
  金髪のツインテールに、カラフルなミニのドレスを身にまとった女が手鏡を見ながら言う。
 「お前たちも相変わらずだな、水の女神テティス。虹の女神イーリス」
 「……テティスは、いつも、マイペース」テティスが呟く。
 「ウム、それでいい」
 「デュノっち、いつも言うけどその格好ダサくない? 今時、その服にマントって、センスなさすぎぃ」
  イーリスは手鏡をしまい、デュノスに言う。
 「そうか? 余は気に入っているのだが」
 「イーリスさん、私もいつも言いますが、そのデュノス様をデュノっちと呼ぶのはやめなさい、失礼ですよ」
  セアルが強い口調で注意する。
 「えーいいじゃん、デュノっち、カワイイじゃん」
  イーリスは口を尖らせて反論する。
 「まあ、呼び方などどうでもよい」
  デュノスはそう言って、マントをはためかせながら立ち上がった。

 「こちらを見よ、女神たち。お前らを呼び出したのは他でもない、頼みがあるのだ」
  デュノスはよく通る声をさらに張り、眼下の女神達を見下ろしながら言う。
  五人の女神はデュノスを見つめる。
 「お前らは女神の力により、自分の国の様子は逐一、把握しているな?」
 「まぁね、一応女神だし」立ち上がったアナトが言う。
 「そうだねぇ、ここにいるとたまに忘れそうになるけど」笑いながらイーリスが言う。

 「ならば、ここ最近、余の大切な部下、スライムに非道な行いをするモノに心当たりのあるものはおるか」
 「…………」
  沈黙。全員が黙っている。
 「この城に幽閉されているとはいえ、お前たちも女神。自国の民を魔王である余に差し出しはせぬか」
  デュノスは言いながら、女神たちの表情を窺う。

 「……そうか、ならば仕方ない。セアル出るぞ」
 「はい、どちらに?」
 「スライムを派遣している地域にある村や町、全てだ。犯人が出てくるまで、壊し、燃やし、殺す。手荒なマネをするつもりはなかったが、女神たちが差し出さんのでは仕方ない」
  デュノスは淡々と話す。もちろん、そんなことするつもりはない。しかし、デュノスには、それができるだけの圧倒的な力があり、その力を無視することは、女神たちにできるはずがなかった。

 「ま、待ちなさいよ!」慌てた様子のアナトが言う。
 「……なんだ、差し出す気がないのだろう?」
 「アンタ、そんなことして、本当に犯人が出てくると思うの!?」
 「十中八九、出てこぬだろうな。誰だって命がおいしい」
 「だ、だったら――」
 「出てこぬのなら、村ごと、街ごと、なんなら国ごと滅ぼしてしまえばいい。私は魔王だ、それが許される」
  デュノスが冷たい声で言う。
 「許されるはずないじゃない! そんなこと――」
 「そうか? ならば力ずくで止めてみるか? 五人まとめて相手をするぞ」
 「…………」アナトは下唇を噛み、悔しそうに俯く。
  そんなこと、できるはずもなかった。神の力を有する五人の女神が束になってかかっても、デュノスを倒すことはできない。できたらとっくにこの城から出ているはずだ。

 「さあ、行くぞセアル」
 「はっ」
  二人は階段を下り、俯く五人の間を抜け扉へ向う。

 「ま、待ってください!」
 「……どうした、キュベレ」
  デュノスは立ち止まり、二人を止めたキュベレの方を振り返る。
 「……お、お教えします……」
 「キュベレ!?」アナトが驚いている。
 「た、ただし、条件があります」
 「ほう、余に囚われている〝女神風情〟が条件か」
  デュノスの冷たい声に、仮にも女神である五人が、恐怖を覚える。
 「ふ、ふぇぇ……ごめんなさいぃ」キュベレが涙目で謝る。
 「……よい、申してみよ」
 「は、はい……お教えした人たちを、傷つけないと誓ってください」
  キュベレはおどおどしながらも、しっかりデュノスの目を見つめながら言う。
 「その者たちはデュノス様の大切な部下を弄び、中には実験と称して殺された部下もいるそうです。戦いで殺されるのは仕方ありません。ですが、そのような非道な行いをした者を傷つけるなと仰るのですか?」
  セアルは低い声でキュベレを睨みながら冷たく言う。
 「ふぇぇ、た、確かに、したことは悪いことです。で、でも、仮にも民を守る女神として、傷つけられると分かっていて、差し出すことはできません……」
  キュベレの言葉には、しっかりと意思が篭っている。
 「その条件、飲まぬと言ったら?」
  デュノスは口元を歪め、試すようにキュベレに問う。
 「た、戦います。勝てなくても、命尽きるまで」
 (……揺らがぬ……か)デュノスは心の中で思った。

 「よかろう、約束しよう。傷つけはせん」
 「ほ、本当ですか? 誓いますか?」
 「あぁ、誓おう」
  キュベレが、ほっと胸を撫で下ろす。

 「……して、その者は」
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